リメイク第三話 今時珍しくもない赤毛の女剣士

「残念ながら僕は勇者メシアでもなんでもありません。女神にこの世界に連れて来られた、ただの一般人です」

「なっ……なんじゃと!?」

「召喚を……女神様の聖なる御業を“攫った”などと、なんたる不遜!」


 王様も司教もびっくりです。周りにいる貴族や騎士もざわざわしています。

 自称女神もそうでしたけど、こういう反応は予想していなかったんでしょうね。

 でも、謝るくらいなら最初から手荒に扱うべきじゃないと思うんですよ僕は。

 そんなことも分からない相手にうまく取り入ろうなんて気には到底なれません。

 だから正直に話しました。

 どうせ逃げられないし、逆らう力もない。

 だったらせめて自己主張だけはしておこう、と言うことで。


「確かエクリプスとか言いましたっけ。あの人の聖なる御業とやらは僕が元いた世界で誘拐と呼ばれる、重い罪に問われる行為なんです。知りませんでしたか? そう言うわけなんで、この世界の感覚を僕に押し付けるのはやめてもらいたいんですけど」

「貴様!」


 怒った王様が金ぴかな錫杖で僕の頬を殴りました。

 結構重たい一撃だった上、縛られたままなのでそのまま床に這いつくばりました。

 頬も頭も滅茶苦茶痛いですが、意外と気分は悪くありません。

 言いたいことは言ったので。


「この神をも恐れぬ不届き者を直ちに処断せい!」

「お待ち下さい陛下! 聖堂が下賤の血で穢れます。せめて中庭にて」

「構わぬわ! 女神とて異端の死を捧ぐならばいっそ喜ばれようぞ!」


 司教が止めても王様は耳を貸しません。

 それにしても現実に“下賤”や“異端”といったワードを浴びせられるとは。

 現代日本人としてはなかなかに味わい深い体験です。

 まあ、味わって早々たぶん死んじゃうんですけどね僕。

 一応これでも十代の若者なので心残りはそれなりにあります。

 でも、今のところ自分に嘘ついてまでやりたいことはひとつもないです。

 だから、構いません。


「やれいッ!」


 王様のちょっと裏返り気味な号令が聞こえました。いよいよですね。

 少し風を切る音がして、流石に体が強張りました。

 ああ、母さんと姉さん達、先立つ不孝をお許しください。

 天国のお父さん、もうすぐそちらへ行きます。

 ……行けるよね? ここ異世界だけど。

 そう思った瞬間、聖堂の中に耳をつんざく轟音が鳴り響きました。

 それからほんの少し遅れてガラスが割れる音もして、色のついた破片が僕の視界の隅の方にも落ちて来ています。

 そして騒然とする大聖堂の中。

 なぜか僕を押さえ込む力が弱くなったので、ちょっとだけ顔を上げてみました。

 すると――。


「……?」


 そこには、燃えるように真っ赤な髪の女の人が立っていたんです。

 王様と司教の後ろにあった、あの白い半裸の女性像があった場所に。

 その人も同じ格好をしていたので、像が人間に化けたようにも思えます。

 誰もが見守る中、赤毛の女の人はしばらく静謐な面持ちで目を伏せていましたが、ゆっくりと瞼を開けると大きなトルコ石みたいな瞳をきょろきょろさせて。

 やがて僕と目が合いました。

 とんでもなく綺麗な人でした。

 やんわり癖のある長い髪が鮮烈なのに対して肌の色は白く、濃いめのまつ毛が縁取るぱっちりした目と程よい高さの整った小鼻、描いたかのような小振りの口、その全部がアーモンド型の輪郭の中で麗しさと愛嬌を絶妙なバランスで保っています。

 そして長い首筋から続くスタイルも――って。


「前! ちゃんと隠して!」

「おん?」


 僕が思わず叫ぶと、その人はきょとんとした顔で自分の格好を見下ろします。


「そっか、公序良俗」


 やっと分かってくれた彼女は指を鳴らしました。

 すると体の片側しか覆っていなかった布切れがくるんと纏まり――一瞬全裸になったのは感心しませんが――すぐにそれは体の要所要所に覆いかぶさって、とりあえず見れる格好になったんです。

 更に、胸元を覆った部位はビスチェに、腰周りはホットパンツに、太腿から下はニーハイブーツに変化し、残りの布が裾の長い真っ白なコートになりました。

 一連の現象にまったく理解が追いつきませんが、さておき見た目はひと安心ですね。

 そこへ王様が唾を飛ばして口を挟みます。


「貴様ァ……! そのような破廉恥な姿でよくも湧いて来よって!」

「破廉恥なのはおたくの司教がプロデュースした女神像でしょ? お陰でのっけからおっぱい晒しちゃったじゃん」


 あ、一応気にはしてたんですね。

 それにしても公序良俗だのプロデュースだの、言葉選びがまるで日本人ですね。


「抜かせ死に損ないめが! どうやって蘇りおった!?」

「言ったってどうせ分かんないわよ。……ところで」


 女性は話しながら僕に歩み寄ったかと思うといきなり騎士を蹴飛ばし、返しの動作で僕を押さえつけていた騎兵さんも叩き伏せました。

 当て方がうまいのか、二人とも気絶したみたいです。


「これどういうこと? あたし言ったわよね? 召喚すんなって。祈るなって」

「黙れ魔女め! これなるは女神様の思し召し! 指図される謂れなどないわ!」

「それだけじゃないでしょ? あんたが望まなかったらあいつ……女神だってローダンテスこっちの人間から選んでるわよ。おまけにこんな格好で無理やり連れてきて、挙げ句殺そうとするとか。細かい事情は知らないけどさ、ほんっと昔から変わんないのね」


 女性は言い返しながら、どこからともなく剣、と言うか身の丈を超える大きな太刀を突然その場に喚び出し、それを一振りして僕の縄を斬ってくれました。

 王様はわなわなと震えながら怒りの形相で片手を上げます。

 それに応じて、周囲の騎士達が一斉に剣を抜きました。


「黙れと申したであろう! もはや語るにあたわぬ! そこの小僧もろとも討ち取ってくれる!」

「ねえ君。ちょっとしゃがんでてくれる?」

「あ、はい」


 その人は殺気立つ周囲を気にした風はなく、僕にウィンクして太刀を構えました。

 僕は言われた通り姿勢を低くして様子を窺います。


「かかれぇ!」


 王様の号令と同時に騎士達が攻め寄せようした瞬間、彼女はとてつもない速さで大太刀を数度振り、すぐにこれまたどこから出したのか分からない鞘に納めました。

 次の瞬間、僕と彼女を中心に全方位へ突風が起こり、騎士達も貴族達も騎兵さん達も司教も王様も身につけているものがばらばらに散って、ついでに大聖堂の壁も窓も天井もがばらばらになって崩れ、瓦礫の多くが外へ吹き飛ばされました。


「よーし逃げろー!」

「わっ」


 彼女は僕を軽々と小脇に抱えると、あられもない姿となった騎士や貴族の間を駆け抜け、すっかり風通しの良くなった聖堂を後にしました。

 後ろから王様の怒号が聞こえますが、大した内容でもないので詳細は割愛します。

 それよりも前方から沢山の騎士や兵士が押し寄せて来るのが気になります。

 ところが彼らは僕達を捕まえようとはせず、先頭の騎士と女剣士さんが一瞬だけ視線を交わして少し笑ったかと思うと、そのまますれ違って大聖堂に向かって行きました。

 味方、なのかな?

 やがてホールに抜けると、ここには結構な数の騎士が詰めていました。

 こちらはさっきの一団とは別口なのか襲いかかって来ましたが、女剣士さんは大太刀を鞘から抜きもせず適当に振り回して、余裕で蹴散らします。

 みんな結構派手に吹っ飛ばされていて生きているかどうか少し心配になるくらいですが、振り返ってみるとどの人も痛みを堪えながらなんとか立ち上がっています。

 思えば大聖堂からこっち、殺傷力の高そうな攻撃ばかりしているのに一人も殺していないような気がします。不思議ですね。

 そんな僕の様子に気がついたんでしょうか。

 女剣士さんは走りながらこんなことを言いました。


「言っとくけど別に不殺の誓いとかご立派な志があるわけじゃないから。ってだけ」

「はあ」


 聞けばこの女剣士さん、相手に致命傷を当てるとその攻撃が無効になると言う変な特性があるみたいなんです。また、それが適用されるのは人型の知性ある生き物だけで、他の動植物や魔物、無機物は普通に斬れるんだとか。

 仕組みは分かりませんが、それならホールで誰も死ななかったのも大聖堂でみんなが全裸になったのも納得です。

 その後も何度か追手の追撃があったものの、女剣士さんの敵ではありませんでした。

 そしてついに城の正門を抜け、彼女が跳ね橋をバラバラに斬り刻んで出入りし難くしたところで、やっと僕は地面に降ろされました。


「これでしばらくは平気でしょ。あ、そう言えば君、名前は?」

「ハルカです。オオバヤシハルカ」

「オーケー、ハルカくんね。じゃああたしは……うーん。うん。トーマとでも呼んで」

「……? 分かりました、トーマさんですね」


 なんとなく含みのある言い方が気になりますが、まあいいです。

 素直に申告に則って、これからは彼女をトーマさんと呼ぶことにします。

 僕とトーマさんはゆっくり歩きながら、そのまま話を続けました。


「あの、ありがとうございます」

「ん? 何が?」

「助けてもらったから」

「ああ、いいのいいの。半分はあの王様への当てつけだしね」

「はあ……。ちなみにこれから僕はどうなるんでしょう?」

「そりゃあ元いた世界に帰らなきゃでしょ」

「あ、帰れるんですか?」

「たぶんね。ちょーっと時間かかっちゃうかも知れないけど、心当たりがないわけじゃないから」

「可能性があるだけでも大収穫です」

「そっか。他に訊いてみたいこととかある? あと敬語要らないわよ」


 言質が取れたので今後はタメ語で話そう。

 ついでにこのモノローグも今からそうしよう。

 と言うわけで。


「じゃあお言葉に甘えて。トーマさんって何者?」

「またストレートかつ微妙に返答に詰まる質問ね。“今時珍しくもない赤毛の女剣士”とかじゃ駄目?」

「言いたくないなら別に無理しなくても」

「そうじゃないんだけど……なんだろう、多すぎてさ」

「多い?」

「うん、経歴がね。ひとまず……ここ最近のやつでいい?」


 トーマさんはよく分からないことを言って、悪戯っぽく微笑んだ。

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