リメイク第四話 オタサーの姫

「よく分からないけど任せるよ」


 本当によく分からないけど。

 僕が答えるとトーマさんは頷いて、思い出すように上を見ながら話し始めた。


「ここから南に行くとマリアンヌって言う国があるんだけど、前はそこで貴族のお嬢様やってたの。んで学校通いながらボランティア――まあ教会の奉仕活動に混ぜてもらって貧しい人達に炊き出しやってあげたり、暮らしの悩みとか相談に乗ってあげたり、こうやって」

「!」


 おもむろにトーマさんが僕の顔に触れて、じっと動きを止めた。

 すると掌から温かい光が溢れ出てきて、額と頬の痛みがだんだん引いていって。

 気がつくとまったくなんともなくなっていた。


「怪我の治療してあげたりしてたのね。まだ痛む?」

「い、いや、全然」


 急に触られて照れくさかったけど、それとして痛くなくなったのは間違いない。

 たぶんすっかり治っている。


「そしたら“女神の愛娘”だなんてもてはやされたりして、なんか気がついたら王子と婚約させられてたのよ」

「ほう」


 枕詞が引っかかるけど絵に描いたような聖女様だ。


「ところがこの王子ときたらなんでかあたしのこと目の敵にするし、浮気はするしでほんっとロクでもない奴だったのよ。で、他の女といちゃつくなら筋通してからにしろ馬鹿って言い続けてたら濡れ衣着せられた挙げ句婚約破棄からの追放食らっちゃって」

「はいはい」


 悪役令嬢ですね。


「んでこの国に流れてきたってわけ。それからしばらくはまあとりあえず食べてかなきゃいけないっつーことで冒険者やっててさ。ちょうどその頃は自称魔王イブリスが近所でこすっからい悪事働いててね、仕事はそこそこあったのよ」

「もしかして有名になって魔王イブリス討伐する羽目になったとか?」

「正解」


 そして勇者メシア、と。


「でも最初は他の人がやる筈だったの。あたしはサポート役にお呼ばれしただけで」

「他の人って……やっぱり日本人?」

「うん。……この国って大昔にも日本から勇者メシアを招いたことがあってさ。それを再現して権威付けに利用しようと思ってたのね。つーか今回もそうだったんだけど」

「要はブランド化だよね。なんでまた?」

「……誇れるものがない国になっちゃったからよ。今の王様が即位してからは特にね」


 トーマさんにそう言われて、僕はなんとなく街の様子を見回してみた。

 来る時はきちんと見る余裕もなかったけど、イギリスかどこかの古い街並みを彷彿とさせる、たとえばRPGが好きな人なら小躍りしそうな光景だ。

 ただ、とにかく活気がない。

 と言うか、静かだ。

 誰もが下を向いて歩いていて、彩り豊かな露店なんかを見かけても人入りはまばら。

 これがあの王様の治世によるものなんだとしたら、なるほどとしか。


「……つまり、自国が輩出した勇者に魔王討伐の実績を作らせることでイメージアップを図ろうとしてたってこと?」

「そ。“勇者効果”みたいな」

「でもそれ、別に日本人とか異世界人じゃなくてもよくない?」

「これが意外と馬鹿にできないのよねー。“女神に選ばれた異世界の勇者”って、いわば女神の代理人なわけよ宗教的には。そうなると普通にローダンテスこっちの人が英雄になるより箔がつくし、格は上がるし、逸話として華もあるじゃない? アストリア以外にも女神を信仰してる国は多いし、そう言う意味じゃ牽制にも使えちゃったり」

「なんか……ひどいね」

「だから無理やり止めたわ。無関係な人間を巻き込むくらいならあたしがやるって」

「よく止められたね」

「まあ……ナニをナニして断りづらい状況に追い込んで、なんとかね」

「それであんな険悪だったんだ」

「知ったこっちゃないけどね。それで、王様に指名された旅の仲間が同行するって条件で討伐に出かけて、やっつけたまでは良かったんだけど。なんか仲間の様子がおかしいのよ。問い質してみたらあたしのこと殺すように命令されてるらしくってさ」

「王様に?」

「王様に。しかも、みんな貴族の子女だったんだけど、逆らったら家を取り潰すとかって脅されてたんだって。で、じゃあしょうがないかってことで大人しく死んでみた」

「ん?」

「どしたの?」

「死んだの?」

「死んだわよ?」

「……まあいいや。その後は?」

「適当に生き返ってあちこちぶらぶらしたり知り合いのところに転がり込んでダラダラ過ごしてたわよ。つい最近までね。そして今に至る、と」

「はあ……」


 話が一段落ついたところで、僕達は宿屋に入った。

 普通に考えたらこんなところでのんびりしてる場合じゃないんだけど、トーマさん曰く今お城は自分達に追手を差し向けるどころじゃなくなっているだろう、とのことで。

 そんなわけで、僕とトーマさんは宿の食堂でテーブルを囲み、フランスパンより硬い黒パンと塩辛いスープ、獣臭さを香辛料で誤魔化したソーセージを堪能している。


「どう?」

「貴重な経験だと思えばやり過ごせる味」

「当たり障りなく正直ね」

「嘘は言いたくないから」


 お世辞にもおいしいとは言えないけど、ある程度は慣れないといけない。

 当分は日本食レベルのものを口にできる機会なんてないんだろうから。


「そういえばハルカくんってさ。なんで殺されかけてたの?」


 おもむろにトーマさんがソーセージを刺したままのフォークを僕に向けた。


「えーっと……簡単に言うと勇者メシアになるのを拒否したから?」

「よく断れたわね」

「だって信用できる要素がひとつもないし」

「あー……あの王様相手じゃそう言うこともある、か」

「王様もだけど、その前に女神を名乗る不審者に会って、その時に」

「え?」


 僕の答えに、トーマさんは顔色を変えた。


「……僕、何かおかしいこと言った?」

「あいつに会ったって。ひょっとして野薔薇の宮殿のこと覚えてる?」

「そう言えばあの場所、そんな名前だったね」

「…………恩寵グラティアは?」

「え?」

「恩寵! 押し付けられたでしょ?」

「……?」


 “ぐらてぃあ”ってなんだっけ……?

 僕は改めて野薔薇の宮殿で起きたことを思い返していた。

 その上で恩寵とはなんだろうと考え、少ししてひとつの心当たりが浮かんできた。


「もしかして加護とかなんとか言ってた……」

「それ」

「突っぱねたよ」

「マジか」

「マジです」

「あははははははははは!」

「えっと?」


 ありのまま伝えたところ爆笑されてしまった。


「いやごめんごめん。あいつから恩寵を授かるって言うのはね、権能の一部――まあ神の力的なやつ? なんかそう言うのを貸してもらった上体になるってことなの」

「みんな大好きチート能力だね」

「あたしは好きじゃないけどね、チートずるって」

「あ、僕も」

「お、気が合うわね」

「っていうか分かるんだ“チート”って言葉」

「まー色々あって日本のことは多少知ってるの。で、話戻すけどこの恩寵ってのが曲者でさ、ただあいつの権能扱えるようになってウェーイってわけにはいかないのよ」

「タダより高いものはない?」

「そう。普通の人にいきなり強い力が宿るってことだからね。その分無理が出て来ちゃう。まず、メンタルにターボがかかって性格が極端になりやすいわね。ひどい場合はソシオパスになる人もいたりして」

「うわあ」

「おまけにやることなすこと貸主、つまりエクリプスの意向に影響されたり」

「逆らえないの?」

「逆らうって発想自体浮かびようがないのよ。なにしろ恩寵受け取った時点であいつや宮殿のことは綺麗さっぱり忘れちゃうから」

「それで僕は覚えてるんだ。拒否して正解だったよ。怒らせちゃったけど」

「怒らしとけばいいわよあんな奴」

「ところで聞いてて思ったんだけど、あの王様も恩寵を授かったりしてる?」

「よく分かったわね」

「言動が、ね」

「あー……まあね。ああいう社会的に影響力持ってて頭弱いタイプほど宮殿に連れ込まれやすいのよ。恩寵埋め込んで操りやすいから」

「なんかアブダクションみたい」

「その認識で合ってるわ」


 どうやら野薔薇の宮殿は未確認飛行物体だったらしい。

 なら、アストリア王国はさしづめエリア51だろうか。

 冗談はさておき、少し気になったことがあるので聞いてみよう。


「優秀な人がアブダクションされることはないの?」

「前例はあるんだけど、うまく操れないみたい。女神が恩寵経由で電波飛ばしても、受け取った側にしてみれば自分の感覚からかけ離れたへんてこな衝動が唐突に芽生えたように感じられるから。気持ち悪くて戸惑ったり、最悪おかしくなっちゃったりもして」

「一種の拒絶反応みたいなものかな? ひとかどの人物なら相応の意志なり思考力なりが備わってるだろうから」

「たぶんそう言うこと。だからあの女が手玉に取れるのなんて残念な手合いか熱心な信者、もしくは何も知らない異世界人くらいなの」

「もっと上手に誘導できないのかな」

「できてたら世の中こんなにこじれてないわ。君の世界の神話だって、おつむの出来が微妙な浮気三昧のヤリチンが主神に据えられてたりするじゃない」


 ヤリチン……。


「だいぶ偏った意見だけど、まあ幾つかの神話を読む限り一概に否定できないね」

「所詮神なんて感情任せなのよ」

「なら、女神はどんな感情にかられて魔王イブリスを討伐させたがってるのかな?」

「美人で強くて賢い女が自分よりも人気で幅利かせてるもんだから面白くないのよ」

「女の人なんだ魔王イブリスって」

「うん」

「そんな……新参の女子に取り巻きを奪われたオタサーの姫じゃあるまいし」

「ぶっちゃけ似たようなもん」

「誰か止めてあげないの?」

「……そう思うわよね」


 トーマさんは頬杖をついたままソーセージを刺したフォークをくるくる弄んでいる。

 流れから察するに女神に対して何か思うところがあるんだろう。

 そもそも今ここにいるトーマさんは女神像が変身したものだ、と思う。

 その時点で何かしらの関係はありそうだ。

 それどころか当事者でないと知らないような細かい部分にまで言及しているし、むしろただならない間柄なのかも知れない。


「じゃあ次は、これからのこと話そっか」


 トーマさんは結局ソーセージを食べずに席を立った。

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