リメイク第二話 たぶんどこにでもいるようなオタク趣味の中学生

 初めまして。オオバヤシハルカと申します。

 歳は十四歳、タイトル通りたぶんどこにでもいるようなオタク趣味の中学生です。

 突然ですが、どうやら僕は誘拐されてしまったみたいで――。


「――オオバヤシハルカさん。野薔薇の宮殿にようこそ」


 気がついた時には、どこかの宮殿みたいな場所に立っていました。

 そこは円形で、学校のグラウンドくらいの広さがあります。

 中央の池から四方に水路が流れて縁からどこかへ落ちているみたいでした。

 外周は石柱で囲まれていて、蔓がびっしり絡みついていて、ところどころに白い花が見えます。

 ちなみに僕は池の更に中央にある、四阿になった小島の中にいます。

 よく見ると四阿の柱にも蔓が絡んでいますね。やはり野薔薇のようです。

 あと、目の前にはギリシャ神話の女神みたいなキトン姿の女の人が立ってました。

 声をかけて来たのはこの人みたいです。

 でもこの人、頭が光っていて、口元以外はよく見えないんですよね。

 怪しい。

 とりあえず、とても直視できないのでそっぽを向いておくことにしましょうか。

 そうして僕が黙っていると、その人は勝手に話を進めにかかりました。


「驚くのも無理はありません。つい先程まで日本にいた筈のあなたが、どうしてこのような」

「細かいことは大体想像つくんで本題に入ってもらえますか?」

「え」


 僕が先を促すと、その人は絶句しました。

 でも、今更じゃないですか。

 今日びこの状況で考えられるのは死んだか飛んだかの二択しかないじゃないですか。

 そして、それは目の前の頭部を発光させた不審者のせいだと考えます。

 一応、この人が他の神様か何かの尻拭いをしている可能性もなくはないですが、それは物的な証拠と当事者の証言を伴うことでようやく信憑性を帯びてくる話です。

 だから僕は、謝罪から入らず一人だけしかいない目の前の不審者を信用しないし、ましてや好意的に接するつもりなんて毛頭ありません。

 ちょっと、いや正直すごく綺麗な声で神々しい雰囲気を醸し出していて丁寧な物腰だからって、あといい匂いだからって怪しいことには違いないので。

 さて、不審者はしばらく黙り込んだ後、また話し始めました。


「失礼しました。近頃の若い方には無粋でしたね。では、お言葉に甘えて本題に入りましょう。まず、私の名はエクリプス、とある世界を天照らす女神として名を連ねております。……その世界なのですが、実は現在危機に瀕しているのです。最近、魔王イブリスを名乗る者が魔物の多い地域を平定し、邪なる軍勢を率いて人の領域を侵略するようになりました。人の国々も対抗してはいるものの劣勢を強いられており、このままではかの者に攻め滅ぼされるのも時間の問題です」

「そこで魔王を打倒する勇ナントカを異世界から招いたと。で、それが僕だったと」

「やはり話が早いですね。仰る通り、あなたは選ばれました。ついては私の加護を受け、かの世界を救ってはいただけないでしょうか」

「加護ってどんなものなんですか?」

「地水火風、即ち四元素のいずれかと光の力を授けます。これらは魔術の素養となる他、訓練次第では自身の肉体や武具に直接宿すことで高い能力を発揮できるようになります。また、すぐ戦いとなってもいいようにお好きな武器を扱うための才能を進呈しております。ちなみに私の加護を受けた者のことを、人々は女神の恩ちょ」

「お断りします」

「う……――え? ええええ!?」

「だから、お断りします!」


 今ならマルチ商法の勧誘現場に連れ込まれた人の気持ちが少し分かります。

 僕も冗長な説明にうんざりしていたのと早く帰りたかったのとで、つい声を荒げて断ってしまいました。

 大人げない気もしますが、こう言うことはきっぱり言わないと尾を引くので。

 エクリプスとやらは呆気に取られたのか、視界の端っこに口をあんぐりさせている様子が窺えました。

 まあ知ったこっちゃありません。


「あ、の。ええと……理由を伺っても?」

「だって、要するにあなたは自分にとって邪魔な存在を排除するために、縁もゆかりもない僕のことを攫って鉄砲玉に仕立て上げようとしてるわけですよね? 加護ヤッパは渡すからって。全部そちらの都合ですよね? 引き受けるべき理由がどこにあるんですか?」

「ど、どこにって」

「絶対嫌です。養殖ヒーローがご所望なら他を当たってください」

「い、いやいやいやちょっとノリ悪くないですか? 少しくらい興味ないですか? チート能力で無双できちゃいますよー?」

「はっきり言ってチートずるって好きじゃないんですよね。需要が高いのは理解できますし他人事なら気にも留めませんけど、僕個人にそういった願望はないんです。むしろ、とうもろこしにかぶりついた結果消化不良でお腹を下して出てきたモノに混ざってる黄色いつぶつぶよりも要らないくらいです」

「は!?」

「そう言うわけなので、もう家に帰してもらえますか? 家事が結構溜まっちゃってるんですよ。みんなが帰って来る前に片付けないと」

「こ、の……ッ」


 自称女神様はぷるぷる震え出しました。

 僕の言い分に大層お怒りのようです。

 もちろんそう仕向けた自覚はあります。

 けど、いくら物腰が柔らかくても、こちらの都合を無視して自分の都合を押し付けようとする、つまりは理不尽な相手に遠慮なんか要らないと思うんです。

 だから悔いはありません。

 この後、何がどうなろうとも。


「…………。オオバヤシハルカさん、あなたの意思はよく分かりました。ご要望どおり加護を付与するのは見送ることにします」

「どうも。ちなみに帰宅の件は?」

「……本当。何千年も生きて来て初めてですよ。ここまで馬鹿にされたのは」

「ん?」


 僕も流石に不穏なものを感じて、不審者エクリプスをまっすぐ見ました。

 眩しくて半目になりましたけど、ぎりっと噛み締めている様子が確認できますね。

 更にその人は悪の女幹部みたいな腰の入ったポーズで手を振るいました。

 すると、四阿の柱だけでなく宮殿全体から無数の蔓が延びてきて、僕を囲んで円筒形にぐるぐると絡み合いました。

 そうして蔓のせいで随分視界が遮られて来た頃、彼女はこう言い捨てました。


「無力なその身で以って、ローダンテスの大地を生き延びてみなさい。それができたら帰してあげますよ。――そのうちね」

「あー……そう来ますか」


 僕は色々と諦めました。

 うちには姉が四人いるんですが、これが揃いも揃ってだらしなくて。

 僕が片付けないとあっという間にゴミ屋敷になっちゃうんですよね。

 だから早く帰りたかったんですけど、こうなってしまった以上しょうがないです。

 家のことはひとまず忘れて、これからのことを考えることにします。

 と、そのうち視界全体がすっかり蔓と薔薇で埋め尽くされてしまいました。

 かと思えば足元がエクリプスの頭みたいに輝き出して、何も見えなくなって――。


「ここは……」


 気がつくと、さっきまでいた宮殿そっくりの場所にいました。

 ただし自称女神はいな、荒廃しているという点を除いて。

 四阿の屋根はなくなっていて、外側を囲う何本かの柱がぽっきり折れています。

 逆に、あちこち絡みついている野薔薇だけはもっと繁殖して広がっていたりして。

 四阿のある池から四方に流れる水路はなんとか水を湛えていますが、水草がもじゃもじゃに生えていて、飲んだりするのには向かないみたいです。

 そうやって周囲を眺めていると、ふわりと風が吹いてきて少し草の匂いがします。

 ……それとして、なんだか暗いような?

 不思議に思って空を見上げてみると、お日様が欠けています。日蝕でしょうか?

 眺めていると少しずつ満ちていくので間違いなさそうですね。

 そう言えば彼女、“エクリプス”って名乗ってましたっけ。

 もしかすると僕がここにいることと何かしら関係があるのかも知れません。

 ともあれ、せっかく見晴らしがよくなったので今度は建物の周囲を見てみます。

 この一帯は草原が広がっているようで、他は遠くに山が確認できるくらいです。

 ただ、少なくとも明らかに日本の景色ではありません。

 やっぱり異世界なんでしょうかね。

 溜め息が出ます。

 これからどうしたものか、と思っていたら。

 最初からいたのか今来たのか、とにかく馬に乗った一団が現れました。

 僕は喜色満面の笑顔で彼らを迎え――そして。


「ん?」


 なぜか縄でぐるぐる巻きにされて馬のお尻に乗せられました。

 そのままどこかの街に連れて行かれて、どこかのお城に入って。


「んん?」


 その中にある――たぶん聖堂にほっぽり出されて。


「んぶっ」


 縛られたままなので受け身すらとれず、べしゃっと床に叩きつけられて、挙げ句そのまま頭を押さえ込まれてしまいました。

 非常に不愉快ですが、文句を言うのは後でもできます。

 まずは見える範囲で状況を確かめてみましょう。

 周りには絵に描いたような貴族っぽい人と騎士っぽい人が沢山います。

 そして目の前には司教っぽいお爺ちゃんと王様っぽい格好をした人。

 その後ろには真っ白な半裸の女性像が見えます。

 奥のステンドグラスからその肢体に色とりどりの光が映り込み、更に天窓から白い光が柱みたいにまっすぐ差し込んでいて、なんとも神々しいですね。

 ちなみに頭には茨の冠を頂いていたりもして、色々と某一神教を彷彿とさせます。


「司教よ。どうなのだ?」

「は、陛下。ニホンから来た異世界人に相違ないかと」

「うむ」


 眼を動かすのが辛くなって来た頃、目の前の二人が何か話し始めました。

 言動から察するに、本当に王様と司教だったみたいです。

 その後、王様は満足そうに頷いて「面をあげよ」と言いました。

 同時に頭を押さえつけていた手が離れたので、僕はよじよじと体を起こしました。

 王様は自ら片膝を突いて僕を覗き込むと、芝居がかった口調で話しかけて来ます。


「手荒な真似をしてすまぬな、女神に選ばれし勇者メシアよ」

「あ、それ断ったんで」

「……ん?」


 僕が正直に答えると、王様は首を傾げました。

 どうやら言葉が足りなかったみたいです。


 ここはもう少し詳しく伝えるとしましょう。

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