野薔薇の国のエンプレス

津軽玉子

序章リメイク

リメイク第一話 太陽と月と星々と

 まるでステンドグラスのような、五色の障壁。

 星みたいな配置の五本の柱に張られていたそれは、突然内側から吹き飛ばされ。

 同時に凄まじい閃光が放たれ、僕の目を眩ませる。

 一瞬遅れて雷のような轟音が鼓膜をつんざき、肘や膝を震わせた。

 僕はこれにそっくりな状況を一度体験している。

 だから、それが誰の仕業なのかはおおよそ見当がついた。

 やがて光は収束し始めると人の形をとり、部屋の中心部の柱に囲まれたその場所に立っていた。

 本来そこにはいない筈の招かれざる存在。


「――お久しぶりですね、オオバヤシハルカさん」


 彼女――エクリプスは穏やかで親しげな口調で、僕に話しかけて来た。

 頭が発光していて表情はほとんど見えないけど、口元が綻んでいるのが分かる。


「その後いかがお過ごしですか? 世界は気に入っていただけましたか?」

「それなりに楽しくやってましたよ、さっきまでは」


 あなたが現れて台無しになりそうですけど。

 そう言うのを堪えて、僕はしれっと答えた。

 彼女こそ、日本にいた僕を自分勝手な都合で無理やりこの世界に連れ込んだ元凶だ。

 まあ、お陰で気の置けない人達に出会えたわけで、そう言う意味では必ずしも悪いこととは言い切れないけど。


「それは何よりです。ずっと気に病んでいたんですよ」

「そうは見えませんけどね」

「相変わらずはっきり言いますね」

「これでも抑えてる方ですよ」

「まあ! ふふ、胸を痛めていたのは本当です。あの時はから」

「……っ!」


 僕は歯を食いしばってエクリプスの発言をどうにかやり過ごす。

 眩しくてよく見えないけど、たぶん今こいつはしたり顔をしているんだろう。

 その言動、と言うか思考回路も含めて本当に不愉快だ。


「もし良ければ、今からでも私の――」

「――エクリプス」

「あら?」


 まだ何か言おうとするエクリプスに赤い人影が斬りかかる。

 けど、その大太刀はあいつの分厚いつらの皮寸前で見えない力に止められた。

 それでも人影――トーマさんは刃に力を込め続け、競り合う。

 彼女は僕を日本に帰そうと手を尽くしてくれている人だ。

 それだけじゃなく、いつも誰かのためにばかり走り回って戦って、自分を顧みない。

 太陰エクリプスとは何もかもが間逆な、太陽エンプレス


「お前もう喋んな」

「いたのねエンプレス。相変わらず粗野で血の気の多いこと」

「いるわよエクリプス。そっちは相変わらず頭に月光お花咲かしてんのね」

「素敵でしょう。あなたもどう?」

「はっ、冗談でしょ? ンなもの飲み会帰りに酔った勢いで屋台のラーメン食べた後うっかり戻しちゃった吐瀉物ゲロに紛れてるナルトより要らねっつーの」

「……オマエ!」


 エクリプスがキレた瞬間、トーマさんは後ろに弾き飛ばされて壁に激突した。

 さっき大太刀を受け止めたのと同じ謎の力が働いたのだと思う。


いったいわね畜生。沸点低いとこも相変わらずか」

「トーマさん!」


 当たりどころが悪かったのか、トーマさんは少し血を吐きながらも立ち上がった。

 僕、それにベアトリスさん、エニスさん、スズキちゃんが駆け寄る。


「あなたという人は! どうしてこうも向こう見ずなんですの!?」

「威力偵察するにしても他にやりようがあっただろう」

「むぼうきゃぷてん」


 みんなしてトーマさんの考えなしを咎めながら。

 ベアトリスさんはそのふらつく体を支えてあげて、スズキちゃんも寄り添う。

 エニスさんは我が身に代えて守ろうと、一番前に立って身構えた。

 いつも彼女がそうするように。


「……いい気なものですよね、あなたは」


 エクリプスはで呟いた。

 僕達、と言うか恐らくトーマさんだけを見据えて。


「そうやって皆に囲まれてヘラヘラ笑っていられて。面倒なことはすべて私に押し付けて、自分は好き勝手に楽しく生きて」

「は? 勝手なのはそっちでしょ?」


 トーマさんはベアトリスさんの手をするりと抜けて、エニスさんの前に出る。


「いきなり動き出してあたしんちに居座って、頼んでもない仕事やり始めてさ」


 そうして大太刀の切っ先をエクリプスに向けて。

 僕が今まで見た中で一番険しい、それでいて哀しい目をしながら、言った。


「そのせいで迷惑してんのよこっちは。いい加減にして欲しいんだけど」

「うるさい! 私が……私がどんな気持ちでいるのかも知らないくせに……っ!」


 声を荒らげたエクリプスの光が揺らいで明滅し始めた。

 まるでその感情に影響されているかのように。

 薄っすらと見えた今にも泣き出しそうな顔は、やっぱり


「……知りたくもないわ。無節操に人連れ込んで悪戯する変態の胸の内なんか」

「エンプレス!」

「敬称忘れてんじゃない?」


 そうして売り言葉に買い言葉を経て、エクリプスの方から猛烈な“圧”が放たれた。

 けど、僕達が圧される中、トーマさんはその只中を突っ切って斬りかかる。

 いつか“妹”と呼んだ存在を、亡き者にするために。


 気の遠くなるような遥か昔、この世が生まれて間もない頃。

 天にまします太陽は地上に降りて星々と交わり、全ての人の祖となりました。

 人々は太陽のことを母として、姉として、帝として敬い、崇め奉りました。

 こうして地上に野薔薇の国ローダンテスが誕生したのです。

 ところがある日、何の前触れもなく太陽は隠れてしまいました。

 大いなる温もりを失った人々は自分こそが次の太陽になろうと争いを始めました。

 そんな中、新たに地上を照らす者、即ち太陰が天に顕れたのです。

 以来、この世界は太陰の導きによって安寧が齎されるようになりました。

 それにしても太陽はどこに行ってしまったのでしょうか。

 いつかこの世界に、夜が明ける日は訪れるのでしょうか。

 

 これは、そんな世界に放り出された僕、オオバヤシハルカが日本に帰るまでのお話。


 そして――太陽が野薔薇の国を統べるまでの物語。

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