第四十三話 大樹海より

 ウパシルレの手勢による襲撃で貴き月ラウルスの里は荒廃していた。

 倒壊した家も散見され――その幾つかは暴走したスズキの権能が、また幾つかはエニスとローザが魔物に放った攻撃の余波が原因だが――住民は精霊達の力を借りながら後片付けに勤しんでいる。

 皆、鎮痛な面持ちだ。

 森人エルフ至上を是として来た彼らの極致とも言えるウパシルレの所業が、大樹海クアドラトゥーラにおける彼らの立場を失墜せしめたためであろう。

 如何に長老の息子とは言え精霊術すら使えない若造のことなどほとんどの者は認めていなかったが、一方でその行き過ぎた行動を諌めるつもりもなかった。

 いっそウパシルレの言う通りになれば良いと密かに思うものさえいた。

 言わば貴き月ラウルス森人エルフ全員がこの惨状を招いたのだ。

 東皇マルドゥークは思想を改めるよう申し渡したが、そうでなくとも省みなくてはならない。

 あらゆることを。

 そんな光景から少し離れた林の中――とある一本の月桂樹ラウルスの前で。

 ローザとイタクパテクが肩を並べ、胡座をかいて薬湯をすすっていた。

 共に疲れた面持ちで、何を語らうでも恨み言をぶつけるでもなく。

 ただ目の前にそびえる樹を、その前に供えられた野薔薇を見遣りながら。

 この月桂樹は、イタクパテクの妻だった女の墓標だ。

 そしてローザにとっては大樹海クアドラトゥーラで最も気のおけない友人の一人であり、かつてイタクパテクの前から姿を消した理由のひとつでもあった。


「ご馳走様」


 やがて薬湯を飲み終えたローザは立ち上がる。

 今またイタクパテクの元を去らんとして。


「……ああ」


 イタクパテクは隣人を見ることなく、この日初めての声を発した。

 ローザは、目に焼き付けるように木漏れ日の差す月桂樹を見上げ。

 少しだけ隣の森人エルフを盗み見て、背を向けた。

 そして一歩踏み出した瞬間――。


「また」


 イタクパテクがまた声を発したので、足を止めた。


「……茶の湯でもすすりに来るが良い」

「…………。今度はお菓子用意しといて。あんたのお茶苦いから」

「約束はできないな。作れる者がいなくなってしまった」

「……しょうがないわね。持って来てあげるわよ」

「そうか」


 程なく互いに背を向けたままの対話が、ひと段落して。


「楽しみにしている。我が友」


 イタクパテクのその言葉を最後に、ローザは歩き始めた。

 恐らくは見えてもいないだろうに、手を振りながら。

 だが、二人は微笑を浮かべていた。


   ※   ※   ※


 そして、旅立ちの日。

 あ、ハルカですよ。

 僕達は蜜蝋の櫛アピスの里に戻って、長老から約束の品を受け取っていた。

 そう、蜂蜜とお醤油である。


「なるべくかさばらないよう小分けにしておいた」

「ありがとうございます。助かります」


 手渡された包みを少し覗いてみると、封をされた竹筒と小さな樽がいくつか。

 なかなか重いけど問題ない。

 どうせそこそこのペースでなくなると思うから。


「なくなったらまた寄りなさい」

「ん? いいの?」

「そのくらいはね。東皇マルドゥークから言われていることでもあるし」


 首を傾げるトーマさんに、長老はそう言って笑う。

 そのハイドライド様はこの場に来ていない。

 僕達を見送りに来てくれたのはエニスさんとプロヴィンキアさん、それからなぜか翔べる群嵐ロクスタ蜜蝋の櫛アピス長老達お姉さんズだ。

 なんでもハイドライド様はトーマさんを叱るたび、その後どう接していいのか分からなくなって隠れてしまうんだそうな。

 ちなみに「たぶんどこかで様子を窺っているけどね」とはエニスさんの弁。

 なんと言うか、不器用な人なんだね。

 あ、トーマさんが誰もいない筈の茂みを見て「んべ」と舌を出した。

 つまりそう言うことなんだろう。

 ――と、まあそんな一幕を挟みつつ。

 僕達の支度も済んで、いよいよ出発することになった。


「ローザ様、絶対また来てくださいませね!」

「次回は是非とも我が翔べる群嵐ロクスタに寄っていただきたい。むしろそのまま居着いてくださっても一向に」

「ずるい! 浄き縁ソフォーラにもお立ち寄りください!」

「あ、あはは……気が向いたらね」


 トーマさんは長老達お姉さんズの熱烈なラブコールに引きつった笑顔で応える。

 何があったのか知らないけど、押しが強い相手にはこうなるのかな?

 その後もちょっと引き気味のトーマさんを翔べる群嵐ロクスタ浄き縁ソフォーラ長老達お姉さんズがガンガン押したと言うかむしろ圧していたけど、程よいところでエニスさんが口を挟んでくれた。


「この後はカナフ大公国に行くんだろう?」

「あ、う、うん。そのつもりよ」

「ならお前達が魔導王国ラシードに着く頃には俺も合流できるかな」

「オーケー、次はネフェルティティの王宮で会いましょ」

「ああ、それじゃ」

「ん、それじゃ。プロヴィンキアもまたね」

「……………………ええ。きっと、また。ハルカも……………………ね」

「ありがとうございますプロヴィンキアさん。それにエニスさんも」

「うん、今度会う時まで息災で。スズキもね」


 各々が挨拶を交わして、最後にスズキちゃんが「んっ」と手を上げて。

 それがそのまま号令みたくなった。

 と言うわけで。

 トーマさんとスズキちゃん、そして僕は旅立った。

 自分でもらしくないとは思いつつ、振り向いて手を振ったりしながら。

 いつの間にか見送りの顔ぶれにハイドライド様もいることに気づいたりしながら。

 トーマさんは、清々しい顔をしていた。

 良かった。心からそう思った。

 ……んだけど。

 僕に手を引かれていたスズキちゃんが、急に立ち止まった。


「どうしたの? スズキちゃん」

「しょうえね」

「しょうえね……あ、省エネか。つまり?」

「おんぶ」

「…………」


 なるほどそう来ましたか。

 正直、小さな子供みたいな扱いをするべき相手なのかどうか疑わしいんだけど……。

 まあいいか。

 僕がしゃがむとスズキちゃんは当然のように乗り込んで来て、両肩をぺたぺた叩く。

 きりきり歩けとでも言いたいのだろうか。


「あまえんぼさんね」


 トーマさんがスズキちゃんのほっぺをつっつく。


「そのまま大公国カナフまで行けそう?」

「分かんないけどやってみるよ」

「そっか」

「そのいきやよし」


 そんなこんなで僕達は一路南へと向かった。

 目的はもちろん次の協力者に会うことだけど、それを抜きにしても楽しみだ。

 カナフ大公国は一体どんなところなんだろう。

 そしてそこで待つ五徳デュミナスは――……ってそう言えば。


「トーマさん」

「んー?」

「次に会うのって、確か炎帝プロメテウスだったよね。どんな人?」

「ただの中二病」

「あ、はい」

「ん」


 どうもそう言うことらしいです。

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