第四十話 断罪 その四

 ウィネアさんがいなくなった後、その日の会合は解散になった。

 イタクパテクさんはだいぶショックを受けていたみたいだけど、蜜蝋の櫛アピス雨を呼ぶ顎門クロコディルスの両長老に付き添われて帰って行った。

 今この場に残っているのはハイドライド様、エニスさん、プロヴィンキアさん、水君テティスの木霊の子、トーマさん、僕。

 それに翔べる群嵐ロクスタ浄き縁ソフォーラの長老。

 どちらも森人エルフの女性で、前者は長身で肌の黒い、物静かな印象。後者は緑髪で眼鏡を掛けた、どこかほんわかしている感じの人。

 二人ともエニスさんの眷属アポストルなんだそうで、今はハイドライド様が叩き割った地面に精霊術を施して地割れを少しずつ直してるところだ。

 その様子を眺めながら、エニスさんとトーマさんが話していた。


「あれで良かったのか」

「子供が二人ともイタクパテクの目の前でどうにかなっちゃうよりは……さ」

「…………。いずれお前の障害になるだろう」

「ならいいじゃん」

「馬鹿」

「何よ」


 二人が言っているのはウィネアさんのことだろう。

 そして逃したのはやっぱりわざとで、それはトーマさんの意向だったみたいだ。

 目的はどうあれ本当にウィネアさんがウパシルレさんを操っていたなら、ありえないことだと思う。

 だけど、トーマさんの気持ちを他の長老達は無視できなかった。

 みんなイタクパテクさんに同情していたからだ。

 そこで長老達は、とりあえず全力で仕留めにかかって敵対意思を明確にすることを前提に話を進め、その上で倒しきれなければ仕方がないから逃してやる、と言う形を取ることにした。

 ハイドライド様とエニスさんは呆れながらも彼らの意向を尊重した。

 どうして呆れたのかって? それはもちろん――。


「エニスの言う通りだこの馬鹿たれが」

「いっ!?」


 いつの間に近づいたのか、ハイドライド様がトーマさんの頭をごちんと殴った。


「〜〜〜〜〜〜〜〜!」


 なんて言うか、昔気質な折檻だ。

 トーマさんはゲンコツされたつむじ付近を押さえながらぷるぷる震えている。

 そして少ししてから、涙目でハイドライド様に訴えた。


「会う度にゲンコツしないでよじっちゃん! マジで馬鹿になっちゃうでしょ!」

「これ以上はなるめぇ」

「ひっど!」

「相っ変わらずなんでもかんでもおっ被りやがって」


 ハイドライド様とエニスさんが呆れた理由はこれ。

 つまるところ一連の出来事について、結局のところトーマさんが全責任を引き受けようとしていて、それが明らかに見て取れるからだ。

 できればこう言いたくはないけど、例によって。


「いいでしょ、あたし一人で済むなら別にさ」


 ほらね。


「たわけ、今は一人じゃねぇだろうがよ」

「っ! ……………………はい」


 ハイドライド様に痛いところを突かれたのか、トーマさんは急に反抗をやめた。

 たぶん僕がいるからって意味なんだと思うけど、しゅんとされると少し心苦しい。


「ったく。考えなしって意味じゃウパシルレとどっこいどっこいだな手前てめぇも」

「はい……」

「反省しとけ。俺はそっちの餓鬼と話さなきゃならん」


 すっかりしょげてしまったトーマさんを尻目に、ハイドライド様はプロヴィンキアさんに歩み寄る。

 そしてその腕に抱かれている女の子に視線を向けて、話しかけた。


「おう、起きてるか?」


 呼びかけられた途端、女の子は目を開いてぱちくりと瞬きをした。


「そのつら……なるほどな」


 ハイドライド様はなんだか意味深な反応を示す。

 僕も気になっていたけどやっぱり分からないことに、心当たりがありそうだ。

 木霊の女の子は不思議そうに小首を傾げて、ただハイドライド様を見上げていた。


「お嬢ちゃん、名前はあるか?」

「すずき。ゆきのじをかいてそうよむ」


 と思ったら、喋った。

 でも、昨夜とは随分様子が違う。

 新しく生まれた人格と言うやつだろうか。

 ハイドライド様は片眉を吊り上げて更に語りかける。


「いい名だ。ならスズキよ。ミヲの奴とは繋がってるのかい?」

「うむり。いちじてきにじゅおうあがすてぃあのごんのうがよわまったためとすいてい」

「上等だ。早速だが伝えてくれや。まず今回の落としどころだがよ、とりあえずはってことで手打ちにしねぇか。ここまで来るとともうどっちがどれだけ良いとか悪いとかいちいち勘定するのも阿呆らしいからな」

ほくせいなんむもどういけんとすいくんほんたいが」

「そいつは何よりだ」

「だがゆきをふらせたうめあわせはするとのこと」

「あー……そうかい?」


 スズキちゃんは舌足らずで抑揚のない語り口調で、ハイドライド様との難しいやり取りをそつなくこなしていた。

 本体――水君と繋がっていると言うのもあるんだろうけど、大人と子供がひとつの人格に交ざり合っているような不思議な印象を受ける。


「なら一つ頼みがあるんだが……スズキ。おめぇさん、そこでヘコんでやがる小娘の旅に付いてってやっちゃぁくれねぇか?」

すいくんほんたいはさいしょからそのつもり」

「話が早くて助かるぜ。ならこの件も取引にはならんな」

「たいようとつきのこと。かしかりはやぼ」

「はン、一端いっぱしの口叩きやがる」

「ではしかるべく。すずきはもうひとねむりするがゆえ」


 ハイドライド様と話すだけ話して、スズキちゃんはまた安らかな寝息を立て始めた。

 そう言うところは見た目以上に子供っぽいんだ、なんて思う。


「……えっと?」


 そしてトーマさんは、さっきのスズキちゃんみたいに目をぱちくりさせ――。


「あ」


 分かった。

 スズキちゃんはなぜかトーマさんとそっくりなんだ。

 そしてハイドライド様の反応を見るに、それは何か意味のあることなんだろう。

 早速このことを誰かに聞いてみたい、けどちょっと我慢して。

 今は場の流れを優先させようと思う。

 ハイドライド様はまたトーマさんに近づいて、さっきの会話について触れた。


「聞いての通りだ、スズキに助けてもらえ。今の手前てめぇじゃ太陰エクリプスに挑むどころかそこの小僧一人守り切れるかどうかも怪しいからな」

「う……」

「本当ならエニスも同行させてやるつもりだったが今回の後始末をしなけりゃならんし、消費した元気オドも回復させてやらなきゃならん。となると当分は大樹海クアドラトゥーラを離れらんねぇ。それもこれも誰かさんの考えなしのお陰だ」

「うう……」

手前てめぇ手前てめぇ元気オドがすかんぴんだろうが。ぼちぼち切り替えてやることやりやがれ」

「はうう……」


 厳しい言葉を浴びせられるたび、トーマさんは小さくなっていく。

 けどハイドライド様が甘い顔を見せることはなく。


翔べる群嵐ロクスタ浄き縁ソフォーラ、手伝ってやれ」


 代わりに居残っていた二人の長老に声をかけた。


「承知仕りました」

「はぁ〜い! ほらほらローザ様、行きますよ〜」


 対象的な返事で応えた二人の森人エルフはトーマさんに寄り添って、慰めるように背中を撫でてあげたりしながらそのままどこかにいなくなってしまった。


「みっともねぇところを見せちまったな」


 僕が三人を見送っていると、ハイドライド様が親しげに話しかけてくれた。


「いいえ……たぶんあの人、叱って欲しくてここに来たんだと思うから」

「分かるか」

「なんとなくですけど」


 全部自分のせいになるように仕向けたなら、誰かにそれを罰して貰うまでがセット。

 たぶんトーマさんはそう言う人だ。

 でも、だからこそハイドライド様は尚更怒ったんだと思う。


「はっ、気に入ったぜ小僧」

「オオバヤシハルカです。ハイドライド様」

「おめぇさんはローダンテスこっちの人間じゃねぇんだ、畏まることはねぇ」

「でも、トーマさんの大叔父さんなら最低限の礼儀は弁えたいです」

「ますます気に入った! 今日は這い回る御使いセルペンスの里に泊まって行けよ! ん?」


 ハイドライド様は僕の背中をばすばす叩いて嬉しそうに宿泊を勧めてくれた。

 ちょっと痛いけど、これでもかなり加減してくれてるんだと思う。

 地割れ起こしちゃったりする人だからね。


「どうせあいつが戻って来るのは夜明け以降になるだろうからよ」

「あ、それなんですけど。どこに行ったんですか?」

「そうさな、ってところだ。一晩がかりのな」


 僕の問いかけに、ハイドライド様は少し気を持たせるような言い方で答えた。

 そんなこんなで断罪も終わり、一晩お爺ちゃんのご厄介になります。


 次回は、えー……森林浴と、僕の帰還のことについて。

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