第三十九話 断罪 その三

 毎度お馴染みハルカです。

 前回のあらすじはこんな感じ。


「……裁きを申し渡す」

「お待ちをばァッ!」

「裁きを」

「お待ち」

「黙れえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!」

「お待ちぅあひィィィィやッ!!?」


 お分かりいただけただろうか。

 分からない場合は前回をもう一度ご覧いただこう、と言うわけで。

 ウパシルレさんがハイドライド様に首を掴まれてぶらーんと吊られている場面だよ。


「申し開きできる立場か? あぁコラ!? 手前てめぇがしでかしたこと考えてみろや!」


 ウパシルレさんの顔色がなんだかよろしくないけど、ハイドライド様は気にすることなく、ヤクザがメンチ切るみたいにその変顔を睨みつけた。


「異種族と見れば誰彼構わず難癖つけて親父に恥かかせて妹にケツ拭かせて、おまけに水君テティス木霊エコー虐待して? その挙げ句に何? エニスぶっ殺して樹王に挿げ替わろうだ? 大樹海クアドラトゥーラ森人エルフの国を造るだ!? おれが許すとでも!?」

「そそれッそれはッあッ、力さえ示せばッ」


 うん、お爺ちゃん滅茶苦茶怒ってるね。口調も荒っぽいしこっちが素なのかも。

 ウパシルレさんはこんな剣幕を予想していなかったのかタジタジだった。

 でも東皇マルドゥークが怒ると怖そうなこと、確か前にエニスさんが言ってたと思うんだよね。

 それを踏まえていないあたり想像力が足りないと言うか、言動から察するとひたすら自分に都合よく考えちゃってたのかな。

 そう言えばトーマさんと知り合ったばかりの頃「エクリプスの恩寵グラティア持ちはソシオパスになりやすい」みたいな話をしてくれたことがあったっけ。

 つまりそう言うことなんだろう。たぶん。


「はあ……エニスを見初めてそろそろ五百年ってところか。ようやく大樹海クアドラトゥーラが落ち着いて来たっつうのに何寝惚けたこと抜かしてやがる? 頭大丈夫か? 大丈夫なわけねぇか、太陰あれ眷属アポストルだもんな。あぁ、自覚してねぇんだったか。だからって大目に見てやるつもりは毛頭ねぇんだが」

「はぎゃッ……!」


 ハイドライド様はウパシルレさんの首を更にぎゅうっと握り締めた。

 ウパシルレさんはぷるぷる震えて涎まで垂らしちゃってる。

 同時に地響きが鳴り始めて、辺り一帯の土やら塵やらがうっすら舞い上がった。

 けど、イタクパテクさんやパイカラさんを含めみんな静観を決め込んでいる。


「後なぁ、手前てめぇが因縁つけたそこの女、何者だと思うよ? ええ?」


 挙げ句、ハイドライド様はトーマさんを顎で示した。

 ウパシルレさんが充血した目でそちらを見るとトーマさんは明後日の方を向く。

 まるで「知〜らね」とでも言わんばかりだ。


「ふがッ……あッ……そ、その只人ヒュムが、何ッ……」

「そいつはな、上月の天華ヤン=ネイト――エーデルワイスの義理の孫なんだぜ。どう言うことか分かるか? んん?」

「ッ!? まさ、かッ――」

「そうだよ! ってことだ! いいやおれだけじゃねぇ。姐貴の孫である以上、他の五星スローンズ五徳デュミナスの兄弟分として見ているだろうなぁ」

「そんッ……なッ……!」

「……まぁんだが、ひとまずそれは置いといてやる」

「……ッ……ッ!」


 またしてもトーマさんの肩書きが更新されてしまった。

 “上月の天華”と言うのは五星の筆頭格にして中原の守護者なんだそうで、魔王様こと下月の壌理イン=イシスの寄り親にあたる、それはそれは偉い御方なんだとか。

 おまけにエニスさんを始めとする五徳や、あの隠君子さんの師匠でもあるらしい。

 トーマさんが義理とは言えそんな人のお孫さんでもあるとなると――。


「要するにだ、手前てめぇはローダンテスのことわりそのものに牙を剥いた。その時点でたかが一個人の主義思想なんざ塵芥ほどの価値もありゃしねぇのよ。分かったかコラ? あぁん?」

「あガッ……分かッ……かッ!」

「なら黙って這いつくばっとけや餓鬼がっ!!!!!!!!」

「…………ッ!!!!!!!!!」


 ハイドライド様は怒りに任せてウパシルレさんを地面に叩きつけた。

 同時にとんでもない轟音がしてその場所はクレーター状に抉れた上、四方八方に長い亀裂が走った。

 けどウパシルレさんはぺしゃんこにならず、ただぴくぴく痙攣しているだけだ。

 その後姿勢を正したハイドライド様が咳払いをすると、地鳴りがぴたりと止んだ。


「では改めて、裁きを申し渡す。イタクパテクが一の果実ウパシルレよ。貴様は我が大樹海クアドラトゥーラ精神アストラル界に幽閉する」

「そそッそん、なァッ……! はわァァァァァ――……」


 ハイドライド様の判決と同時にエニスさんが手をかざし、ウパシルレさんを無数の蔓で覆う。頭のてっぺんから爪先までぐるぐる巻きにされたウパシルレさんは、やがて蔓が解かれると姿が見えなくなった。

 なんでも、ウパシルレさんはその場にいながらにして周囲から物理的に干渉できなくなったんだそうだ。具体的に言うと先日トーマさんを絵画から現界させたのとは逆の理屈で、触れることはもちろん、エニスさんみたいに特別な目を持つ人でない限り見ることすらできない、要は幽霊みたいにされたと言うことらしい。しかも他の土地には行けず、誰にも気付かれないまま大樹海クアドラトゥーラの中をいつまでも彷徨うことになる、と。

 なかなかにエグい措置だけど、ああ言う魂自体やんちゃな人が輪廻転生しちゃうとまた他で問題を起こしかねないから、他にどうしようもないんだとか。

 その後ウパシルレさんの取り巻きの追放が告げられて、次はイタクパテクさんの番が回って来た。


「続いて貴き月ラウルスの果樹イタクパテクよ。貴様は同胞を導き、まずはその排他的な思想を改めよ。なお、貴き月ラウルスは引き続き十氏族の一員として遇するが、今後二百年の間は諸問題に纏わる一切の発言を認めぬものとする。皆の声に耳を傾け、ただ受け入れるべし」

「仰せのままに」


 本当にウパシルレさんとは対照的と言うか。

 イタクパテクさんはハイドライド様の言葉を真摯に受け止めたみたいだった。

 個人的には少し、ほんの少し甘いような気もするけど、昔あったことなんかも加味して情状酌量してあげたのかも知れない、とも思う。

 実際、色々と気の毒だしね。

 でも、この後。

 ある意味でイタクパテクさんにとっては駄目押しとも言える、重い“罰”が下った。


「次に――イタクパテクが末の果実パイカラ、此方へ来なさい」


 ハイドライド様はパイカラさんに呼びかけた。

 どうしてだろう。

 今までの話を聞く限り、彼女は何も悪いことをしていないようだったけど。

 僕がきょろきょろしていると、トーマさんが肩に触れて「動かないで」と囁いた。

 ……いや、でも。

 のか。

 僕はパイカラさんの方を振り向いた。

 彼女はプロヴィンキアさんの隣で俯いたまま、微動だにしない。


「…………」

「どうしたパイカラよ」

森人ひと違いですよ」


 一瞬、誰が発したのか分からないほど、パイカラさんの声は無機質だった。

 彼女はハイドライド様の呼びかけに答えるなり後ろへ飛び退いた。


「きゃっ!?」


 けど、すぐにあちこちから延びた蔓に絡め取られて空中で拘束されてしまう。

 エニスさんの力によるものだ。

 同時に長老達が各々武器を携えてパイカラさんを取り囲む。

 呆然とするイタクパテクさん以外は。


「ウパシルレを唆したのはお前だな? ……いや、と言うべきか」


 エニスさんの張り詰めた問いかけに、パイカラさんはくすっと笑った。


「いつ気がついたんですか?」

「甘く見ないでもらいたい。子供の頃の話をしたのは自分だろう?」

「……喋りすぎましたか。でも、その割には疑う素振りを見せませんでしたね」

「そう感じたのならお前に駆け引きは向かない」

「返す言葉もありません。肝に銘じるとしましょう」

「必要ない。まずはウパシルレ共々幽閉する。その後色々と聞かせてもらおう」

「それは遠慮させてください。私にも予定がありますので」

「!」


 突然パイカラさんは

 ヘンな表現だけど他に言いようがない。

 パイカラさんだった水は蔓の拘束を抜け落ちて地面に染み込んだ後、長老達の包囲の外で水柱を立てると、またパイカラさんの姿に戻った。

 そしてバレリーナが開演を挨拶するかのように優雅な礼をする。


「申し遅れました。太陰エクリプスに仕えし四制キュリオスが一、洪水イヌンダーティオのウィネアと申します。以後お見知り置きを」

「パイカラ、お前一体……ッ!?」


 一人だけ事情を聞かされていなかったんだろう、イタクパテクさんは慌てて駆け寄ろうとしたところを雨を呼ぶ顎門クロコディルス這い回る御使いセルペンスの長老に止められていた。

 パイカラさん――ウィネアさんは父の姿を伏し目がちに一瞥して、顔を背ける。


「その名を刻まれた魂は輪廻の輪に還っています。ずっと前、雷に打たれたあの日に」

「だがッ! だがそれでも、お前は我が娘として生きていた……ッ!」

「……忘れてください。ここにいるのは無垢なしかばねに巣食う穢れた魂にすぎませんので」

「パイカラッ!」


 イタクパテクさんが叫ぶ中、長老達が一斉にウィネアさんへ攻撃を仕掛ける。

 でも、武器も魔術も精霊術も全て素通りして、まるで意味をなさない。


「やはり歓迎されませんか……。ここはおいとまさせていただきましょう」


 ひとまず攻撃が止むと、ウィネアさんはまた水になって少し後ろに移動した。

 そして僕達の方を向いて、口を開く。

 パイカラさんのように人間味のある表情で。


「最後に……プロヴィンキア様」

「ええ……」

「昔のことを聞かせてくれてありがとう。嬉しかったです。そしてローザさん」

「何?」

「今度会う時は敵同士です。でも……――きちんと向き合ってあげて。と」

「…………。分かったわ」

「きっとですよ――」


 ウィネアさんはプロヴィンキアさんとトーマさんに笑顔を見せるとざぷんと沈み、もう二度と姿を見せることはなかった。


「パイカラ……」


 イタクパテクさんは、いつまでも彼女が消えた地面を見つめていた。

 そんな彼のためなのか、他に理由があるのかは分からないけど。


 この場のみんながわざとウィネアさんを逃したように、僕には思えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る