第三十八話 断罪 その二

 次の日、例によって僕達は樹王アガスティアの挿し木を通ってクアドラトゥーラ大樹海の中央まで来ていた。

 外はすっかり雪景色だ。

 昨夜の寒さの原因はウパシルレさんのせいで水君テティス木霊エコーが暴走したからと聞いていたけど、こんな規模のことを起こすとなると相当だと思う。

 身近に神様がいることを今更実感してみたり、とか僕の感慨はともかくとして。

 そこは這い回る御使いセルペンスと言う蛇っぽい鱗人レプティリアンのの里で、その更に中央には神体ジグラートの一つ、神樹バオムがそびえ立っている。

 ……なんて、いきなりなんの説明もなしに新語を連発するのもどうかと思うから、ここは旅の間トーマさんから教わった知識を少しだけ披露するとしよう。

 まず神体と言うのは五星スローンズがローダンテス大陸に現界するための依代の一つで、同時に五行ストイケイアそのものでもある象気マナの源泉なんだそうだ。

 ここまで聞けば予想がつくと思うけど、神体は大樹海クアドラトゥーラの神樹以外にも、大公国カナフ天火フランメ魔導王国ラシード聖骸ボーデン獣王国サンキエム原鹵エルツ、そして聖水域バレイア祖海メーアといったように各地域ごとに一つずつあって、大陸に象気マナを供給している。

 この象気マナは単純に魔術的な作用だけでなくあらゆる現象の源にもなっているから、突き詰めると五星がいて神体があるからローダンテス大陸はやっていけてる、と言うことらしい。

 さて、今は這い回る御使いセルペンスの長の案内で沢山連なる鳥居をくぐって、その神樹の前まで来てるんだけど、見た感じ少し光に包まれている以外はごく普通に育った立派な広葉樹だ。ちなみに注連縄もされてるよ。

 葉っぱや幹の感じとか、たぶん桜に似た植物なんじゃないかと思う。

 そんな神樹の前にいるのは十氏族の長老の皆さんと、周りから延びた蔓か何かでぐるぐる巻きにされているウパシルレさん達。

 それにエニスさん、プロヴィンキアさん、パイカラさん。

 後はトーマさんと僕と……そうそう、水君テティス木霊エコーの子も眠ったままだけどプロヴィンキアさんが抱っこしてあげているんだった。

 と、いつになく大所帯の現場からハルカがお送りします。

 全員が揃ってすぐ空から真っ直ぐ神樹に光が降りて来て、そのうち神樹自体が強く発光し始めた。

 僕としては珍しい光景だったしなるべく見ていたかったんだけど眩しくて結局目を瞑ってしまった。

 ただ、閉じる瞬間、光が龍みたいに見えた。竜じゃなくて、東洋の龍。

 次に目を開けた時には光も神樹もなくなっていた。

 代わりに、公家装束に似た立派な身なりをしたお爺ちゃんがそこに立っていた。

 目つきは鋭くて、二本の口髭と逆三角に尖った顎髭が印象的だ。

 長老達とウパシルレさん達、それにパイカラさんは平伏していた。

 と言うことは、この人が東皇マルドゥークことハイドライド様で間違いないみたいだ。


おもてを上げよ」


 ハイドライド様が見た目よりもずっと優しい声でそう言うと、みんな従った。


「こうして皆と会うのも久しぶりじゃのう」


 彼はほっほっほっと上機嫌に顎を撫でながら一同を見回して−−トーマさんに目が止まった時だけじろりと睨んだ。

 色々と把握しているねこれは。プロヴィンキアさんが伝えたのかな?

 トーマさんはトーマさんで「あはは」なんて笑って誤魔化している風だった。

 それからハイドライドさんは咳払いを一つ挟んで、エニスさんの方を見た。


「さて、儂もおおよそは聞いておるが、改めて此度の騒動について説明を頼めぬか?」

「分かった。とは言え俺の認識も大半は又聞きに基いているからね。幸いここには長老達みんなもいることだ、間違いがあったら誰でも指摘してくれて構わない」


 エニスさんは一歩前に出て、一連の出来事について語り始めた。


「そもそもの発端は百年ほど前に遡る」


 それはウパシルレさんとパイカラさんが雷に打たれ、数日後蘇生した日。その時からウパシルレさんは里の誰よりも森人エルフ至上主義に染まり、それを過激な行動で示すようになった。具体的には精霊エスプリの力も借りられないくせに鱗人レプティリアンの里に行っては喧嘩をふっかけて、逆に袋叩きに遭ったりしていたそうだ。

 そんな彼にも特異な才能があった。他人や他の生き物を操る力だ。ただ、自分より格上の相手は制圧しないと効かない場合が多いらしく、まだ幼かったウパシルレさんが従えられたのは、自分より力が弱い同世代の森人エルフ達だけだった。

 父であるイタクパテクさんは息子の豹変ぶりを持て余し、次第に忌避するようになる。ウパシルレさんの方も「ン父は手ぬるいィッ!」と主張して家に寄り付かなくなり、支配下に置いた取り巻き達とばかり過ごすようになった。

 その後もウパシルレさんの行動はエスカレートして、大樹海クアドラトゥーラに生息する魔物を従えたり、相変わらず鱗人レプティリアン鳥人アビエイターを目の敵にして襲撃を仕掛けたことも何度かあったらしい。幸い相手方の立ち回りがうまかったり単純に強かったりして命のやり取りには発展しなかったのと、各氏族クランの長老達が静観していたお陰で今までは大きな問題にならずに済んでいた。

 事態が急速に進んだのは僕達−−と言うよりトーマさんが襲われた時からだ。

 その先の出来事はリアルタイムに体験したことだから割愛するとして。

 誰もエニスさんの話に口を挟もうとはしなかった。

 厳密に言うとウパシルレさんは血が出ちゃうくらい唇を噛みながらすごい形相で何か言いたそうにはしていたけど、エニスさんはあくまで事実関係だけに言及していたからなのか噛み付いたりはしなかった。

 ハイドライド様の前って言うことも影響してるのかもね。


「……と、大体こんなところかな」

「感謝するぞ樹王アガスティア。して貴き月ラウルスの果樹よ。この事態をどう心得る」


 やがてエニスさんの説明が終わるとハイドライド様は満足げに顎髭を撫でた。

 そしてやっぱり優しい声音で、今度はイタクパテクさんに話を振った。


「……恐れながら。今や我が里は腐敗した果実の温床と成り果てました。そしてその土壌を育んだのは紛れもなくこのイタクパテクです。ついては私めにも、そこな愚息が被るであろう裁きと同等の処遇をお与えいただきたく」

「ならば里についてはなんとする」

「如何様にも。ただ、願わくば皆の命だけは慈しんでやっては貰えぬでしょうか」


 イタクパテクさんは平身低頭に長老としての責任を果たそうとしていた。

 あのウパシルレさんの父親とは思えないほどちゃんとしている。

 まあ、子育てはまた別問題なんだろうけど。

 他の長老達はイタクパテクさんの言葉にざわつく中、ワニっぽい顔の大柄な鱗人レプティリアンの人、たぶん雨を呼ぶ顎門クロコディルスの長老が「馬鹿が」と舌打ちしていたのを見かけた。なんかいい人そうだ。

 ハイドライド様は手を上げて長老達を鎮めると、イタクパテクさんに頷いて見せた。


「相分かった。あたら血を流すつもりはないゆえ、そこは案ずるな」

「寛大なる御采配に心より感謝申し上げます」

「皆も良いか」

「恐れながら父なる東皇よ」

「なんだ、雨を呼ぶ顎門クロコディルスの」


 話が纏まりかけたところで、あのワニさん長老が前に進み出た。

 彼は大きな鼻先をハイドライド様に向けて、唸るような声でこう言った。


「イタクパテクは本人が言う通り長としても親としても最低の大馬鹿野郎だが、俺達の中じゃ茜色の長尾リベッルラに次いで古株だ。その知識と経験は大樹海クアドラトゥーラにとってまだまだ必要なんじゃないのか?」


 ほら、やっぱりいい人だ。


「……その言葉、胸に留めて置くとしよう」

「感謝する」


 ハイドライド様が聞き入れると、ワニさん長老はすぐに元の位置に戻った。

 そんな彼にトーマさんがウィンクすると、「ふん」とそっぽを向く。かっけぇ。

 そうして一通りの確認が終わり、ハイドライド様が締めに入った。


「では裁きを申し渡す。まず、イタクパテクが一の果実ウパシルレよ」

「ンお待ちくださいィッ!」


 ……んだけど、まあ予想通りと言うかなんと言うか。

 ウパシルレさんが拘束されたまま背筋をぎゅんと反り返らせて止めにかかった。

 歯を食いしばって唇を突き出した変顔で。

 対するハイドライド様は無視して進めにかかる。


「……裁きを申し渡す」

「お待ちをばァッ!」

「裁きを」

「お待ち」

「黙れえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!」

「お待ちぅあひィィィィやッ!!?」


 ハイドライド様はとんでもない声量、それこそ映画館で聞くような爆音に近い怒号を吐き出した。

 そして仁王みたいな形相で、ウパシルレさんの首を握ってそのまま持ち上げた。


 断罪が始まりますよ。

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