第三十七話 断罪 その一

「せめて先にどうするつもりだったのか言ってくれ。あれじゃ補佐のしようもない」

「もー、ごめんって。さっきも言ったけどダウンなんちゃらで手一杯だと思ってたの」

「俺は何が起ころうと余力を残して目的を全うする。知っているだろう」

「そうだけどさ〜」

「老師からも厳重に言われていた筈だ。みだりに死ぬなと」

「でもエニスが“依代よりしろ”用意してくれてるの分かってたしさ〜」

「だからと言って早速使う奴があるか。描くのは相応の時間が掛かるし、あの顔料だって限りがあるんだぞ」

「だからごめんってば〜」


 引き続きハルカです。

 今、トーマさんが腕組みするエニスさんの前に正座させられています。

 トーマさんが帆布キャンバスから生えて来て僕を押し倒した後、すぐにエニスさんのお説教が始まって、以来ずっとこんな調子。

 詳しい状況は良く分からないけど、座敷でプロヴィンキアさんが抱いている女の子を救うためにトーマさんが無茶をやらかした――と言うのは聞いていて大体理解した。

 察するに、あの子がパイカラさんの話していた水君テティス木霊エコーなんだろう。

 彼女がトーマさんやエニスさんにとって色々な意味で特別なのはなんとなく分かる。

 でも、前に昔話をした時も死んだようなことを言っていたけど、いくら生き返る手段があるからと言ってむやみやたらと死なれたら、身近な人が怒るのは当たり前だと思う。

 うん、実によろしくない。


「助けてハルカくん〜」

「エニスさん、もっと言ってやってください」

「だそうだ」

「ちょっ!? うう〜裏切り者〜」


 救いを求めるトーマさんを袖にして、僕も腕組みしてみた。

 同じようなことで僕を叱った人の行動としてはちょっと度し難いからね。

 ここは厳しくいかないと。


「……どうするつもりだ。ここまで溜め込んだ木行デンドロン元気オドも使い果たしたんじゃないのか」

「平気よ、東皇じっちゃんのとこ寄ってくから」

「お前はまたそう言う……」


 消耗した元気オドと東皇に会うことにどんな繋がりがあるのか分からない。

 けど、エニスさんの様子を見るにそれはそれでただ事ではなさそうだ。

 ともかく悪びれないトーマさんにエニスさんが呆れ顔を見せた頃。


「私も同行を希望します」

「わっ」


 いつの間にか僕の隣に木霊の女の子――を抱いたプロヴィンキアさんが立っていた。

 ちなみに今の台詞は木霊の方だ。

 改めて目を開けているところを見ると、やっぱり知っている顔のような気がする。


「このたびのことはひとえに我が水君本体の不徳です。あらかじめ樹王アガスティアと示し合わせておけばこれほどの事態には至らなかった筈」

「まったくだよ」


 エニスさんは溜め息をついた。当然だと思う。

 立場があるとは言え、今回一番振り回されたのはこの人なんだから。

 そんなエニスさんに、女の子は抱き抱えられたまま頭を下げた。


「水が類の一雫として心よりお詫び申し上げますと共に母なる聖水域バレイアより後ほど正式な謝罪と埋め合わせをいたしますことをここにお約束いたします」

「そこらへんのことも東皇マルドゥークを通してくれ。同行するんだろう?」

「承知いたしました」


 女の子はエニスさんに小さく頷くと、その小さな掌から水の球が飛び出して、どこかへ消えて行った。

 後で聞いたところ、バレイア聖水域に連絡するために思念を飛ばしたんだとか。

 それを見送ってから、女の子はぼそっと呟く。


「……水君テティスは嫌がるでしょうね」

「だからだよ」


 すかさずエニスさんがそう言うので、女の子は小首を傾げた。


「と言いますと?」

「どこの家のだろうと、悪戯をしたらその場にいるが叱るものだろう」

「うっ……な、何よ」


 エニスさんはトーマさんをチラ見してそう言った。

 トーマさんは不満そうだけど、自業自得だ。

 さておきエニスさんの言い分には女の子も頷く。


「そうですね。きっと良い薬になるでしょう。こう言ってはなんですが本体のことは北征ナンムも随分甘やかしているようですから」

「どこかで聞いたような話だ」

「お察しします」

「実際、今回は俺も人のことを言えた義理じゃないしね」

「個体名ウパシルレの所業は確かに目に余ります。しかしそれも元はと言えば太陰エクリプスが――」

「その件はここまでにしよう。……それより、聞きたいことがある」


 エニスさんは少し強引に話を区切った。

 その背景に色々な意図があるんだろうな、と思いつつ聞いていると。



 エニスさんは女の子になんだか不思議なことを尋ねた。

 彼女はぱちくりと目を瞬かせた後、しれっと分かり切っていることを言った。


「ご承知の通り水君の木霊です」

「察してくれ」

「申し訳ないのですが詳しくお話するには少々時間が足りないようです」

「なに?」

「本来ならばあり得ざることですが私と言う木霊を構成する疑似魂魄に別個の自我アイデンティティが芽生えています。そしてそれは既にこの肉の体に定着し始めている。他方私と言う個はこの肉の修復に元気オドを使い過ぎました。程なく新たな自我に溶けて消えることでしょう」

「そんな長台詞を言う暇があるなら教えて欲しかったけど」

「平にご容赦を。三行に纏まるようなものではないのです。ではご機嫌よう」


 今度は女の子が強引に話を終えて、事切れたみたいに目を瞑って脱力した。

 そうしてプロヴィンキアさんの腕の中から、健やかな寝息が聞こえてきた。


「……逃げたな」


 エニスさんがうんざりしたように吐き捨てた。


 あ、次回はじっちゃんこと東皇ハイドライドの雷が落ちます。

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