第三十五話 花

 …………?

 太陰エクリプスによる権能の干渉を検知。

 元気オドの汚染を確認。

 疑似魂魄の汚染を確認。

 浄化中…………失敗。

 浄化中…………失敗。

 浄化中…………失敗。

 浄化中…………失敗。

 浄カカカカカカカカカカカカカカ豬?喧荳ュ窶ヲ窶ヲ窶ヲ窶ヲ螟ア謨励?ゲハハッ!

 一時的に大脳皮質を閉鎖。

 脳機能の一部に損傷を確認。

 言語野に異常を検知。

 言語中枢を修復中…………失敗。

 再試行中…………失敗。

 再試行中…………失敗。

 原因を解析中……深刻な元気オド不足を検知。

 次善策の提案。

 象気マナの補給。

 象気マナ元気オドに変換。

 変換完了まで脳機能を制限。

 次善策を承認。

 脳機能を肉体年齢に最適化中…………成功。

 大脳辺縁系の汚染を確認。

 大脳辺縁系の汚染を確認。

 大脳辺縁系の汚染を確認。

 大脳辺縁系の汚染を確認。


 ︙


 わたしのきおくのはじまりはもりといずみとそらとたいよう。

 わたしのくつうのはじまりはおそろしいかおをしたえるふのおとこ。

 わたしのいかりのはじまりはわたしのからだがひしゃげたひ。

 わたしのぞうおのはじまりはわたしのからだがやかれたひ。

 わたしのさついのはじまりはわたしのからだがさされたひ。

 あなや。

 いきるとはかくもけわしきものか。

 あのおとこがわたしにそうしたようにわたしもしいたげればよいのか。

 なぐってけってふみしだきたいまつであぶってくいをうてばよいのか。

 それがいきるということならばわたしはいきていてよいのか。

 ときおりわたしのからだをあらいにくるおんなをころすのか。

 おとことともにわたしをけりつづけたおとこたちをころすのか。

 あのおとこをころすのか。

 くさきをころすのか。

 むしをころすのか。

 さかなやとかげをけものやとりをひとをせかいをころすのかわたしは。


 ︙


 大脳辺縁系の汚染を確認。

 大脳辺縁系の汚染を確認。

 海馬の容量不足を確認。

 一時記憶を検索中……確認。

 古い順に消去。

 大脳辺縁系の汚染を確認。

 大脳辺縁系の汚染を確認。

 大脳辺縁系の汚染を確認。

 大脳辺縁系の汚染を確認。


 ︙


 わたしがてをかざすとつめたくてくろいはながさく。

 くさきにはながさく。

 えるふにはながさく。

 いえがおおきなはなになる。

 いきるとはどうやらはなをさかせることらしい。

 はなはきれいだ。

 すべてはなになればいい。

 せかいをはなぞのにすればいい。

 ずっとはるかにおおきなはなをいくつもいくつもさかせよう。

 あのいえよりもあのきよりもあのそらよりもあの――。

 …………?

 あかい。はな。

 つつんだ。わたしを?

 いたくされない。やわらかい。あたたかい。はるのひざし。

 おひさま――たいよう?

 たいよう……。


 ︙


 太陽エンプレスによる権能の干渉を検知。

 元気オドの浄化を確認。

 大脳辺縁系の浄化を確認。

 疑似魂魄の浄化を確認。


 大脳皮質閉鎖の解除を要請…………承認。


 ︙


 ……あれは。

 はな。はなだ。

 たいようのからだ?

 なんてうつくしい。

 わたしがやった。

 どうして?

 いやだ。

 だめだ。

 あなや。

 わたしは。

 わたしはなにをいかりにとらわれていたのだろう。

 きずつけてはならない。

 こわしてはならない。

 てんからわたしのぼうりょくがおちてくる。

 このままでは。

 えにすよ。じゅおうよ。はやくかのじょを――。


 ︙


 樹王アガスティアによる権能の干渉を検知。

 木行デンドロンの膨大かつ高密度な象気マナを検知。


   ※   ※   ※


「ユミッ――!」


 猛烈な低温の突風が天から大樹海クアドラトゥーラを叩きつける――その間際。

 ふっと空気が和らいだ。

 それは少々強くて行儀知らずなだけの風となって適当に枝葉を散らし。

 退屈とばかり吹き上がって空へ戻り、積乱雲のところどころに穴を空けて。

 何方へと消えていった。

 大樹海クアドラトゥーラに静けさが戻る。

 エニスの視界に在るのは、目を閉じてふわりと地表に下りた木霊エコーたる幼子と、今なおそのかたえに寄り添うローザの元気オド――否、もはや象気マナか。

 そしてローザの氷像だった。

 急激な温度と気圧の変化によるものか、すぐにその肩口から一筋の亀裂が走りそれは全体へと広がってがらがらと崩れ粉々になっていく。

 後に遺ったのは、悪趣味な女神像の残骸のみ。

 エニスはそれを見遣り、眉根を寄せた。


「世話をかけましたね、樹王」


 おもむろに木霊が口を開いた。

 そうして閉じていた目をゆっくりと開け、ぱちくりとまばたきをする。

 空洞にも思えたその双眸にもはや闇の気配はない。

 ただの穏やかで愛らしい大きな瞳があるだけだ。

 しかし少女は再び眠たげに目を閉じてふらりと倒れ込んだ。

 すぐにエニスが駆け寄ってそれを抱き止め。

 そしてローザの元気オド――そこに在る彼女の魂魄と目を合わせた。


 いつしか巷には、ちらちらと雪が降り始めていた。

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