第三十二話 傾国の聖女
ハルカです。
僕は今、樹王の家の食堂で夕食をいただいているところ。
パイカラさんも一緒だけど、ずっと落ち込んでいて食が進まないみたいだ。
一応
だから口に合わないわけではないと思うんだけど。結構美味しいし。
でもまあ食欲が出ないのは無理のないことなのかも知れない。
兄がやらかしたせいで
そしてプロヴィンキアさんも基本こちらから声をかけないと喋らない人だ。
個人的に、静かな食卓は嫌いじゃない。
嫌いじゃないんだけど……正直に言ってこの場はちょっと気まずい。
何かで読んだことがある。
気まずさとは
それを払拭したければ、とにかく場を動かすしかないんだろう――と言うわけで。
「あのー、プロヴィンキアさん」
「…………。……………………。…………………………………………何か?」
僕が声をかけると、
「トーマさんとの付き合いは長いんですか? あ、トーマって言うのは」
「ローザのことね……。長いわ、とても……長い。エニスと出会う遥か以前から……」
そうして、プロヴィンキアさんは昔のトーマさんについて語ってくれた。
それによると昔むかし、本当に気が遠くなるほど遠い昔から頻繁にクアドラトゥーラ大樹海を出入りしていたんだそうな。
一時期は、とある
総じて
中でも仲が良かった二人の男女はいつもトーマさんと一緒に過ごしていた。
そんなある日のこと、今で言うラトナのあたりにかつて存在した
これに対して
ところが、当時樹王として
「殺された……って、よっぽど強い相手だったんですか?」
「いいえ……元来“樹王”と言う号は、
「ははあ、最長老様ってことですね」
「ええ……。
怒りに燃える
同じく
最初のうちは自分達の縄張りと言うこともあって、
けど、
戦いは泥沼化して、
それでもトーマさんの友人の一人である樹王の息子さんは誰より
その一方、彼はトーマさんを
とは言え、やっぱり他の
結局トーマさんは
「しばらくは私のところに身を寄せていたわ…………」
「あー…………なんて言うか、大丈夫でした?」
「うっ……………………無理やり…………戦場に連れて、行かれて…………」
「その……大変でしたね」
しくしくと顔を覆うプロヴィンキアさんを慰めつつ、話を続けよう。
トーマさんはプロヴィンキアさんの力を借りて
なんでもプロヴィンキアさんは特別なお香を焚いて、その匂いに
トーマさんはすっかり様子がおかしくなった兵士達の武装を解除した後、将軍と見られる偉そうな人をボコボコにして縛り上げた挙げ句、こっそり
指揮官も戦意もなくした
その様子をプロヴィンキアさんと一緒に眺めていたトーマさんも、いつの間にかいなくなっていた。
「一言も言わずに?」
「…………………………………………いつものことだもの……」
「野良猫か何かみたいですね」
「…………。そうね…………本当にそう……」
僕の例えに、プロヴィンキアさんは少しだけ微笑んだ。
その後、クアドラトゥーラ大樹海が攻め込まれることはなく、それどころかしばらくしてから、一晩で国が滅んだと風の
めでたしめでたし……なのかな?
「やっぱりトーマさんが?」
「さあ…………私はそれを見たわけではないから……」
僕の問いにプロヴィンキアさんは小首を傾げ、別の切り口を示してくれた。
「あの国が
「あ、それも少し気になってました。結局なんだったんですか?」
「…………。“聖ブリギッドの奪還”」
「……! それって」
そう言えばラトナを出る前にトーマさんがちらっと話していた。
あのあたりでも太陰教の聖女様をやっていたことがあると。
そんな人がどういった経緯でクアドラトゥーラ大樹海に転がり込んだのかは分からないけど、どうあれ時の権力者はそれを良しとしなかったと言うことなんだろうか。
その疑問をある程度裏付けながら、プロヴィンキアさんは続けた。
「浅ましい領土欲にかられた王が大義名分を掲げただけなのか、行き過ぎた信仰心によるものなのかは分からないわ……。確かなのは、ある時攻め込んで来た
トーマさんは問い質されて、自分がブリギッドであることを認めた。
彼女は歳を取らなかったけど、少なくとも容姿は
皆が首をはねろと殺気立つ中、友人達はトーマさんを庇った。
「特に……――
「!」
「父様が……?」
僕だけでなくパイカラさんも驚いて顔を上げた。
つまり、それは。
「けれど…………いいえ。
「…………」
プロヴィンキアさんはそう結んで、何かに思いを馳せるかのように宙を見上げた。
僕は何も言えなくて、ただテーブルの木目を見詰めることしかできなかった。
「……聞いたことがあります」
すると、今度はパイカラさんが語り始めた。
それはベタでどこにでもあるような、でも極め付けと言えるような内容で……。
「亡くなった母様が一度だけ話してくれたんです。父は共通の友人だった
「……………………。
パイカラさんが言い淀んだことを、プロヴィンキアさんはあくまで事実のみで補った。
でも、それで充分だった。
トーマさんの人柄を思えば、聞かされた内容は少しも意外なことじゃない。
だからこそ……大袈裟かも知れないけど僕はトーマの“業”を、垣間見た気がした。
過去と現在を踏まえると、見た目よりもずっとひどい状況だ。
友達の息子があんな調子になった原因、その大部分は
そして、それを招いたのはどうやらトーマさんであるようだ。
更に、たぶん仕方なかったとは言え、結果的にイタクパテクさんの想いを無言で踏みにじってしまったわけで。
「トーマさん……」
つい、独り言で名前を呼んでしまった。
トーマさんは一体どんな気持ちで
だからと言って涼しい顔をしていられるようなタイプじゃないのは明らかだ。
僕は……僕はどう接するべきなんだろう。
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