第二十八話 暗転

 樹王アガスティアの挿し木を経て――それは本来であれば彼らがみだりに使用できる類のものではないのだが――ウパシルレ達は貴き月ラウルスの里へと戻って来ていた。

 挿し木のある広場にて憩いのひと時を過ごしていたであろう森人エルフ達は、彼らの姿を認めるなり余所余所しく顔を背け、あるいは立ち去った。

 ウパシルレとその取り巻きが樹王の客人に刃を向けた――この報がパイカラによって齎されたのはつい昨日のこと。長老は周知こそしなかったが、幾人かの物見高い者らが盗み聞きしているのを察していながらあえて捨て置いた。

 その結果がこの有り様だ。

 もっとも、かねてより森人エルフを至上とする貴き月ラウルスの民にとってさえ、その苛烈な性格と行き過ぎた素行から鼻つまみ者だったウパシルレが、いよいよ相手にされなくなっただけと言えばそれまでなのだが。

 ウパシルレ達は同胞達の態度に舌打ちしながら、広場を後にする。


「……これからどうする?」


 取り巻きの一人が誰へとなく尋ねた。


「どうもこうもない。樹王に目を付けられた以上、我々は大樹海クアドラトゥーラを追われるだろう」

「だ、だからやめとけって言ったんだ! 余所者にちょっかいなんて出さなければこんなことには……」


 ある者は淡々と現状認識を述べ、ある者は頭を抱えて怯えた。


「しかし……まさか樹王が異世界人だったとはな」

五徳デュミナスは全員そうなのかも知れん」


 樹王を含む五徳とは巷――特に中原西側で“魔王イブリス”及び“四天王”と呼ばれている五柱の半神、その本来の総称である。

 彼らはこのローダンテス大陸において自然界を司る“五星スローンズ”、即ち東皇マルドゥーク南宮シャマシュ西覇イナンナ北征ナンム、そして上月の天華ヤン=ネイトの五柱神に対等であると認められた者達で、言い換えれば自然そのものにも等しい大いなる存在だ。

 その一柱から不興を買ったとあれば、彼らが不安がるのも無理のないことだった。


「き、きっと俺達のことは樹王を通じて各地の五徳に知れ渡る! そうなればおしまいだ! 外界に出ても他の神々エロヒムの庇護は受けられないぞ……!」

「――樹王を殺せばいい」


 ウパシルレが埒もない会話に特大の一石を投じた。

 いつしか皆立ち止まっていた。

 取り巻き達は唖然とし、不遜な発言の真意を質す。


「ウパシルレ……お前一体何を」

「何をだと……? 知れたこと! この大樹海から森人エルフ以外の全てを排除するのだ!」

「ば、馬鹿言うなよ。樹王や魔女ソルシエールに敵うわけないだろ!?」

「ふんッ、あの異世界人がなんだと言うのだ! 下等生物が樹王を僭称するのを見過ごせるかッ! 魔女? 我らはッ! 森人エルフの中の森人エルフたる貴き月ラウルスだぞ!? たかが羽虫風情ィ……ン何を恐れることがあるゥッ!」

簒奪さんだつしようとでも言うのか」

「ッ!?」


 仲間の声にウパシルレはびくんと肩を震わせ。

 やがて額を抑えながら身を反らせて満ち足りた笑みを浮かべた。


「……そうだよ始めからそうすればよかった、はははッ! ああ……あんなモノの顔色を窺いに出向いたなんて、自分が恥ずかしいよ。ン奴らとあの女を始末してこの私が大樹海を支配するとしようッ、真の樹王としてなァ!」

「で、ででも東皇マルドゥークが黙っていないだろう……?」

「なんだ貴様怖いのかァン?」

「ひッ」


 ウパシルレは臆病な取り巻きにぬっと顔を近づけた。

 眉を八の字にして血走った目を見開き、歯を食いしばった凶相で。

 だが、すぐにまた笑顔を見せて安心させるように囁いた。


「……なに。古き神々は、より強き者をこそお認めになるものだ」


 そしてぱっと離れて両手を広げ、里中に轟けとばかり高らかに宣言する。


「東皇とて! この私が! 力を示せば! などお目溢しくださるだろうさァァァ!」

「勝算があるのか?」


 そう問われたウパシルレはくつくつと肩を揺らし、下卑た笑みを浮かべた。


「この前を拾っただろォ? あれを使う」

「あの泉にいた小娘か? 役に立つようには思えないが」

「あァ……お前達には教えていなかったな。あれは――」

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