第十五話 隠君子の証言

 俺はラシード魔導王国の女王に雇われている者だ。

 諸事情で本名は明かせないが、雇い主からは“隠君子ハイドライド”の名を使うよう言われた。

 いわく、間諜に与えられる暗号名コードネームと言うものらしい。

 よく分からないが雇い主の指示なので、必要な時はこれを用いることにしている。

 とは言え仕事柄名乗る場面はそう多くなく、仲間内からは冗談まじりに“若”と呼ばれている。

 この調子なら、暗号名などなくとも特に不自由は感じなかっただろう。

 この仕事で重要なのは自分が誰なのかではなく、何をやるかだ。

 そんな俺は今、女王陛下の命で辺境の街ラトナにいる。

 なんでも、このところ領主であるアッ=ラティフィー辺境伯が不審な動きを見せているらしい。

 ついてはその動向を探り、必要に応じて処断せよとのお達しだった。

 ただし女王の友人である赤毛の剣士、すなわち冒険者ギルド総長グランドマスターレギーナ・エステファンと遭遇した際には、当該人物の裁量を優先すべしと付け加えられた。

 果たしてレギーナと思しき女性と接触した俺は彼女に指示を仰ぎ、その通りに行動した。

 すると瞬く間に事態が推移し、気がつけばこの大掛かりな仕事を僅か半日で終えようとしていた。

 俺一人では不可能だったが、幸い俺は多くの仲間を引き連れていた。

 人海戦術を駆使した結果、太陰教が怪しいことを突き止めた俺は三人ほど連れて聖ブリギッド大聖堂へと潜入した。

 なぜか人気も少なかったため難なく奥へと入り込み、やがて地下へと通ずる階段を発見して、牢獄へと行き当たった。

 民心の救済を掲げる太陰教の施設になぜこんなものがあるのか、今更考えるまでもない。

 正直なところ今すぐにでも建物ごと細切れにしてやりたいほどだったが、どうにか堪えた。

 行方知れずとなった獣人シャリアン森人エルフを見つけるのが先だ。

 そう思った矢先、背後から階段を降りてくる音が響いてきた。

 それも複数――軽く十人といったところか。

 こちらは三人だが、その程度ならば一網打尽にできる。

 俺達は通路の影に隠れ、その時を待ち構えた。


「…………?」


 ――が、いくら待てども来る様子がない。

 それどころか足音すらしなくなった。

 不審に思い覗き込んでもやはり誰一人見当たらない。

 かと思うと階上で騒ぎが起きたようだった。

 誰かが現れ、先程の連中と斬り結んでいるのかも知れない。

 確かめるため、俺は踵を返した。

 敵の敵が味方とは限らないからだ。

 念の為仲間達には背後の警戒を任せ、階段を駆け上がる。

 そうして地上階に出た途端、こちらへ人が飛んで来たのでとりあえず蹴飛ばして退けておいた。

 改めて視界が開けると、そこには修道衣姿の男やらゴロツキやらが倒れ伏して一面を埋め尽くしていた。

 皆あちこちに青痣を作り、なぜかちらほら服を脱がされている者もいたが、命に別条はないようだ。

 なるほど。

 女王陛下からも聞いていたが、のようだ。

 そしてその向こうでは、司教と思しき小柄な男を襟ごと持ち上げるレギーナの姿があった。

 恐らく何度も殴ったのだろう、男の顔はぱんぱんに腫れ上がり、既に意識がないようだった。


「なんだ、来てたのね」


 彼女は俺に気がつくと笑顔を見せ、司教を放り捨ててこちらへ近づいてきた。


「丁度吐かせたとこよ。なんかこの下にいるんだって? 行方不明者」

「地下は牢獄になっていた。確認はこれからだが恐らく間違いない。そちらは?」

「あ、あー……まあ、うん。ここが怪しいって聞いてさ。ほら、盗賊ギルドで」

「……? そうか」


 どことなく歯切れの悪い物言いが気になるが、少なくとも本件の障害にはなるまい。

 俺はそう判断し、相槌を打つに留めておいた。


「そうそう、あんたの友達にも声かけといたから。こいつら連れてくのに人手居るでしょ?」

「手間が省けて助かるが……よく見つけられたな」

「あんな露骨に追っかけられたら流石に分かるって」


 俺の隠身かくりみほどではないにせよ、皆隠形おんぎょうを修めた獣人シャリアンの手練れなのだが。

 今頃落ち込んでいるかも知れないな。

 柄ではないが、後で励ましてやらなくては。


「この後はどうする」

「それなんだけど、地下のこと任せていい? 見たとこそっちは四人いるみたいだし」

「構わないが、あなたは?」

「あたしは上だけして先行ってるわ」

「…………」

「どうかした?」

「いや……承知した」


 分担としては適切だ。

 俺は自分に言い聞かせ、なんとか頷くことができた。

 大聖堂の解体は後でやろうと――やりたいと――思っていたのだが仕方がない。

 先程の歯切れの悪さから察するに、彼女は彼女なりに何か思うところがあるのかも知れない。

 思えば国元の大翁からも「全ての女性に優しく在るべし」との教えを受けた身だ。

 なぜそうしなければならないのかは未だ悟りを得られていないが、ともあれここは自分が譲るとしよう。


「では、また後ほど」

「ん、夜にね」


 俺はレギーナに背を向け、再び地下牢へと戻った。

 程なくして背後から轟音が鳴り響き、案の定と言うべきか牢を繋ぐ通路の奥から敵の手勢が駆けつけた。

 六人いたが、三人は仲間が引き受けてくれた。

 俺は残り三人を直ちに斬り捨て、その足で奥へと突入した。

 すぐに仲間達が追って来たのを確認し、人がいる牢を見かけては鉄格子を断って後続に委ねた。

 どの娘も泣き腫らした顔をしていて傷ましく思うが、ならばこそ安全確保を優先しなくては。

 やがて突き当たりに差し掛かり、そこに備わる扉の奥から更に五人ほどが飛び出して来た。

 全員出てくるのを待ってやる義理などない。

 俺は二人纏めて貫き、それらを奥へ押しやって体制を崩した残り三人の喉笛を斬った。

 そのまま踏み込むと、最奥に一際頑丈な造りの牢獄があった。

 そして中には、両腕を失った森人エルフ女性が力なく寝そべっていた。

 光源が弱いせいで少々判別が難しくはあるが、その人物には心当たりがあった。

 彼女は蜂蜜めいた豊かな髪の全てを後頭部で結わえ、露わとなった額と両頬には東皇マルドゥーク眷属アポストルであることを示す龍紋が浮かんでいた。

 女王陛下から聞かされた特徴と完全に一致する。


「冒険者ギルドラトナ支部支部長マスター、ラカン殿とお見受けする」


 彼女は俺を一瞥し、口をぱくぱくさせた。

 声が出せないと言うことも把握済みだ。やはり間違いない。

 俺は、恐らくかなり怒っていた。

 詳細は省くが、東皇には大恩がある。

 その子にも等しい眷属を、それも女性を、このように辱めるなど言語道断だ。

 その後、いくらかのやり取りを経て、想定はしていなかったが笑いを取ることもできた俺はラカンを牢から解き放ち、他に囚われていた者達共々乳香バフール亭へと送った。

 あの店は国中にある女王の息がかかった宿のひとつだ。

 ひとまずは安全だろう。

 長引けばどうなるか分からないが、今夜中に片を付ければいいだけの話だ。

 そうとも、必ず今夜潰してやる。

 東皇の尊名を預かる者として、くだらぬ理由で眷属を憂き目に遭わせた輩に思い知らせてやる。

 俺は仲間達に後を任せ、領主の城へと向かった。

 覆面は途中で脱ぎ捨てた。

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