第十四話 侍祭の証言
エクリプスよ。
藍色の空から太陽なき世を無垢に照らす太陰よ。
偉大なる光明を損ね、相争う愚かな我らをお導きくださりありがとうございます。
願わくば今宵もまた憐れな我らを健やかで安息な夜へと、どうかお導きください。
今日は特にお願いしますよマジで。
おっと、失礼しました。
私、ファイルーズと申します。
詳しくは知りませんが、お父さんが若い頃魔物に襲われて動けなくなったところを、ファイルーズみたいに綺麗な瞳をした赤毛の女性に助けてもらったんだそうです。
その人がいなければお父さんがお母さんと結ばれて私が生まれることもなかったので、恩人への感謝をこめてこの名を付けたんだと毎日のように聞かされました。
あ、興味ないですか? すみません。
話は変わりますが私、侍祭をやってまして。
普段はここ太陰教ラトナ支部、聖ブリギッド大聖堂で女神様にご奉仕させていただいてます。
でも、明日以降もお勤めできるのかどうかは今のところ分かりません。
と言うかですね、ちょっと聞いてくださいよ。
大変だったんですよ?
このところずっと信徒の方の礼拝が多くておおわらわだったんですけど、今日は人手が多い割に珍しくやることが少なくて、午後からは司教様も諸用で外出されたので離れの宿舎でのんびりしてたんです。
そしたら急に建物か何かが崩れるような大きな音がして、慌てて外に出たんですね。
自分の目を疑いました。
なんと、大聖堂のあった場所が瓦礫の山になってたんですよ。
しかも、しかもです。
不在だった筈の司教様、それに司祭様達と、あとは裏通りにいそうなガラの悪い感じの人達がロープでいっしょくたにぐるぐる巻きにされた状態で、瓦礫の前でノビてるんですよ。
意味分かります? 私にはさっぱりです。
他の侍祭の子達も騒ぎに気づいて集まって来たんですけど、やっぱり何がなんだか分からないみたいで全員凍りついてました。
そうやって眺めていると今度は瓦礫がすぱっと真っ二つに割れた後、綺麗な渦を描いたんです。
一瞬に次ぐ一瞬の出来事でしたが、まるで瓦礫の中に薔薇の花が咲いたような。
少なくとも私にはそう見えました。
やがて瓦礫が散らばって空地になった大聖堂の跡に、
ファイルーズの瞳を持つ女の人。
真っ赤な髪をなびかせて長い長い剣を厳かに天へと掲げるその御姿はまさしく宗教画に描かれた聖ブリギッド――いいえ、まるで太古の昔お隠れになった太陽、エンプレスを見ているようでした。
きっとあの人が司教様達をあんな目に遭わせて、大聖堂を粉々にしたに違いありません。
でも、私は見惚れてしまった。
ただひたすらに綺麗で、だから自分の気持ちが不謹慎だなんて少しも思いませんでした。
彼女は剣を下ろしてから一度だけこちらを向いてにっこり笑うと、すぐに敷地の外へ向かって歩き始めました。
その後入れ替わるように黒尽くめの人達が入ってきて、あれよあれよと言う間に司教様達を運び出して行きまして。
聖ブリギッド大聖堂は本日を以って宗教施設としての機能を失いました。
だって、大聖堂はこの在り様ですし、司教様も司祭様もいなくなってしまいましたし。
ここを拠り所としている信徒の皆さんには申し訳ありませんが、たかが侍祭の私達ではどうすることもできません。
むしろ私達も明日からどうすればいいのやら。
でも、ほんのちょっぴり本音を言わせてもらいますと、いい気味です。
司教様も司祭様もお布施が増えてからと言うもの、どんどん身なりがきらびやかになってお腹もでっぷりされて来てましたし、ここ最近は前日より礼拝者が少ないと言うだけで私達に当たり散らすこともありました。
大体、外出中だった筈なのに実は大聖堂にいたと言うのもおかしな話です。
私達に隠れて何か悪いことでもしてたんじゃないですかね? 知りませんけど。
そうでなかったとしても、やっぱりあんな人達は女神様の下僕に相応しくないと思います。
もしかすると女神様はすべてご覧になっていて、私達の安寧のためにファイルーズの瞳の御方を遣わしてくださったのかも知れません。
きっとそうです。
そう思うことにします。
ああっ女神様、ありがとうございます。
私の名前、お父さんの気持ちが重くてちょっと嫌だったんですが、これからは好きになれそうです。
それはそれとして明日からのこともどうかお導きください。駄目ですか?
……まぁ、なんでもかんでも神頼みではいけませんよね。
まずは侍祭のみんなと相談して、どうすればまた信徒の皆さんを迎えられるようになるか考えます。
いや、その前に瓦礫の撤去からでしょうか。
お布施に代わる真っ当な収入源も確保しないと食べていけませんね。
菜園を広げてみるのもいいかも知れません。
土地だけはあり余ってますから。
あらら、思ったよりやることが山積みです。
やっぱり外部にも協力を仰がないと立ち行かないですかね。
とは言ったものの、このラシード魔導王国は教圏の外れ。
国境をいくつも越えた先にある太陰教の総本山、ロゼッタ教国からの援助は期待できません。
一応陳情のお手紙は送ってみますけどね。
でも大丈夫。
これでも女神様への信仰心は誰にも負けない自信があるんです、私。
だからきっと乗り切れます。
むしろ乗り切って見せます。
そうすればいつかまた、女神様があの人を遣わしてくださるかも知れませんから。
そんな日が来るのを夢みながら、私はこの場所でちょっとだけ頑張ってみようと思います。
さて、ここからは余談。
後日、瓦礫の中から見慣れない文鎮が出てきたんです。
意匠は女神様を表す野薔薇の模様だったので昔からここにある物じゃないかと思うんですけど、かなり長い間放って置かれたのか、すっかり錆びてしまっていて。
なんだかもったいないので磨いてみたんですね。
ほら、綺麗にして売れば当座の食費くらい稼げるかも知れないじゃないですか。
そう思っていたんですが……いや、びっくりしました。
錆び色が青緑だったのでたぶん青銅だとは思うんですけど、まるでお日様みたいに金ぴかで。
しかも、改めてよく見てみると野薔薇の意匠もすごく素敵なんです。
お腹をすかせてるみんなには悪いですが、これはちょっと売る気になれないですよ。
その代わり、いつか礼拝所を建てたら女神像の代わりに飾ろうと思います。
太陰の安らぎが、そして太陽の恵みが、すべての人に齎されることを願って。
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