第十二話 盗賊ギルド

 隠君子さんと別れた僕達は裏路地の裏路地の外れから更に外れた人気がなくて薄暗い一角にある、石やら木やらで無茶な増築を繰り返してすっかり歪になったへんてこな建物を訪れた。

 高層建築でこそないけど、どことなく映画か何かで見た大昔の香港を彷彿とさせる造りだ。

 あの冒険者ギルドよりは新しそうなのに、これはこれでいつ崩れやしないかと見てて不安になる。

 僕達は薄暗い中を奥へ奥へと進み、時々短い階段を降りたり緩やかな坂を登ったりしながら、やがて粗末な扉の前に辿り着いた。

 そのすぐ横では目付きの鋭い痩せぎすな男の人が椅子に腰掛け、ナイフで木を削って何かを作っている最中みたいだった。

 僕達が歩み寄ると、彼はこちらを見ようともせず言葉少なに尋ねた。


「……誰だ?」

かしらがいるなら伝えてちょうだい。“女王レギーナが会いに来た”と」

「…………待ってろ」


 男の人はトーマさんをちらっとだけ見てそう言い残し、扉の中へと消えた。


「レギーナって?」

「あたしが一部の業界向けに使ってる名前」

「ふーん」


 待っている間手持ち無沙汰なので訊いてみると、トーマさんからそんな答えが返って来た。

 説明不足だなとは思いつつ、今はあえて掘り下げないでおく。必要になったら本人が話すだろうから。

 それにしてもレギーナとは、なんともベタで派手な名前だ。

 親御さんが名付けたならともかく、自分からとなると芸名か何かだろうか。

 そう言えば“トーマ”って言うのもたぶん本名じゃない。

 ネットのアカウントみたく名前をいくつも使い分けているのかな?

 そうして僕が暇潰しにとりとめもないことを考えていると、男の人が戻って来てまた椅子に座った。


「入れ」


 彼はそれだけ言って、再び彫り物に集中し始めた。

 僕とトーマさんは視線を交わし、用心しながら扉をくぐる。

 そこもまたやっぱり薄暗かった。

 けど乳香バフール亭の寝室を三部屋繋いだくらいの間取りと、僕の背丈の倍くらいの高さが確保されていて、ここに来てから感じていた窮屈さが濯がれたような気がした。

 内装は簡素だけどあちこちに色々な武器が飾られていて、しかも中央にあるテーブルには造りの違うナイフが何本も突き立てられているのが印象的だった。

 後で聞いた話だと、頭から直接命令された構成員はここからナイフを一振り持って行き、それが盗賊ギルド内で様々な証明に使われるらしい。

 ところで、室内には僕達以外誰もいなかった。


「またえらく懐かしいつらだな」


 と思ったら、僕達の後ろから野太い男の声が聞こえた。


「え?」


 僕が振り向くと、そこには誰もいなくて。


「少し老けたんじゃねぇのか?」


 また後ろから声がして、僕は既視感に襲われながら再度振り向いた。

 いつの間にかナイフのテーブルの側に立っていたその人は、かなり体格のいい初老の男だった。


「いっそしわくちゃになってみたいわね」

「抜かしやがる」


 トーマさんの強気な切り返しに彼はくしゃっと破顔する。

 なんだか人の好さそうなこの人はロレンツォ。盗賊ギルドの首領ドンだ。

 ちなみに盗賊ギルドと言うのは、やくざ者を取り纏めて問題を大きくしないための非合法な互助組織だそうで、ここラトナの本部を中心に大陸各地へ支部を置いているとのこと。

 こう聞くと悪者でないような気もするけど、組織としての性格はあくまで犯罪者寄り。

 冒険者ギルドなんかとは違って一枚岩でもないみたいで、盗賊ギルド同士の内紛も多いんだとか。

 たぶん地域ごとのギャングやマフィアが緩く繋がってるようなものなんだと思う。

 だから渡りをつけるならそのつもりで臨まないと痛い目を見るって、来る時トーマさんが言ってた。

 その後、更に奥にある隠し部屋に案内された僕達は、彼に事情を説明した。

 すると盗賊ギルドとしてもそれなりに状況は把握していたみたいで、トーマさんが多くを語る前にロレンツォさんが口を挟んだ。


「うちの連中からも聞いてるぜ。近頃痛くもねぇ腹を探る野郎がいるってな」

「ふーん? 痛くもない? ほんとに? 粉の微塵も?」

「勘弁してくれや。ほれ、例の“魔王様”が即位したろ? あれからこっち、どうにも締め付けが厳しくってな。これでも最近はケチなシノギで慎ましくやり繰りしてたんだぜ?」

「慎ましく、ねぇ」

「しかしまぁその、隠君子っつったか。そいつに疑われる心当たりがねぇこともねぇ」

「やっぱり何かやってんじゃん」

「違ェよ最後まで聞け!」


 トーマさんはロレンツォさんにわざと意地悪く接しているように見えた。

 曲がりなりにも非合法組織の長と渡り合うんだから基本強気で行かないといけないのもあるとは思うけど、それはそれとして隠君子さんを相手にした時と比べて接し方が丸いと言うか距離が近いと言うか、砕けた間柄なのが窺える話口調だ。

 出会い頭のやり取りと言い、それなりに付き合いの長い相手に見せる顔なんだろう。

 そう言うのなんかいいなと僕がぼんやり思っている間、ロレンツォさんは詳しい事情を話していた。


「……半年ほど前になるか。うちの若い奴を十人ばかり見繕って貸して欲しいって打診があってな。だが顔は隠してたし素性も分からねぇ。普通なら断ってるとこだが、とにかく金払いが良くてよ。なんなら手切れ金もやるから専属として引き抜きてえなんて抜かしやがる。そこまで言うならってんで希望者募ってみたら、これまた示し合わせたみてえに頭数が揃っちまったのさ。正直うちとしても細々食いつないでるような有り様だからよ。本人達も乗り気だってんで好きにさせてやることにしたっつうわけだ」

「じゃあ、その若い衆が誰かの差し金で盗賊ギルドおたくの仕事に見せかけてるってこと?」

「それだけってわけでもねぇんだろうが、大体は見知ったやり口だ。まず間違いねぇだろうな」


 話を聞く限り、表向きカタギになったと見せかけて半グレ組織の構成員になった、みたいな感じだろうか。

 日本ではヤクザが半グレにシノギをさせて暴対法をすり抜けるなんてやり口もあるらしいけど、ここではむしろ半グレのせいでヤクザが迷惑を被っているみたいだ。

 それならそれで何か対策をとらないのかな? と思っていると、トーマさんもやっぱりそこをつついた。


「まさかとは思うけど縄張り荒らされて黙ってるわけじゃないわよね」

「当然うちのモンに調べさせた。だが、どんな手を使ってるのか知らねぇがまるで足取りが掴めねぇ。痕跡以外はな。奴ら、わざわざ手口を見せつけてやがるのさ」

「手練れなの?」

「そこまでじゃなかったんだがな……。力を隠してやがったのか、他の理由があるのか」

「若手を引き抜いた奴の素性はその後も分からずじまい?」

「俺ぁ何も知らねぇよ。会った時も仮面着けてやがったし顔すら分からねぇ。だが、カタギ泣かして儲かる連中なんざそう多くはねぇだろ。たとえば――あんたのとかな」

「…………」


 一瞬、トーマさんの表情が曇った。

 僕には古巣と言うのがどこを指しているのか分からないけど、仮にそこが黒幕なんだとしたら心中穏やかでないのは当然だ。

 ロレンツォさんもそれを分かってて言ったんだと思う。

 トーマさんはそのことには触れず、話を進める。


「念の為聞くけど、若い衆がどうなっても構わないわよね?」

「てめぇから出て行った奴らだ。後腐れはねえ」

「よし。それじゃこっからは商談なんだけど」


 最終確認をしてすぐ、トーマさんは依頼書の束を卓上に広げた。


「まずはこれ。そっちでやっといてくれない?」

「あのな、うちは盗賊ギルドだぞ」

「やることは大して違わないじゃない」

「そりゃまぁそうかも知れねぇけどよ」

「報酬は倍額払うわ」

「……はぁ!?」


 突然の大盤振る舞いにロレンツォさんはぎょっとした。

 なにしろ依頼書はウン十枚もある。報酬額はピンキリだけど纏めて倍額となれば相当なものだろう。

 と言うか、そのお金はどこから出すんだろう。やっぱり冒険者ギルド?

 だとしたらトーマさん自身にそれなりの権限がないとこんなことは言えない筈だ。

 そう言えば冒険者ギルドで受付の人に総長グランドマスターの指令云々と言っていたけど、あれはでまかせではないのかも知れない。

 ロレンツォさんは少し考えた後、別の切り口から仕掛けて来た。


「…………そうだな。二割増しでいい。その代わり冒険者ギルドに貸しひとつだ」

「仕方ないわね、それで手を打ちましょ。なんならこのまま冒険者に転職してくれても構わないんだけど」

「一瞬でうやむやにしようとしてんじゃねぇよ」

「ちっ」

「だが裏稼業も潮時だ。せいぜい身の振り方は考えとくさ」

「期待してるわ」


 かくしてひとつ目の商談は組織間の貸し借りと少しだけ色を付けた報酬を以って成立した。

 トーマさんは、その流れですぐに次の話を振る。


「それともうひとつ。この子のこと匿ってくれない?」


 と思ったら、おもむろに僕の両肩に手を置いた。

 なるほど、そう来ましたか。

 だからこんなところに連れて来たんだね。

 僕はもちろん流れに委ねることにした。

 昼間の一件と、トーマさんがこれからやろうとしていることを踏まえれば然るべき措置だと思う。

 本当は付いて行きたいところだけど、またトーマさんにあんな顔をさせることになったら嫌だから。

 ロレンツォさんは顎に手を当ててしげしげと僕を見詰め、やがて視線をトーマさんに戻した。


「期間は?」

「明日の朝まで。ちゃんとした寝床とおいしいご飯付きで」

たけェぞ」

「王宮にツケといて」

ナシは通してあるんだろうな」

「まだだけど嫌とは言わない筈よ。あたしが絡んでる時点でね」

「それもそうか」


 ロレンツォさんはあっさり納得して、この商談も成立した。

 トーマさんは随分無茶を言っていたように思うんだけど、これが普通なんだろうか。

 なにはともあれ、これ以降僕の口からは詳しい状況を伝えられなくなった。

 でも、この後の出来事は当事者達がきっと語ってくれるだろう。

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