第十一話 隠君子

 ハルカです。

 あ、なんとなく名乗っておいた方がいい気がしたので。

 乳香バフール亭に帰った僕達は昼食を済ませた後、予定通りお客さんを迎えた。

 例の黒尽くめの男の人だ。

 目元以外は全部ターバンやら覆面やら外套やらで覆われて本当のところは分からないけど、男湯で僕に話しかけて来たし声も若い男っぽかったからたぶん男だ。

 背丈は見た感じ百七十センチ代。

 ちょうど百六十センチの僕や、それより少し高いトーマさんに比べてかなり長身に見える。

 覆面の間からはみ出した髪は白っぽい銀色。目は金色で、結構キリッとしてる。

 ひょっとしたらイケメンなのかも知れない。

 ちなみに迎えたと言ったのは言葉の綾で、正確には僕達が戻ると彼は既に部屋の中で待ち構えていた。

 勝手に入るのは個人的にいかがなものかと思うけど、何をするでもなく壁際でじっとしていただけだったみたいなのでひとまず良しとしよう。

 トーマさんは特に驚きもせず誰もいないかのようにさっさとテーブル席に座り、妙に慣れた手付きで冒険者ギルドから持ち帰った紙束の仕分けをやり始めた。


「…………」

「…………」

「…………」


 いや。なんだこれ。

 “沈黙が場を支配した”なんて使い古された表現を期待されてるわけじゃないよね。まさかね。

 各々何かしら話すべきことがあるんじゃないかと思うけど、二人とも一言も声を発しない。

 ちょっといたたまれなくなった僕は宿の人が置いていった水差しの水をコップに注いで、黒尽くめの人に差し出した。

 彼は片手を上げてそれを固辞し、代わりにやっと話し始めた。


「……今この街では犯罪が多発している」

「昔っからそうよ」


 トーマさんは作業の手を止めず食い気味に応えた。


「…………」

「盗賊ギルドのお膝元だからね。それがどうかしたの?」

「領主――アッ=ラティフィー辺境伯はこれを座視している。……と言うより、衛兵や騎士も動かないところを見るに黙認していると言うべきか。他方、冒険者ギルドはあの在り様だ。すなわち、事実上今のラトナには犯罪を取り締まる者がいないことになる」

「それであんたは盗賊ギルドの動向を探った。けど思うように尻尾を掴めなかった。だからあたし達を襲うように仕向けて様子を窺った、と」

「その通りだ」

「何か得るものはあったの?」

「奴らに関しては何も」

「でしょうね」

「だが、あれはあなたが依頼主の言っていた人物なのか確かめる意図もあった」

「もっと他にやりようあるでしょ。こっちは非戦闘員だっていんのよ」

「その点は申し訳なかったと思うが、あなたが聞いた通りの使い手ならば容易く凌ぐものと」

「もしそうじゃなかったら?」

「無論助けに入るつもりだった」

「“無論”じゃないっつーの」

「……すまない」


 ぴしゃりと言われ、黒尽くめは頭を下げた。

 ひょっとしたらトーマさんが冒険者ギルドでのことをまだ引きずっているのかもと思うのは、自意識過剰だろうか。

 口ぶりほど怒っている風ではなかったけど、僕に関することだったから。

 トーマさんは作業の手を止めて息をつくと、やっと黒尽くめの方に向き直った。


「……それで? おたくの依頼主はどうしろって?」

「本件に関してはあなたが現れた時点でその裁量に委ね、指示があれば従うようにと」

「“押し付けて差し上げなさいな。あなたはただ眺めているだけでよろしくってよ”の間違いじゃない?」

「……!」

「ンなこったろうと思ったわよあのぽっちゃり系め。今度会ったらたぷたぷしてやんなきゃ」


 黒尽くめは驚いたように顔を上げた。どうやら図星だったらしい。

 にも関わらず彼は自発的にトーマさんの指揮下に入ろうとしたと。

 職務に忠実と言うか、随分真面目な人みたいだ。

 ところでぽっちゃり系って誰のことだろう?

 今まで聞かされた内容を総合すると、やっぱり魔王様だろうか。

 トーマさんが再現した台詞はむしろ悪役令嬢っぽかったけど。


「……時に、その紙束は?」


 黒尽くめが卓上でふた山に分けられた紙束――冒険者ギルドで放置されていた依頼書に目を見張る。

 するとトーマさんは待ってましたとばかり、その片方をむんずと掴み彼へ差し出した。

 めっちゃいい笑顔で。


「はいこれ。あんたの分ね」

「…………なんだ?」

「やっといて」

「なぜ俺が」

「かしらかしらどうしてかしらってね」

「……!」


 訝しみながらとりあえず受け取った黒尽くめは、数枚めくって目を見開いた。

 ここからは後でトーマさんから聞いた話が混ざるけど、彼に渡したのは行方不明者の捜索依頼ばかりだった。

 僕も回収する時かなり目についたから覚えてる。

 いなくなったのは全員若い女性で、それも獣人シャリアン森人エルフばかり。

 この二種族はアストリアを始めとする西側諸国の貴族や富裕層の間で愛玩奴隷として需要があるらしく、特に森人エルフはその希少性も相まって高値で取引されてるんだとか。

 ちなみに、ここラシード魔導王国は奴隷のどの字も許さないくらい取り締まりが厳しいので有名だそうで、国内での人身売買はもちろん、外国で購入した奴隷を連れ帰っただけで捕まり、たとえ貴族であっても例外なく鉱山に送られて労役を課されることになっている。

 それどころか外国人が奴隷を伴って入国するのもアウトという徹底ぶりだ。

 なのに、それと疑わしい事件を領主が黙認しているわけで。


「……そういうことか」


 黒尽くめは依頼書の束を丸めて懐に仕舞い込んだ。承知したと言うことなんだろう。


「今日中にできそう?」

「恐らくは」

「なら今夜デートしましょ」

「すまないが許嫁がいる」

「ぶはッ」


 トーマさんの機知に富んだ(?)お誘いに対し、黒尽くめはクソ真面目な返事をした。

 思わず噴き出したトーマさんを見て彼は小首を傾げたので、僕も少し笑ってしまった。


「……? 何かおかしいところが?」

「いやー、その切り返しは読めなかったわ。あ、待ち合わせはアッ=ラティフィーさん宅ね」

「……………………なるほど、理解した」


 黒尽くめはだいぶ長いこと考えた後、やっとトーマさんの意図を汲んだみたいだった。

 そんな彼に親しみを感じたんだと思う。

 トーマさんはさっきまでの態度とは打って変わり、普段の気安い調子で尋ねた。


「少しだけあんたのこと気に入っちゃった。名前なんての?」

「名乗れぬ事情がある」

「もうほとんど身バレしてるって言っても?」

「…………。それでもだ。どうしても必要ならば“隠君子ハイドライド”と」

「……その暗号名コードネーム色々ヤバくない? 大丈夫?」

「依頼主の意に沿ったものだが、それ以前に“木星”から認められている」

「ならいいけど」


 二人のやり取りの意味を知ったのも、やっぱり後でトーマさんに説明してもらってからだった。

 僕からすると耳慣れない言葉が続け様に飛び交っている状態だったから。

 なんでも“ハイドライド”と言うのは僕達の最初の目的地でもあるクアドラトゥーラ大樹海で一番偉い、いわば神様みたいな存在の名前らしい。

 更に“木星”はこの場合、ハイドライドさんを指す一種の隠語なんだとか。

 異世界人の僕には今ひとつ実感が湧かない話だけど、神様の名前を借りられる黒尽くめこと隠君子さんの正体が、実はかなりの大物なんだろうと言うことはなんとなく理解した。


「それじゃ現時刻を以って状況開始ってことで」


 トーマさんは残りの依頼書を丸めて紐でくくると席を立った。


「あなたはどこへ?」

「んー……まずは盗賊ギルドかな。一応ツテもあるからさ。ハルカくん、行くわよー」

「はーい」


 こうして僕達と言うかトーマさんと隠君子さんは手分けしてラトナの街の問題解決に乗り出した。

 ちなみに、なんの役にもたたない僕をどうしてトーマさんが連れ出したのかと言えば、もちろんなんの役にもたたないからだ。

 詳しいことは次回話そう。

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