第十話(幕間) 掃き溜めにたかる蛆虫野郎は鶴を夢観て蝿になる

 いよォ諸君。俺様はフュルフュール。

 そこらの掃き溜めにたかってる蛆虫に毛が生えたみてェな……まァケチな小悪党ってとこか。

 一応エビナ・ケンジローって名前もあンだが使わなくなって随分になる。特に愛着もねェしな。

 要は俺が俺ってことさえ分かりゃいンだ。

 ケンジローだろうがフュルフュールだろうが“ケツ顎”だろうが好きに呼びゃあいい。

 ンなことより今俺ァ領主サマの命令で冒険者ギルド見張ってンだけどよ。大事件だぜ。

 少し前に赤毛の女と眼鏡かけたうらなりが中入ってったんだが、しばらくしたら昔気質のかかあが旦那に向かって家財道具投げつけるみてェなやり取りが外まで聞こえて来た。

 かと思えばいきなり薪でもぶちまけたのかっつーくらいクソやかましい音がしてよ。

 なんか建物の上の方は埃立ってっし、とまってた鳥どもも慌ててどっか飛んでっちまった。

 だが事件ってのはそっちじゃねンだ。

 物音が収まってからすぐにさっきの二人がおん出て来たんだけどよ。

 とうとう見つけちまったぜ俺ァ。

 絶世の美女ってやつをッ!

 つーかなんだあの姉ちゃんは?

 ツラも体もあんだけ整っててああも自然に親しみやすい表情カオする生き物がこの世に存在するってのか? 俺の目がおかしくなっちまったわけじゃねェよな?

 仕草もかなりヤバい。

 自分てめェの魅せ方ってやつを完璧に心得ながら黄金比を程よく崩して万民に良さが伝わるように仕向けてやがンだ。それも無意識に。

 ってのはいくら頑張って取り繕ったところで必ずそれが滲み出て来ちまう。見てくれに恵まれてる奴ほど特にその傾向が強い。

 本物になろうと意識すンのがそもそもの間違いだってことに気づいてねンだ。

 分かるか? 本当の美ってやつは目指せば目指すほど遠ざかっちまうモンなのさ。

 だが、あの姉ちゃんにはそれが微塵も見当たらねェ。

 言っとくが芸術なんてちゃちな代物じゃねェぞ。そりゃ所詮人工物だ。

 もっと根源的なが服着て歩いてやがンだ。次元が違う。

 ああクソッ、最初からよく見とくんだったぜ。俺様ともあろうものが情けねェ。

 あ? うらなりが紙束抱えてるだ?

 ンなこた今どうだっていい。ガキは大嫌でェきれェなんだ俺様は。

 そういやさっきの騒ぎ、ありゃあの姉ちゃんの仕業だよな。

 やけにバカ長い得物ぶら下げてっし、ぱっと見不用心に歩いちゃいるが動作ひとつひとつに無理がねェ。

 むしろ全部繋がってて水が流れるみてェに絶え間なく連続してやがンだ。

 相当使うぜありゃ。正直やり合いたくねェわ。

 だが、ここで起きたことを上に報告すりゃあ当然あの姉ちゃん抹殺しろって話になンだろ。

 ってことはつまりだ、そいつに志願すりゃまた会えちまうってこったな!?

 そうだよ、これっきりで見納めとか冗談じゃねェ。

 もし二度と会えねェなんてことンなったら俺ァ神経衰弱でイカれちまうかもな。

 ンなザマ晒すくらいなら死んだ方がマシだ。

 おいおいどうするよ。やべェすげェやる気出て来たぜ?

 こんなに元気なのは救急外来捌いてた頃以来か。ハハッ堪んねェなこりゃ!

 そうと決まりゃ確実に命令して来るように仕向けねェとな。

 とりあえず派手に脚色でもしてあの領主ハゲビビらしといてやるか。

 あとは兵隊かき集めてあの姉ちゃんにけしかけてやりゃ心ゆくまで眺められンだろ。

 あァ……生きてて良かったぜ。

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