第四話 オタサーの姫

 僕達は今、アストリア王都の宿屋で腹ごしらえをしている。

 普通に考えたらこんなところでのんびりしてる場合じゃないんだけど、トーマさん曰く今お城は自分達に追手を差し向けるどころじゃなくなっている、とのことで。

 後で聞いたところによると、僕達が逃げる時お城の廊下ですれ違った人達はクーデターの主要メンバーで、あの後王様以下全裸の人々を拘束し、新王朝を立ち上げたらしい。

 たぶん、そのことも含めてトーマさんが一枚噛んでるんだろうと思う。

 なら心配ないのかなと言うことで、僕もゆっくりさせてもらうことにした。なにしろ今日は色々ありすぎて、気の休まるタイミングがなかったから。

 そんなわけで、僕とトーマさんは宿屋の食堂でテーブルを囲み、なんだか酸っぱい匂いのする黒パンとやたら塩辛いスープ、それに抜け切らない獣臭さを香辛料で誤魔化したソーセージを堪能している。


「どう?」

「貴重な経験だと思えばやり過ごせる味」

「当たり障りなく正直ね」

「嘘は言いたくないから」


 お世辞にもおいしいとは言えないし野菜がないのも気になるけど、ある程度は慣れないといけない。

 当分は日本食レベルのものを口にできる機会なんてないんだろうから。

 そうしてしばらく黙々と食べていると、おもむろにトーマさんが話かけてきた。


「そういえばハルカくんってさ」

「なに?」

「なんで殺されかけてたの?」

「ああ、そのこと? えーっと……簡単に言うと勇者になるのを拒否したから」

「よく断れたわね」

「だって信用できる要素がひとつもないし」

「あー……あの王様相手じゃそういうこともある、か」

「王様もだけど、その前に女神を名乗る不審者に会って、その時に」

「え――?」


 僕の答えに、トーマさんは顔色を変えた。


「僕、何かおかしいこと言った?」

「あいつに会ったって。ひょっとして野薔薇の宮殿のこと覚えてる?」

「そう言えばあの場所、そんな名前だったね」

「…………恩寵グラティアは?」

「え?」

「恩寵! 押し付けられたでしょ?」

「……?」


 なんだか分からないけど、僕はイレギュラーな存在らしい。

 それを踏まえてトーマさんの、これまでとは打って変わって食い気味な様子にちょっとだけ引きつつ、僕は改めて野薔薇の宮殿で起きたことを思い返していた。

 その上でグラティアとは一体なんだろうと考え、少ししてやっとひとつの心当たりが浮かんできた。


「そういえばなんか加護を授けるとか言われたけど」

「それ」

「突っぱねたよ」

「マジか」

「マジです」

「あははははははははは!」

「えっと?」


 ありのままを伝えたところ爆笑されてしまった。さっきまではちょっとガラが悪いクールなお姉さんって印象だったんだけど、意外と感情表現が豊かな人なのかも知れない。

 トーマさんはひとしきり笑ってから息を吐いて、上機嫌に続きを話し始めた。


「いやごめんごめん。あいつから恩寵を授かるっていうのはね、権能の一部――まあ神の力的なやつ? なんかそういうのを貸してもらった状態になるってことなの」

「みんな大好きチート能力だね」

「あたしはあんまり好きじゃないけどね、チートずるって」

「……僕も」

「お、気が合うわね」

「っていうか分かるんだ“チート”って言葉」

「まー色々あって日本のことは多少知ってるの、で、話戻すけどこの恩寵ってのが曲者でさ、ただあいつの権能扱えるようになっておしまいってわけにはいかないの」

「タダより高いものはない?」

「そう。普通の人にいきなり強い力が宿るってことだからね。その分無理が出て来ちゃうのよ。まず、メンタルにターボかかって性格が極端になりやすいわね。ひどい場合はソシオパスになる人もいたりして」

「うわあ」

「おまけにやることなすこと貸主、つまりエクリプスの意向に影響されたり」

「逆らえないの?」

「逆らうって発想自体浮かびようがないのよ。なにしろ恩寵受け取った時点であいつや宮殿のことは綺麗サッパリ忘れちゃうから」

「それで僕は覚えてるんだ。聞けば聞くほど拒否して正解だったよ。怒らせちゃったけど」

「怒らしとけばいいわよあんな奴」

「ところで聞いてて思ったんだけど、もしかしてアストリアの王様も恩寵を授かったりしてる?」

「そうよ。よく分かったわね」

「言動が、ね」

「あー……ああいう社会的に影響力持ってて頭弱いタイプほど宮殿に連れ込まれて恩寵埋め込まれやすいのよ。操りやすいから」

「なんかアブダクションみたい」

「その認識で合ってるわ」


 どうやら野薔薇の宮殿は未確認飛行物体だったらしい。

 なら、さしづめアストリア王国はエリア51だろうか。

 冗談はさておき、少し気になったことがあるので聞いてみることにする。


「優秀な人がアブダクションされることはないの?」

「前例はあるんだけど、うまく操れないみたい。女神が恩寵経由で変な電波飛ばしても、受け取った側にしてみれば自分の感覚からかけ離れたへんてこな衝動が唐突に芽生えたように感じられるから。気持ち悪くて戸惑ったり、誰かに洗脳されかけてるんじゃないかって疑ったり、最悪おかしくなっちゃったりもして」

「一種の拒絶反応みたいなものかな? ひとかどの人物なら相応の意志なり思考力なりが備わってるだろうから」

「そういうこと。だからあの女が手玉に取れるのなんて残念な手合いか熱心な信者、もしくは何も知らない異世界人くらいなの」

「もう少し上手に誘導できないのかな」

「できてたら世の中こんなにこじれてないわ。君の世界の神話だって、おつむの出来が微妙な浮気三昧のヤリチンが主神に据えられてたりするじゃない」


 ヤリチン……。


「だいぶ偏った意見だけど、まあ幾つかの神話を読む限り一概に否定できないね」

「所詮神なんて感情任せなのよ」

「すごい暴論」

「君だって身を以って知ったばっかじゃん」

「まあね。なら、女神はどんな感情にかられて魔王討伐にこだわってるのかな。そっちに誘導してるんだよね? 僕もそう言う口実で勧誘された気がするし」

「美人で強くて賢い女が自分よりも人気で幅利かせてるもんだから面白くないのよ」

「そんな……新参の女子に取り巻きを奪われたオタサーの姫じゃあるまいし」

「ぶっちゃけ似たようなもん」

「誰か止めてあげないの?」

「うん……そう思うわよね」


 トーマさんは頬杖を突きながら、ソーセージを刺したフォークをくるくると弄んでいる。

 話の流れから察するに、女神に対して何か思うところがあるのかも知れない。

 そもそも今ここにいるトーマさんは女神像が変身したものだ。その時点で既に普通の人間とは違う。

 さっきから当事者でないと知り得ないような細かい部分にまで言及しているし、ただならない間柄なのは想像に難くない。

 とは言え、本人が話そうとしない他人の事情を根掘り葉掘り聞くのは好きじゃない。

 僕はそんなことを思いながら、いつの間にか空になった食器をぼんやり眺めていた。

 やがてトーマさんはソーセージをがぶがぶと食べてフォークを置き、こっちを見た。


「じゃあ次は、これからのこと話そっか」

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