第三話 今時珍しくもない赤毛の女剣士
「よーし逃げろー!」
「わっ」
こんにちは、ハルカです。
僕は今、赤毛の女剣士さんと一緒にいます。
彼女は僕を軽々と小脇に抱えると、あられもない姿となった騎士や貴族の間を駆け抜け、すっかり風通しの良くなった聖堂を後にしました。
後ろの方から王様や司教が喚き散らす声が聞こえた気もしますが、もう会うこともなさそうなので詳しい様子は割愛します。
それよりも、廊下の向こうから沢山の騎士や兵士が押し寄せてくるのが気になります。
ところが彼らは僕達を捕まえようとも行く手を阻もうともせず、先頭の騎士と女剣士さんが一瞬だけ視線を交わして少し笑ったかと思うと、そのまますれ違って大聖堂に向かって行きました。
やがてホールに抜けるとそれなりの数の騎士が詰めていて、こちらは襲いかかって来ました。
とは言え片手が塞がっている筈の女剣士さんは鞘に納まったままの大太刀を振り回して余裕で蹴散らします。
みんな結構派手に吹っ飛ばされていて生きているかどうか少し心配になるくらいですが、振り返ってみるとどの人も痛みを堪えながらなんとか立ち上がっています。
思えば大聖堂からこっち、殺傷力の高そうな攻撃ばかりしているのに一人も殺していないような気がします。不思議ですね。
そんな僕の様子に気がついたんでしょうか。
女剣士さんは走りながらこんなことを言いました。
「言っとくけど別に不殺の誓いとかご立派な志があるわけじゃないから。
「はあ」
よく分かりませんが、この言い方だと機能的な意味合いになるんでしょうか。
たとえるなら変温動物が自力で体温調節できない、みたいな。
後で聞いた話では、どうやらこの女剣士さん、相手に致命傷を当てるとその攻撃がなぜか無効になるという、変な特性があるみたいなんです。
また、それが適用されるのは人型の知性ある生き物だけで、他の動植物や魔物、無機物は普通に斬れるんだとか。
仕組みは分かりませんが、そういうことであればホールで誰も死ななかったのも大聖堂でみんなが全裸になったのも納得です。
その後も何度か追手が迫りましたが、やっぱり女剣士さんの敵ではありませんでした。
そしてついに城の正門を抜け、彼女が跳ね橋をバラバラに斬り刻んで出入りをし難くしたところで、やっと僕は地面に降ろされました。
「これでしばらくは平気でしょ。あ、そう言えば君、名前は?」
「ハルカです。オオバヤシハルカ」
「オーケー、ハルカくんね。じゃああたしは……うーん。うん。トーマとでも呼んで」
「……? 分かりました、トーマさんですね」
なんとなく含みのある言い方が気になりますが、呼べる名前があるのとないのとでは大違いです。
素直に本人の申告に則って、これからは彼女をトーマさんと呼ぶことにします。
トーマさんと僕はゆっくり歩きながら、そのまま話を続けました。
「あの、ありがとうございます」
「ん? 何が?」
「助けてもらったから」
「ああ、いいのいいの。半分はあの王様への当てつけだしね」
「はあ……。ちなみにこれから僕はどうなるんでしょう?」
「そりゃあ元いた世界に帰らなきゃでしょ」
「あ、帰れるんですか?」
「たぶんね。ちょーっと時間かかっちゃうかも知れないけど、心当たりがないわけじゃないから」
「可能性があるだけでも大収穫です」
「そっか。他に訊いてみたいこととかある? ああ、敬語要らないわよ」
言質が取れたので今後はタメ語で話そう。
ついでにこのモノローグも今からそうしよう。
まだ何も具体的なことは分からないけど、それでも日本に帰るための希望が少し見えてちょっと安心した僕は、やっとトーマさんのことを気にする余裕が出てきた。
「じゃあお言葉に甘えて。トーマさんって何者?」
「またストレートかつ微妙に返答に詰まる質問ね。“今時珍しくもない赤毛の女剣士”とかじゃ駄目?」
「言いたくないなら別に無理しなくても」
「そうじゃないんだけど……なんだろう、多すぎてさ」
「多い?」
「うん、経歴がね。ひとまずここ最近のでいい?」
「よく分からないけど任せるよ」
「ここから南に行くとマリアンヌって言う国があるんだけど、前はそこで貴族のお嬢様やってたの。んで学校通いながらボランティア――まあ教会の奉仕活動に混ぜてもらって貧しい人達に炊き出しやってあげたり、暮らしの悩みとか相談に乗ってあげたり、こうやって」
「!」
おもむろにトーマさんが僕の顔に触れて、じっと動きを止めた。
すると掌から温かい光が溢れ出てきて、額と頬の痛みがだんだん引いていって。
気がつくとまったくなんともなくなっていた。
「怪我の治療してあげたりしてたのね。まだ痛む?」
「い、いや、全然」
急に触られて照れくさかったけど、それとして痛くなくなったのは間違いない。
「そしたら“女神の愛娘”だなんてもてはやされたりして、なんか気がついたら王子と婚約させられてたのよ」
「ほう」
枕詞が引っかかるけど絵に描いたような聖女様だ。
「ところがこの王子ときたらまたろくでもない大馬鹿野郎でさ。なんでかあたしのこと目の敵にしてて、しょうがないからって放っといたのね。そしたらあのうすら
「はいはい」
悪役令嬢ですね。
「マリアンヌと仲の悪いアストリア、つまりこの国に流れてきたってわけ。で、とりあえず食べてかなきゃいけないっつーことでしばらくは冒険者やっててさ。ちょうどその頃は自称魔王が近所でこすっからい悪事働いててね、仕事はそこそこあったのよ」
「もしかして有名になって魔王討伐する羽目になったとか?」
「正解」
そして勇者、と。
「でも、最初は他の人が勇者やる筈だったの。あたしは実績を買われて
「他の人って……やっぱり日本人?」
「そのつもりだったみたい。……この国って大昔にも日本人の勇者を招いたことがあってさ。それ再現して権威付けに利用しようと思ってたみたいなの。つーか今もそうなんだけど」
「要はブランド化だよね。なんでまた?」
「誇れるものがない国になっちゃったからよ。今の王様が即位してからは特にね」
「うーん……つまり、自国が輩出した勇者に魔王討伐の実績を作らせてイメージアップしようとしてたってこと? 方法論としては分からなくもないけど、別に日本人とか異世界人じゃなくてもよくない?」
「あたしもそう思うんだけどね。ただ、“女神に選ばれた異世界の勇者”って、いわば女神の代理人なわけよ宗教的には。そうなると普通にこっちの人が英雄になるより箔がつくし、格は上がるし、逸話として華もあるじゃない? だから意外と侮れないのよ。アストリア以外にも女神を信仰してる国は多いしね」
「なんか……ひどいね」
「だから止めたわ。無関係な人間を巻き込むくらいならあたしがやるって」
「よく耳を貸してくれたね」
「まーそこはちょっとナニをナニして、嫌とは言えない状況に追い込んでなんとかね。すんげー恨まれたけど」
「確かにすんげー恨んでる顔してた」
「知ったこっちゃないけどね。それで、王様に指名された旅の仲間が同行するって条件で討伐に出かけて、やっつけたまでは良かったんだけど。なんか仲間の様子がおかしいのよ。問い質してみたらあたしのこと殺すように命令されてるらしくってさ」
「王様に?」
「王様に。しかも、みんな貴族の子女だったんだけど、逆らったら家を取り潰すとかって脅されてたんだって。で、じゃあしょうがないかってことで大人しく死んでみた」
「ん?」
「どしたの?」
「死んだの?」
「死んだわよ?」
「……まあいいや。その後は?」
「適当に生き返ってあちこちぶらぶらしたり知り合いのところに転がり込んでダラダラ過ごしてたわよ。つい最近までね。そして今に至る、と」
「なるほど……」
僕は少し考えて、この件はここまでにしようと思った。
なぜなら、色々とツッコみたい気もするけどどこから手を付ければいいのか分からないから。まあファンタジー世界ならどんなことでも起こるだろう、ということで。
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