第二話 降臨
こんにちは、ハルカです。
僕は今、どこかのお城の中にある大聖堂にいます。
ついでに王様の前で床に平伏すと言うか這いつくばって、首を落とされそうになっています。
もちろん強いられているんですよ。相変わらず縄で縛られたまま、ここまで僕を連れてきた騎兵さんに押さえつけられています。
そして、剣を掲げた騎士がすぐ近くに立っているのが横目で確認できました。
どうしてこんなことになってしまったのかと言うと――。
※ ※ ※
少し前のことです。
僕は騎兵さんに「キリキリ歩け」とばかり突き飛ばされながら、王様っぽい人の前に立たされました。
かと思うと今度は「頭が高い」といきなり抑え込まれて額を床に押し付けられました。
もうこの時点でこの人達、アウトです。
正直に言ってかなり頭に来たんですけど、力尽くで逆らえるような状況でもないし、王様(仮)が隣のお爺さんと何か話し始めたので、聞き耳を立ててみました。
「司教よ。どうなのだ?」
「は、陛下。ニホンから来た異世界人に相違ないかと」
「うむ」
どうも本当に王様と司教だったみたいです。以後、(仮)は外しておきますね。
さて、王様は満足そうに返事をしたかと思うと、「面をあげよ」と言いました。すぐに騎兵さんが力を緩めたので、僕は上半身を起こして前を見ました。
王様は自ら片膝を突いて僕を覗き込んでいます。
「手荒な真似をしてすまぬな、女神に選ばれし異世界の
「あ、それ断ったんで」
「……ん?」
「残念ながら僕は
「なっ……なんじゃと!?」
「召喚を……女神様の聖なる御業を“攫った”などと、なんたる不遜!」
王様も司教もびっくりです。周りにいる貴族や騎士もざわざわしています。
自称女神もそうでしたけど、こういう反応は予想していなかったんでしょうね。
でも、謝るくらいなら最初から手荒に扱うべきじゃないと思うんですよ僕は。
こんな人達相手にうまく取り入ろうなんて気には到底なれません。だから正直に話しました。
どうせ逃げられないし、逆らう力もない。
だから、せめて自己主張だけはきっちりやらせてもらいましょう。
「確か、エクリプスでしたっけ。あの人がやったことは僕の世界では誘拐と言って重い罪に問われる行為なんです。知りませんでしたか? そういうわけなんで、あなた達の感覚を無関係な世界の住人に押し付けるのはやめてもらいたいんですけど」
「貴様!」
怒った王様が金ぴかな錫杖で僕の頬を殴りました。
結構重たい一撃だった上、縛られたままなのでそのまま床に這いつくばりました。
頬も頭も滅茶苦茶痛いですが、意外と気分は悪くありません。言いたいことは言ったので。
すると案の定、また騎兵さんが僕を押さえ込みました。
「この神をも恐れぬ不届き者を直ちに処断せい!」
「お待ち下さい陛下! 聖堂が下賤の血で穢れます。せめて中庭にて」
「構わぬわ! 女神とて異端の死を捧ぐならばいっそ喜ばれようぞ!」
司教が止めても王様は耳を貸しません。
よっぽど僕のことが癇に障ったんですね。勝手に女神の気持ちまで代弁しちゃって。
いやあ、それにしても“下賤”や“異端”といったワードを浴びせられるなんて思いもしませんでした。
現代日本人としてはなかなかに味わい深い体験です。
※ ※ ※
と、経緯としては大体こんな感じです。
まあ、たぶんもうすぐ死んじゃうんですけどね僕。
一応これでも十代の若者なので、心残りはそれなりにあります。
でも、今のところ自分に嘘ついてまでやりたいことはひとつもないです。だから、構いません。
「やれいッ!」
王様のちょっと裏返り気味な号令が聞こえました。いよいよですね。
少し風を切る音がして、流石に体が強張りました。
ああ、母さんと姉さん達、先立つ不孝をお許しください。
天国のお父さん、もうすぐそちらへ行きます。……行けるよね? ここ異世界だけど。
そう思った瞬間、王様がいる方からものすごい轟音が鳴り響きました。
それからほんの少し遅れてガラスが割れる音もして、ぱらぱらと色のついた破片が僕の視界の隅の方にも落ちて来ています。
そして騒然とする大聖堂の中。
なぜか僕を押さえ込む力が弱くなったので、ちょっとだけ顔を上げてみました。
そこには、燃えるように真っ赤な髪の女の人が立っていたんです。
王様と司教の後ろにあった、あの白い半裸の女性像があった場所に。
その人も同じ格好をしていたので、もしかすると像が人間に化けたのかも知れません。
我ながらその発想はどうなのかと思わなくはないですけど、どうせファンタジー世界じゃないですか。
なんだって起こりますよきっと。
さて、この場の誰もが見守る中、赤毛の女の人はしばらく静謐な面持ちで目を伏せていましたが、ゆっくりと瞼を開けると大きなトルコ石みたいな瞳をきょろきょろさせて、やがて僕と目が合いました。
とんでもなく綺麗な人でした。
やんわり癖のある長い髪が鮮烈なのに対して肌の色はびっくりするほど白く、濃いめのまつ毛が縁取るぱっちりした目と程よい高さの整った小鼻、描いたかのような小振りの口、その全部がアーモンド型の輪郭の中で美女の麗しさと美少女の愛嬌を絶妙なバランスで保っています。そして長い首筋から続くスタイルも――って。
「服! ちゃんと隠して!」
「おん?」
僕が思わず叫ぶと、その人は初めて気がついたような顔で自分の格好を見下ろします。
「そっか、公序良俗」
やっと分かってくれた彼女は指を鳴らしました。
すると体の片側しか覆っていなかった布切れがくるんと纏まり、一瞬全裸になったのは感心しませんが、すぐにそれは体の要所要所に覆いかぶさって、とりあえず見れる格好になったんです。
更に、胸元でビスチェになった部位は赤く、腰を覆ったホットパンツは黒くなり、白いままだったニーハイブーツと裾の長いフード付きのコートはタイトに引き締まりました。
何がどうなってこうなるのか理解が追いつきませんが、とりあえずひと安心ですね。
そこへ王様が唾を飛ばして口を挟みます。
「貴様ァ……! そのような破廉恥な姿でよくも湧いて来よって!」
「破廉恥なのはおたくの司教がプロデュースした女神像でしょ? お陰でのっけからおっぱい晒しちゃったじゃん」
あ、一応気にはしてたんですね。
それにしてもさっきから公序良俗だのプロデュースだの、言葉選びがまるで日本人ですね。
「抜かせ死に損ないめが! どうやって蘇りおった!?」
「言ったってどうせ分かんないわよ。……ところで」
女性は話しながら僕に歩み寄ったかと思うといきなり騎士を蹴飛ばし、返しの動作で僕を押さえつけていた騎兵さんも叩き伏せました。
当て方がうまいのか、二人とも気絶したみたいです。
「これどういうこと? あたし言ったわよね? 召喚すんなって。祈るなって」
「黙れ魔女め! これなるは女神様の思し召し! 貴様如きに指図される謂れはないわ!」
「それだけじゃないでしょ? あんたが望まなかったらあいつ……女神だってこっちの人間から選んでるわよ。おまけにこんな格好で無理やり連れてきて、挙げ句殺そうとするとか。細かい事情は知らないけどさ。ほーんと、昔から変わんないのね」
女性はなおも負けじと言い返しながら、どこからともなく剣というか身の丈を超える大太刀を突然その場に喚び出し、それを一振りして僕の縄を斬ってくれました。
それにしてもこの二人、何やら因縁があるようです。
王様はわなわなと震えながら怒りの形相で片手を上げます。
それに応じて、周囲の騎士達が一斉に剣を抜きました。
「黙れと申したであろう! もはや語るにあたわぬ! そこの小僧もろとも今度こそ討ち取ってくれる!」
「ねえ君。ちょっとしゃがんでてくれる?」
「あ、はい」
王様の怒りも剣を構える騎士達も気にした風はなく、その人は僕にウィンクして自分も構えました。
僕は言われた通り姿勢を低くして、彼女の様子を窺います。
「かかれぇ!」
また王様の号令が聞こえて騎士達が攻め寄せようと踏み込んだ瞬間、彼女はとてつもない速さで大太刀を振り、これまたどこから出したのか分からない鞘に納めました。
更に次の瞬間には、僕と彼女を中心に全方位へ突風が起こり、騎士達も貴族達も騎兵さん達も司教も王様も身につけているものがばらばらに散って、ついでに大聖堂の壁も窓も天井もがばらばらになって崩れ、瓦礫の多くは外へ吹き飛ばされていました。
これが彼女――トーマさんとの出会いでした。
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