第一話 拉致被害
「ここは……」
こんにちは、ハルカです。
気がついてみれば僕を閉じ込めていた蔓も足元の光もどこにもなくて、だけどそこはさっきまでいた宮殿そっくりの場所でした。荒廃しているという点を除けばね。
四阿の屋根はなく、宮殿の外側を囲う何本かの柱はぽっきり折れていて、絡みついている野薔薇はからからに乾いています。
四阿のある池から四方に流れる水路はなんとか水を湛えていますが、水草がもじゃもじゃに生えていて、あまり状態は良くなさそうです。
そうやって周囲を眺めていると、ふわりと風が吹いてきて少し草の匂いがします。
お陰ではっきり分かりました。
さっきまでいた謎の空間とは別の場所であることに。
たぶん、どこか生き物がいる世界にある遺跡か何かなんだと思います。
去り際に自称女神が言っていた、ローなんとかというところでしょうか。
もう少し周りを見てみることにしましょう。
壁や天井はないので、外の様子も確かめることができます。
……にしては、なんだか暗いような?
不思議に思って空を見上げてみると、お日様が欠けています。日蝕でしょうか?
眺めていると少しずつ満ちていくので、間違いなさそうですね。
そう言えば彼女、“エクリプス”って名乗ってましたっけ。
もしかするとあの日蝕は、僕がここにいることと何かしら関係があるのかも知れませんね。
まあ分かりませんけど。
ともあれ、せっかく見晴らしがよくなったので今度は建物の周囲を見てみます。
どうらやこの一帯は草原が広がっているようで、他は遠くに山が確認できるくらいです。
ただ、明らかに日本の景色ではないし、見たことのある海外の風景にもこんな場所はありませんでした。
やっぱり異世界なんですね。
流石に溜め息が出ます。
これからどうしたものか。
魔王がどうとかは分かりませんけど、確か自称女神は魔物がいるようなことも言っていました。
それが本当なら、なんの備えもなく物見遊山の旅をするのは自殺行為です。
かと言って、この遺跡も安全とは言えません。なにしろ遮るものがないので。
さしあたり過ごしやすい気温なのは幸いですが、それも暗くなればどうなるか分かりません。
「せめて街とか人里の方角が分かればいいんだけど……」
なんとなくスマホを点けてみます。……圏外ですね。
早速思い知りました。現代日本人なんて文明の利器がなければ無力そのものです。
とりあえずもう少し様子を見ることにします。
もしかしたら人が通りかかることだってあるかも知れませんし。
僕は四阿から池を飛び越えて、遺跡の外側に居場所を移すことにしました。
折れた柱の一本がなんとか登れそうだったので、その上に上がって遠くに目を凝らしたりしました。
すると、丁度視界のずっと遠くの方で何かが動いているのが見えました。
それはだんだんと大きくなっていき、なんだかリズミカルな音が響いて来ます。
間違いありません。映画なんかの効果音に比べるとずっと軽いけど、馬の蹄の音です。
音が近づくにつれて、人を乗せた馬がの姿がはっきり見えて来ました。しかも複数組。
馬上の人達はみんな中世ヨーロッパかよ、という無骨な鎧を身に纏っていて、なんだか物々しい雰囲気です。
されど人には違いありません。この状況で人に会えるのはやっぱり嬉しいわけで。
「おーい! おお――――――い!」
気がつくと柱の上に立って手を振っていました。
彼らも気がついたのか、最初からそのつもりだったのか、まっすぐこちらに向かってきます。
僕はたぶん喜色満面の笑顔で彼らを迎え――そして。
なぜか今は縄でぐるぐる巻きにされて、ズタ袋みたいに馬のお尻に乗せられています。
まあ歩かされたり引きずられないだけマシと思うことにしましょう。
なにはともあれ大切なのはコミュニケーションです。
僕は自分を運んでくれている騎兵の人に、たぶん今一番重要なことを尋ねてみました。
「あのー、どこに向かってるんですか?」
「……我らが王の許へ」
騎兵さんは言葉少なにそれだけ答えてくれました。
言葉が通じることと大まかな行き先が分かったので、まずまずの収穫と言えるでしょう。
ただ、この待遇からも分かるように皆さん友好的ではなさそうなので、それ以上は口を開かないでおくことにしました。
自称女神に続いて、彼らにもなかなか理不尽な扱いをされていますが、文句を言うだけならいつだってできます。
詳しい状況を確かめてからでも遅くはない筈です。
道中、見たこともない獣の群れに襲われたりもしましたが、大したことないのか騎兵さん達が強いのか、あっという間に掃討されてあっという間にどこかの街に着きました。
そこはイギリスかどこかの古い街並みを彷彿とさせるところで、最初に通りかかった下町はちょっと匂いが気になったりもしましたが、門を抜けて整った市街地に入ると気にならなくなりました。
硫化水素が濃すぎて鼻が麻痺したわけではないと思いたいです。
ところで、下町からここまでの間、気になったことがあります。
一言で言うと、活気がないんです。
道行く誰もが下を向いて歩いていて、彩り豊かな露店なんかを見かけても人入りはまばら。
呼び込みなどの声もまったく聞こえてきません。
これは魔王とかいう存在が世の中を乱しているせいなのか、それとも単純にこの国の政治が良くないのか、はたまた流行り病や飢饉でも起きているのか、ちょっと考えてしまいます。
ただ、飢えている人や行き倒れは見当たらないので、三番目の理由ではないような気がしますね。
おっと、お城が見えてきました。石造りで外観に華やかさこそないですが、質実剛健とでも言うのかな。大きくしっかりしていてなかなか立派な構えです。
騎兵さん達が近づくと、門兵さんが跳ね橋を下ろしましたね。
潜り抜けて……あれ?
中、すんごい豪華です。
馬から降ろされて、すぐにホールみたいな場所に出たんですが、白い壁は精緻なレリーフに金ぴかな装飾がこれでもかってぐらい盛られて、絶妙な間隔で絶妙な調度品が配されています。
要所要所に対の石像も立ってますよ。
丸く造られた天井には女神か何かが描かれた絵画が描かれていますね。
それでいてかなりの間取りなので、ものすごくお金かかってそうです。
正直ちょっと見惚れてしまいました。
もっと堪能したかったんですけど、突き飛ばされるくらい急かされたので大人しく従います。
ホールを抜けてこれまた広くて豪華な廊下を抜けると、茨が彫り込まれた真っ白い大扉の前に辿り着きました。
きっと開け閉めも大変だろうなと思えば案の定、二人の屈強な騎兵さん――もう馬はいませんけど――が、ものすごい形相でゆっくりと両開きにしていきます。
そして視界が開けると、そこは礼拝所――と言うより、大聖堂といった感じでした。
あちこち様式は違いますけど、僕が住んでた世界のとある一神教を彷彿とさせる雰囲気です。
奥のステンドグラスから色とりどりの光が差し込み、それとは別に天窓もあるのか、奥にある真っ白な半裸の女性像に光の柱が重なっているように見えました。
こちらもなかなかの佇まいですが、それとして随分たくさんの人がひしめいています。
それにしても、なんだか花の香りと煙が混ざったような匂いがします。
お香でも焚いているのかも知れません。
さておきざっと見たところ、貴族っぽい人と騎士っぽい人とが半々くらい。
それから一番奥には司教か何か分からないけど宗教色の強い格好をしたお爺さんがいて、更にその隣には王冠を被ったでっぷりしたおじさん。きっとあの人が王様ですね。
遠くて表情はよく見えないけど、なんだか睨まれている気がします。
こんなところに連れて来られて、果たしてどうなることやら。
まあ、見るからにいい予感はしませんけどね。
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