序章

プロローグ たぶんどこにでもいるようなオタク趣味の中学生

 初めまして。オオバヤシハルカと申します。

 歳は十四歳、タイトル通りたぶんどこにでもいるようなオタク趣味の中学生です。

 突然ですが、どうやら僕は誘拐されてしまったみたいで――。


「――オオバヤシハルカさん。野薔薇の宮殿にようこそ」


 気がついた時には、どこかの宮殿みたいな場所に立っていました。

 そこは円形で、学校のグラウンドくらいの広さがあります。中央の池から四方に水路が流れて縁からどこかへ落ちているみたいでした。外周は石柱で囲まれていて、蔓がびっしり絡みついていて、ところどころに白い花が見えます。遠くてよく分からないけど、の宮殿と言うからには野薔薇なのかも知れませんね。

 ちなみに僕は池の更に中央にある、欧風の四阿みたいな造りをした小島の中にいます。

 よく見ると四阿の柱にも蔓が絡んでいますね。やはり野薔薇のようです。

 かと思うと、目の前にはギリシャ神話の女神みたいなキトン姿の女の人が立ってました。

 今声をかけて来たのはこの人みたいです。

 でもこの人、頭が光っていて、口元以外はよく見えないんですよね。そんなわけで、表情とかはこの場で詳しくお伝えするのが難しいです。あしからず。

 とりあえず、とても直視できないのでそっぽを向いておくことにしましょうか。

 そうして僕が黙っていると、その人は勝手に話を進めにかかりました。


「驚くのも無理はありません。つい先程まで日本にいた筈のあなたが、どうしてこのような」

「細かいことは大体想像つくんで本題に入ってもらえますか?」

「え」


 僕が先を促すと、その人は絶句しました。

 でも、今更じゃないですか。

 今日びこの状況に置かれて考えられるのは、死んだか飛んだかの二択しかないじゃないですか。

 そして、どちらにせよその原因は目の前の頭部を発光させた不審者の都合によるものだと思います。

 一応、この人が他の神様か何かの尻拭いをしている可能性もなくはないですが、それは物的な証拠と本人の証言を伴うことでようやくある程度の信憑性を帯びてくる話です。

 そのどちらでもない場合、他人の名前を勝手に持ち出して責任転嫁している可能性だってありますよね。

 だから僕は、謝罪から入らず一人だけしかいない目の前の不審者を信用しないし、好意的に接するつもりもありません。

 ちょっと、いや正直すごく綺麗な声で神々しい雰囲気を醸し出していて丁寧な物腰だからって、あといい匂いだからって怪しいことには違いないので。

 さて、不審者は何か考え込んでいたのかしばらく黙り込んだ後、また話し始めました。


「失礼しました。近頃の若い方には無粋でしたね。では、お言葉に甘えて本題に入りましょう。まず、私の名はエクリプス、とある世界を天照らす女神として名を連ねております。……その世界なのですが、実は現在危機に瀕しているのです。最近、魔王イブリスを名乗る者が魔物の多い地域を平定し、邪なる軍勢を率いて人の領域を侵略するようになりました。人の国々も対抗してはいるものの劣勢を強いられており、このままではかの者に攻め滅ぼされるのも時間の問題です」

「そこで魔王を打倒する勇ナントカを異世界から招いたと。で、それが僕だったと」

「やはり話が早いですね。仰る通り、あなたは選ばれました。ついては私の加護を受け、かの世界を救ってはいただけないでしょうか」

「加護ってどんなものなんですか?」

「地水火風、即ち四元素のいずれかと光の力を授けます。これらは魔術の素養となる他、訓練次第では自身の肉体や武具に直接宿すことで高い能力を発揮できるようになります。また、すぐ戦いとなってもいいようにお好きな武器を扱うための才能を進呈しております。ちなみに私の加護を受けた者のことを、人々は女神の恩ちょ」

「お断りします」

「う……――え? ええええ!?」

「だから、お断りします!」


 今ならマルチ商法の勧誘現場に連れ込まれた人の気持ちが少し分かります。

 僕も冗長な説明にうんざりしていたのと早く帰りたかったのとで、つい声を荒げて断ってしまいました。

 少し大人げない気もしますが、こういうことはきっぱり言わないと尾を引くので。

 エクリプスとやらはとても驚いた様子で、相変わらず顔はよく分かりませんが口をあんぐりさせていました。

 まあ知ったこっちゃありません。


「あ、の。ええと……理由を伺っても?」

「だって、要するにあなたは自分にとって邪魔な存在を排除するために、縁もゆかりもない僕のことを攫って来て鉄砲玉に仕立て上げようとしてるわけですよね? ヤッパは渡すからって。つまり、全部そちらの都合ですよね? 引き受けるべき理由がどこにあるんですか?」

「ど、どこにって」

「もう一度言いますがお断りします。養殖ヒーローがご所望なら他を当たってください」

「い、いやいやいやちょっとノリ悪くないですか? 少しくらい興味ないですか? チート能力で無双できちゃいますよー?」

「はっきり言ってチートずるって好きじゃないんですよね。需要が高いのは理解できますし他人事なら気にも留めませんけど、僕個人にそういった願望はないんです。むしろ、とうもろこしにかぶりついた結果消化不良でお腹を下して出てきたモノに混ざってる黄色いつぶつぶよりも要らないくらいです」

「は!?」

「というわけで、もう家に帰してもらえますか? 家事が結構溜まっちゃってるんですよ、みんなが帰って来る前に片付けないと」

「こ、の……ッ」


 自称女神様はぷるぷる震え出しました。あ、視界の隅でですけど。

 どうやら、僕の言い分に大層お怒りのようですね。

 もちろん怒らせるようなことを言った自覚はあります。

 けど、こちらの都合を無視して自分の都合を押し付けようとする、つまりは理不尽な相手に遠慮なんか要らないと思うんです。

 だから、悔いはありません。この後、何がどうなろうとも。


「…………。ハルカさん、あなたの意思はよく分かりました。ご要望どおり加護の付与は見送ることにします」

「どうも。ちなみに帰宅の件はどうなるんですか?」

「本当……何千年も生きて来てここまで馬鹿にされたのは初めてですよ」

「ん?」


 僕も流石に不穏なものを感じて、不審者エクリプスをまっすぐ見ました。

 眩しくて半目になりましたけど、きっと噛み締めているところが確認できました。

 更にその人は悪の女幹部みたいな少し腰の入ったポーズで手を振るいます。

 すると、四阿の柱だけでなく宮殿全体から無数の蔓が延びてきて、僕を囲んで円筒形にぐるぐると絡み合いました。閉じ込めようとしているんでしょうか。

 そうして蔓のせいで随分視界が遮られて来た頃、彼女はこう言い捨てました。


「無力なその身で以って、ローダンテスの大地を生き延びてみなさい。それができたら帰してあげますよ。そのうちね」

「あー……そう来ますか」


 僕は色々と諦めました。

 うちには姉が四人いるんですが、これが揃いも揃ってだらしなくて。

 僕が片付けないとあっという間にゴミ屋敷になっちゃうんですよね。

 だから早く帰りたかったんですけど、こうなってしまった以上はしょうがないです。

 家のことはひとまず忘れて、これからのことを考えることにします。

 と、そんなことを考えているうちに見渡す限りすっかり蔓との薔薇で埋め尽くされてしまいました。

 かと思えば足元がエクリプスの頭みたいに輝き出して、何も見えなくなって――。

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