リメイク第六話 旅立ち
次の日、僕達は王都を発つための準備をしに街へ出た。
まずは古着屋さん。
僕、学生服のままだからね。
このままじゃ何かと目立つと言うことで。
「似合うじゃん」
「どうも」
トーマさんは色々な角度から僕を見て、満足そうに頷いた。
トーマさんが見繕ってくれたコーディネートはチュニックと……名前分かんないけどなんかゆったりしたズボン、それに長い革靴とフード付きのマント。
まあ、ごくごく当たり障りのない旅装だ。
着心地は妙にゴワゴワしていて快適とは言い難いけど、通気性は悪くない。
たぶん旅に向いてる服を選んでくれたんだろう。
これからきっとこうやって数え切れないくらいお世話になっていくんだと思うと、昨夜に引き続き気持ちの据わりが良くなかったけど、トーマさんいわくお金に困っていないとのことなので、ひとまず素直に甘えておくことにした。
いつか何かの形で返せればいいなと思いながら。
それにしても、今日は街中どこに行っても活気があって、見ていて気持ちがいい。
昨日のお通夜ムードはなんだったんだってくらい全然違う。
古着屋さんのおじさんの話によると、騎士団の一部が謀反を起こして国王とその腰巾着を幽閉したんだそうで。
ついでにその中心人物は元勇者パーティの一員だったとかなんとか。
「それって」
昨日お城の中で僕達とすれ違った人達だろうか。
僕が目を向けるとトーマさんは「さあね」ととぼけて、ただ微笑んでいた。
その後、馬を一頭調達して野営用具一式と簡単な保存食、水袋なんかを買い込んだ。
どこに行ってもクーデターのことで持ち切りだった。
本来なら国が混乱して手放しに喜べない出来事の筈だけど、誰もこの革命を悪く言う人はいなかった。
よっぽどあの王様に不満があったんだろうね。
みんなすごくいい顔をしていたからなのか、僕は少し名残惜しくなってしまった。
特別いい思い出があるわけでもないのに。
住み良い国になればいい、なんて無責任に思いながら。
せめて街の様子を、なるべく目に焼き付けた。
「帰る前にまた寄ってく?」
どうやら顔に出ていたらしい。
トーマさんの質問に、僕は少し考えてから頭を振った。
万が一帰りたくなくなりでもしたら、家族に会えないこととこの世界に残りたい気持ちとで板挟みになって、窮屈な思いをしそうだから。
そうなってしまうと、どちらを選んでも後悔しそうな気がしたから。
トーマさんは「そっか」と笑って、それ以上何も訊かなかった。
そして、僕達はアストリアの王都を発った。
ところで僕は平均的な中流家庭に生まれた平均的な中学生だ。
従って乗馬の経験はおろか、実際に生きた馬を見るのすらこれが初めてなわけで。
「基本歩いて行くけど、少しずつ練習しましょっか」
「分かった」
一日のほとんどは僕もトーマさんも馬と並んで歩いたけど、時々乗せてもらって慣らしていった。
実際やってみると地味に体中酷使するしお尻は痛いしでなかなか大変だけど、インドア派なりに運動は嫌いじゃないので、それなりに楽しみながら学ばせてもらった。
そんな調子で僕達は、野宿を挟みながらゆっくり東に向かった。
なんでもアストリア王国の東隣はラシード魔導王国――世間で言うところの魔王様が治める国――があるんだそうで、そこを抜けて更に東にあるクアドラトゥーラ大樹海という、トーマさん曰く「ばかでっかい森」を目指しているところだ。
途中、ラシードの辺境にあるラトナの街で何日か休む予定とのこと。
「ところでトーマさん」
「なあに?」
「
国境を超えた頃トーマさんに尋ねてみると、こんな答えが返って来た。
「んーっとね。うまく説明できる自信がないから細かいところは省くけど、この世界には
「外気が
「んで、
「つまり、先に
「うん。ついでに四天王が一人住んでるから、まずはそっちに声かけてみよっかなって。その次は南のカナフ大公国に入って、そっから北上して
「…………」
話を聞いているうちに、僕は考え込んでしまった。
色々と新情報が聞けたのは良かった。
けど、ちょっと情けなくないか。
王都を発って何日も経つのに、今の今まで何も考えずただ付いて来たのか。
少しはしゃいでいたのかも知れない。
見たことのない景色を旅しながら、乗馬に野営にと新しい経験を積み重ねて。
それに、トーマさんと益体もない話をしてる時間は楽しいだけでなく、とても気楽に過ごすことができた。
お陰で毎日歩き詰めなのに全然疲れなかったくらいだ。
甘え過ぎじゃないのか。
小さな子供じゃあるまいし、何もできることがないのならせめて現状認識くらいはしておくべきだ。
こんなことに今頃気がつくなんて。
「トーマさん!」
「お、おう。どうしたの急に」
「地図って持ってる? できれば大陸の全体図がいいんだけど」
「王都で買ったテキトーなやつで良ければ……」
トーマさんはお馬さんのお尻の荷物をごそごそまさぐると、やがて筒状に丸められた獣か何かの皮を取り出し、僕に差し出してくれた。
「ほい」
「ありがとう」
受け取って早速広げてみると、そこには規則正しい四枚花弁の花の絵が描かれ、あちこちに
また、中央のおしべにあたる部分は陰陽図そっくりに波打った線で左右へと分かれ、左側の陽にあたる部分は更に細かい線で仕切られている。まるでひび割れた勾玉みたいだ。
「今いるのはこの辺りね」
トーマさんが指で示したのは、陰陽を分ける線の上のあたりだ。
さっきまでの話を踏まえると、指の左側がアストリア王国で、右側の無傷な勾玉はラシード魔導王国。
そして、その更に右側の鱗模様にも見える花弁がクアドラトゥーラ大樹海ということになる。
「文字は平気? これ公用語だから、たぶん英語と似た感じで読めると思うんだけど」
「一応後で教えて。でも、とりあえずは大丈夫かな。さっきの話で位置関係は大体分かるから」
「オーケー、歩きながらゆっくり眺めてて。周りは見とくから」
「ありがとう、よろしく」
トーマさんの厚意に感謝しつつ、僕はしばらく地図に没頭した。
タッチこそ優しくないけどまるで絵本に出てくるようなその花は、南の花弁が炎みたいな記号で埋め尽くされていて、西はギザギザ模様、北は波線が描かれている。
なんとなく、この模様はトーマさんが言っていた
他に気になることと言えば、どの花弁にも真ん中には特に大きな星型の印があって、それぞれに地名らしい単語が添えられていた。首都か名跡でもあるのかも知れない。
トーマさんは歩きながらもう少し詳しく教えてくれた。
四枚花弁の内、北はバレイア聖水域、東はクアドラトゥーラ大樹海、南はカナフ大公国、西はサンキエム獣王国であること。めしべの東側はラシード魔導王国、西側にはアストリアの他にも沢山の国が乱立していて、滅んだり新しく興ったりしながらしょっちゅう国境線が変わっていること。これら全部をひっくるめてローダンテス大陸であること。
それを聞いて、女神がここをローダンテスの大地と言っていたことを、やっと思い出したりもした。
「ほんとはそんな規則正しい形してないのよ。
「あくまで参考程度にってことだね」
「そゆこと」
その後ラトナの街に着くまで、僕はトーマさんから色々なことを教わった。
公用語の読み書き。ローダンテス大陸の簡単な地理や歴史。
この世界を構成する
それらを用いた魔術。
トーマさんによる馬鹿話と雑談混じりの講義から、僕は積極的に学んだ。
この世界で生きていくために。
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