第五話 これからのこと
食事を終えた僕達は借りた部屋に引き上げた。
いつの間にか外はすっかり暗くなっていて、部屋の中も蝋燭の灯りがないと何も見えないくらいだった。蛍光灯に慣れているとまだ薄暗いくらいだけど、こういうのも悪くないと思う。
「さてハルカくん、君はこっちの心無い連中の祈りに応えた邪神の魔の手によって、向こうの世界から引っ張り込まれたわけだけど」
「邪神の魔の手」
「この仕組を応用すれば逆の結果を導き出せる――つまり元の世界に帰すこともできると思うの」
「シンプルでいいね」
僕とトーマさんは2つ並んだベッドに向かい合わせで座り、各々楽な姿勢で話していた。ちなみに僕は素足になって体育座り。トーマさんは上着とブーツを脱ぎ捨て、ビスチェとホットパンツだけの無防備な格好で胡座をかいている。正直どうかと思う。
……思春期の若者なら照れるシチュエーションだろうって?
一般的にはそうかも知れないけど、前にも言ったように僕には姉が四人もいて、身内の贔屓目なのを承知で言うと全員容姿だけは整ってる。つまり見るのも接するのも慣れてるんだ。
いちいち意識してたら身がもたない――と言うより、意識するという過程がそもそもなかったように思う。みんな家にいるととにかくうるさくてだらしなくて身勝手なのに、人前、とりわけ彼氏の前では本人なりに身嗜みや振る舞いを整えて、上手に猫をかぶる。そんな姿ばかり見て育ったからね。良し悪しの問題じゃなくて、ただそういうものだと認識してるんだ。
だから、たとえば同世代の連中が思うような幻想を抱いていない。それだけの話。
まあ、そういったもろもろを差し引いてもトーマさんはすごく魅力的な女性だとは思う。
容姿もさることながら年下の僕相手に近い目線で話してくれる気風の持ち主で、しかも命の恩人なわけだから。僕としても好意が芽生えつつあるのは否定できない。
けど生憎、この程度の状況で動揺するほど繊細でもないんだ。あしからず。
それとしてこのところ会話シーンばかりが続いてるけど、あとちょっと付き合ってくれると嬉しい。
少なくともこの場はじき落ち着くから。
「でも、どうやるの? まさかあの女神にお願いするわけじゃないよね?」
「そこらへんは
トーマさんは自分の髪をくるくると指に巻きつけて弄びながら、言い淀んだ。
僕は、思ったより大掛かりな話だな、なんて思いながら尋ねる。
「何か問題でもあるの? その人達が気難しくて説得するのが大変とか?」
「ううん、みんな普通に手を貸してくれると思う。ただ各地に散らばってて、まずは会いに行くところからになるの。だから少し時間かかっちゃうんだけど……そこはごめんね」
「いやいや、こっちは一方的に助けてもらうことになるわけだし」
妙に思い詰めた顔をされたので、僕は慌ててフォローした。
どうして謝ったりするんだろう。
しかも我慢しろといったニュアンスではなく、本当に申し訳なさそうな印象を受けた。
それで思い出したことがある。お城から逃がしてくれた時、僕がお礼を言っても最初はなんのことか分からないみたいだった。
トーマさんは今も伏し目がちに俯いて黙ったままだ。
どうしていいか分からなかった僕は、とりあえず話題を変えることにした。
「ところで」
「ん? どうかした?」
「僕の勘違いじゃなければ、流れ的にはたぶんオタサーの姫を止める話だったと思うんだけど、そのことが僕を送り返すのとどう繋がるの?」
「いいところに気がついたわね。でも大体見当つくんじゃない?」
トーマさんの表情に笑顔が戻った。ひと安心である。
とは言え、これは話の振り方を少し間違えたかも知れない。
「僕が言わなきゃだめなやつ? ちょっとご都合主義的な内容で恥ずかしいんだけど」
「こんなことで奇をてらったって意味ないでしょ。ていうか脈絡のない異世界転移なんて言う今日日極めつけのご都合主義をキメたご都合主義の権化、ご都合主義オブご都合主義の分際で今更なに出し惜しみしてんの?」
「ねえひどくない? あと人のこと言えなくない?」
「うるせえいいから言え」
調子を取り戻したトーマさんはぐいぐい押して来る。
普段ならこういうことは勘弁して欲しいところだけど、さっきの今なので、ここは大人しく乗ってあげることにしよう。
「……僕の宮殿行きに便乗してトーマさんは女神と果たし合い?」
「大変よくできました」
「さっき調整って言ってたから。つまりそういうことだよね」
「うん。どう転ぶか分かんないけど、あいつにやらせるのが一番確実だから」
「でも、神との戦いに臨もうって割にはノリが軽いね」
「まあ楽なことじゃないけど、だからってあんま深刻ぶるのもね。泣こうが喚こうがどーせやんなきゃだし、ならもう素でいいじゃん別に」
トーマさんは両手を上げると胡座をかいたままベッドに倒れ込んだ。
「はあ。なにはともあれトーマさんは使命を帯びている、と」
「大体そんなとこ。もちろん、なるべくハルカくんが危なくならないようにするから」
「分かった」
そこまで言われてノーとは言えない。
なにしろ今のところ僕にできることは何もないと言っていい。
なのに、トーマさんはそんな僕を気遣って、日本に帰れるように手を尽くすと言ってくれている。
だったらそこに至るプロセスに対して僕がケチをつけられる道理はない。
ただ、気懸かりがないわけじゃないから、そこだけは触れておこうと思った。
「正直なところ、一方的に頼り続けるのは気が引けるんだけど」
「そうなの? 言っちゃなんだけどハルカくんってもっと図太いタイプかと思ってた」
「否定はしないよ。ただ、もらった善意に恩や義理を感じないわけじゃないから」
「ただの善意じゃないかもよ?」
「そう言われても……」
この切り返しは想定内だ。
ここまでの振る舞いが全部演技でないんだとしたら、きっとこの人は自分を都合よく信じさせようなんて、考えるどころか思いつきもしないんだろうから。
だからこそ、こっちの考えははっきりさせておきたい。その方が気が楽だ。
「明晰な頭脳や自慢できる特技があるわけでもない、女神の恩寵だって蹴飛ばした無力無能なインドア中学生をわざわざ嵌めたり利用したりする理由が思いつかないなあ」
「案外自己評価低いのね」
「事実だからね。別に欠点だとも思わないけど。まあ、もしかすると異世界人っていうブランドだけでも政治的な利用価値があるとか、もしくは何かしらの人体実験だのに有用っていう線も考えられないわけじゃないよ。でも、仮にそうだとしたら、いくらあの王様でもいきなり僕を殺そうなんて話にはならないと思う」
「なるほどなるほど」
「で、他に思惑があるんだとしたら、それはもう僕の想像を超えてるから想定のしようがない。となると、あとはもう単純に今までの印象から僕がトーマさんを信用するかどうかしかないわけで」
「どうなの?」
「概ねこともなし」
「……えへへ、そっか」
「!」
これは不意打ちだ。
横になってるせいで顔は見えなかったけど、急に可愛い声で嬉しそうにするなんて。
そう、今まで言わなかったけどトーマさんは声も綺麗なのだ。
その声であの野郎だのヤリチンだのと不適切な適切表現を連呼して毒づいたりするからあまり気にならないだけで。
と言うか、僕の言い分に何か喜んでもらえる要素があっただろうか。
それが分からないのも予想外だった理由のひとつだ。
僕はたぶん赤くなってる顔をなるべく見せないように、自分もベッドに倒れ込んだ。
そんな僕と入れ替わるように、今度はトーマさんが体を起こして、こう切り出した。
「だけど打算だってあるのよ」
「どんな?」
「ずばり旅のお供。ソリの合う話し相手、欲しくってさ」
「…………。合うかは分かんないけど人と話すのは特に嫌いでもないし、お安い御用だよ」
「じゃ、手打ちってことで」
トーマさんが右手を伸ばして来たので、僕は軽めに握った。すると彼女は強く握り返し、かと思えば勢い良く引っ張って、僕は半強制的に起こされてしまった。
お陰で握手した格好のままトーマさんと向き合う羽目になり、まだ顔の熱が引いてないので少し恥ずかしかった。
僕の顔色に気がついたのかどうか分からないけど、トーマさんはにっこり笑ってみせた。
「よろしく」
「……こちらこそよろしく」
こうして、なんだかしてやられた気分を抱えたまま、僕の異世界生活初日は終わった。
ちなみにここから色っぽい展開を期待する人もいるかも知れないけど、そんなものはない。
少しばかりどぎまぎしたからと言って、すぐに惚れた腫れただのやれおせっせだのと即物的になれるほど僕は溜め込んでいないし、トーマさんとどうにかなりたいとも思わないから。
そんなわけで、僕達はそれぞれのベッドで普通に就寝する運びとなった。
「そういえばトーマさん」
「んー?」
「協力者ってどんな人達なの?」
「世間一般で言うところの魔王と、その配下の四天王」
「あ、はい」
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