NO8 退屈嫌いの貴婦人

「館長。――…そういえば、あの子は何処から連れてきたのかしら?」

 和装の女性は、目の前にいる仮面のせいで表情の読めない男性に狙いを定め、暇を持て余して制作した紙飛行機を投げつけながら話しかける。


「それはドレシア君にとって何か有益な情報になるのか?」


「単なる興味本位ですが、場合によっては有益な情報にもなりますわ。」


「ふむ、…そうか。――…では、彼女食材を採ってきた場所からでも話そう。」


そう言うと、館長と呼ばれた男は妙に赤と黒が入り混じった紅茶をごくりと一口だけ飲み、咳払いをしたあと再び口を開いた。




              ***




レンガで作られた家々が佇む洒落た街並み。

昼間はあちらこちらで素敵なメロディが奏でられており、多種多様のお店や芸術作品が飾られている。

そして、その街は言うまでもなく少女が住んでい“た“ゴーストタウンよりも遥かに賑わいがあった。




「うわぁ…なにこれ…向こうまで建物も何も見えない!!見てみて、ほんとに

すごいよ!此処、向こうまで何も見えないし!」


見慣れない新しい景色と、初めて見た“海“という存在に目を輝かせながら、今にも踊りだしそうな程気分が上がっていた。



「ふふ、そんなに此処の景色が気に入ってくれたの?君さっきの…―――ううん、何でもない。君が満足するまでの間、僕は君の観察でもしていようかな。」


少年は、この街の配達屋として有名で、その活発な姿のおかげで知らない人とでも直ぐ話が弾むほどが多い。

そんな最中で、昨日隣街に手紙を届けに行った夕暮れの帰り道に、傷だらけの少女を大男が小屋へ連れ込もうとしているところを、自身の正義感に感化されて横取りしてきたのだ。



「え!?わ、私の観察なんてしないでよ!!虫さんじゃないんだから〜!!」


きゃっきゃと楽しそうな声を上げる少女に、周囲にいる人は“仲睦まじい兄妹だねぇ…“と言いながら過ぎ去っていく。それを聞くと、段々恥ずかしくなってきたのか、少年少女は大人しい子犬のように縮こまってしまった。



少しすると、少年はちらりと少女の顔を覗き込む。


「…そういえばずっと聞きたかった事があるんだけど、君の名前って何ていうの?」


「ん?あ、えっと…私の名前?…少年には特別に教えてあげる、私の名前はノア!改めてよろしくね!」

 少女は昨日の出来事さえ忘れきったような清々しい表情で、けろっと笑って見せた。昨夜の彼女を知っている少年には、その笑顔が一瞬の救いに思えた。


「ノアっていうんだ!僕はクラージュ、こちらこそよろしく!」

 その後の二人は、互いの出会いの感謝する様に手を握りながら挨拶を交わした。


               ***


「――…思っていたよりも退屈な程に序章の長い話ね。それで、どうやって館長はその“ノア“って少女を連れてきたのかしら?」

 ドレシアは退屈が嫌いだ。

 その為、退屈な場に侵されると爪をがりがりと噛む癖がある為、黒の花柄の洒落た手袋をはめている。


「君もニンゲンのように随分と急かすのが好きなようだね。…だが良いさ、それなら又今度この話の続きでもしよう。それに、…――」

 館長は雲に隠されて見えなくなった月を見やると、深夜であるというのに奇妙な程人々の笑い声が聞こえ始めた。


その声は段々と大きくなってくる。


そして、その笑い声はいつしか咽び泣く嗚咽へと変化していた。


「…来ましたか。」


「…そのようだね。“作品にはお手を触れぬようにお願いします。“といった所で言うことを聞かない輩は追い払うようにと言ったんだが…。」

 館長は塩を口に含ませたような表情を浮かべ、窓からドレシアへ視線を移す。


「?…私は何も悪くないですよ。館長が始めた物語ですから、最期まで一人で責任を担って下さい。…それでは。」


それだけ言い残すと、面倒事に巻き込まれると予測したドレシアはそそくさと部屋から撤退してしまった。


「相変わらず勘の鋭い女性だ。――…しかし、何れにしても大事な客であることは違いない。大事な“家族ペット“の食事だ。…紳士に対応せねば。」


よいしょ、言いながら立ち上がる。

その後机上に一瞬だけ手を滑らせた館長の手には、彫刻刀とパレットナイフが握られていた。

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