青い夢

青いひつじ

第1話


私は今夢を見ている。それは青い夢だ。


もう少し詳しく話すと、初めてその夢を見た時、わたしの目の前に小さな水たまりがあった。

そしてどうゆうわけか、私はそれをかき消すように足でバシャバシャと踏み潰していた。というところで目が覚めて、いつもの生活へと戻っていった。




次にその夢を見た時には、水たまりは3倍ほどの大きさになっていた。

夢の中の私は、とても感情的だった。

その水たまりをなくすかのように、手と足で水をかき消した。

すると水はスルスルと何もなかったかのように消えていった。




3回目にその夢を見た時、なんと小さかった水たまりが鯉の池ほど大きくなっていた。


「なんだこれは」


不思議に思い、池の周りを一周し観察した。

なんの変哲もないただの池だったが青かった。

しばらく泳いでいる鯉を眺めていると、杖をつく音が聞こえた。

振り向くと、白い髭の老人がこっちに向かって立っていた。

耳を澄ますと何か言っている。


「‥‥くのじゃ」


聞こえなかったので、私はよく耳を澄ました。

老人は「栓を抜くのじゃ」と言っていた。

池の中を覗くと、お風呂の栓のように池の底に黒い蓋がついていた。老人はこの栓を抜けと言っているのだ。

しかし私は言葉を無視して、無言でその場から立ち去った。




4回目にその夢を見た時、池は学校のプールほどの大きさになっていた。

懐かしいなと思い、私は靴下を脱ぎバシャバシャと足をプールに浸けた。

塩素の匂いが、私にまとわりついた。


浸かりながらボーッとしていると、水面にひとつの影が見えた。隣を見るとあの老人が立っていた。


「きみ、あそこに栓があるのが見えるかね」


また栓を抜けというのか。私は少し冷たく応答した。


「はい、見えますが、それがなにか」


「あの栓を抜いてくれんかね」


「どうして私にそんなことを言うのですか。

このプールは広いけれどそんなに深くはない、ご自身で抜かれてはいかがですか」


「わたしではだめだ。きみが抜がないと意味がない」


「しつこいですよ。私は水が得意ではありませんので。失礼致します」


私がそう言い放ちその場を立ち去ったところで夢が終わった。





もう何回目のこの夢か分からないが、湖ほどの大きさになった。

私が魚釣りをしているところから夢が始まった。

隣にはすでに例の老人が座っており、一緒に釣りをしていた。



「水は美しいね。水は生物を潤してくれる」


「はい、そうですね。私もそう思います」


「しかし水は怖いものでもあるね。水は溢れると街をも人をも何もかもを飲み込んでしまう。この湖も同じさ。あと少しすれば膨らんで大変なことになる」


「それもそうですね。そう思います」


「そうかな。きみはほんとうの恐ろしさを分かっていないよ」


「あなたに私の何が分かるというのですか」


「分かるとも。この湖を見れば。だからなるべく早く栓を抜いて水を流す必要がある」


「以前もお伝えしましたが、私は水が苦手で、、、」


気づくと、老人の姿はなかった。






きっともう30回はこの夢を見ている。

しかし今回は訳が違った。

湖は青い大きな海になり、なぜか私は今溺れそうになっていた。

その海は激しく波打ち、私は水面から顔を出すのもやっとである。


遠目に、陸地から手を振る老人の姿が見える。

よく見るとこちらに向かって何か叫んでいる。



「そんなところで手を振ってないで、誰か呼んできてくださゴボボボボ」


口いっぱいに水が入ってくる。


「栓を抜くのじゃ!」

こんな時にまだ栓の話をするかあの爺さんは。


私の体力はもう限界だった。

そして少しずつ青い海に沈んでいった。





夢が終わり目が覚めると、なんだか体が重かった。

私は今日からの4連休、京都の北の方にある実家へと帰ることにした。


電車をふたつ乗り換えて、到着した頃にはすっかり日が暮れ晩御飯の時間だった。

玄関を開けると、廊下の奥の方からごま油の匂いがお出迎えをしてくれた。



「ただいま」



「おかえりなさい。晩御飯できとるよ、烏龍茶か水どっちがいい」



「烏龍茶で」


居酒屋で注文するようにそう言って、荷物を下ろした。

机には、大皿がどかんと置かれており、いっぱいの餃子が並んでいた。



「あんたが大好きな餃子、いっぱいあるから好きなだけ食べな」



私は母の作る餃子が世界で1番好きだった。

悲しいことがあった日の食卓には必ず餃子が並んでおり、昔は母をエスパーだと思っていた。


テレビの見える位置に座り、それを一口かじった。

するとどういうわけか、涙が止まらなかった。



母は呆れた顔で「あんま無理せんでね」とつぶやいた。


私はその夜早めにお風呂に入り、温まった体のまま眠りについた。


その日以降、青い夢を見ることはなかった。




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