第66話 ジロ・デ・イタリアとツール・ド・ハンガリー①

「憲二だったら、逃げてもらって、そうすればプロトンの牽引に加わらなくて良いからな。まあ、逃げれなくても、憲二に牽引に加わってもらってな」


「ああ」


「逆に、カズオミだったら、プロトンの牽引に加わってもらって、まあ、カズ先輩の代役だな。どちらでも問題ないさ」


「そうだな」


 良かった~、山賀の中では、僕はオリンピックに出るのが大前提のようだった。


「まあ、憲二とカズオミのコンビだったら、どちらでも可能だから。この組み合わせでも良いんだがな」


「えっ!」


 山賀の言葉に僕は戦慄する。


「冗談だよ。やはり最終アシストはノブしかいないよ」


「本当か?」


「ああ」


 良かった~。大丈夫だよね?



 こうして、オリンピックに向けての合宿は終わり、憲二と、栗谷先輩、そして、伊勢や、平田はジロ・デ・イタリアに出場する為に、移動して行ったのだった。



 ジロ・デ・イタリアの開幕地はサルディーニャ島だった。



 そして、合宿前のベルギーでのことだった。


「合宿終わったらどうする? バカンスか?」


「いやっ、バカンスはまた、ブエルタの時期にしようかと、リナも仕事だし」


「そうか」


「シンは、どうするんだ?」


「ん? ちょっとは休もうかと。まあ、ジロがサルディーニャ島開幕だから。それをちょっと見るかな」


「そうか、僕も行こうかな〜」


「ん? それも良いな」


「じゃあ、合宿終わったら2人で行くか」


「おう」


 というわけだった。まあ、でも、今年はジロ・デ・イタリアに出ない代わりに、ツール・ド・ハンガリーに出る予定なので、そこまで長い休みではなかった。


 少し休んでトレーニングして、ツール・ド・ハンガリー出て、ちょっと休んでトレーニングして、ツール・ド・スイス出て、ちょっと休んでトレーニングして、ツール・ド・フランスで、その後すぐにオリンピックという感じだった。





 僕達は、コモ湖での日本代表合宿が終わると、移動して、アルゲーロ・フェルティリア空港に降り立った。


 コモ湖近くの空港から直行便で1時間ちょっと。イタリアのサルディーニャ島に到着したのだった。



 今年のジロ・デ・イタリアの開幕地に選ばれたアルゲーロは、サルデーニャ島の北西部に位置する人口4万人の小さな町だそうだ。


 長らくカタルーニャ王国の支配下にあったため、町ではカタルーニャ語の方言が公用語の一つにとして認識されているそうで、現在でも20%以上の市民がアルゲーロ訛りのカタルーニャ語を第1言語として使用しているそうだ。なので、町の旗もカタルーニャ州旗と同じ黄色と赤色のストライプ。



「しかし、暑いよな」


「だね~」


 ジロ・デ・イタリアでは、山の上で雪が降ったりするのに、5月だというのに30℃だった。まあ、湿度がないので、蒸し暑くはないけど。



 そして、ここアルゲーロは、夏のバカンスシーズンに向けて絶賛売り出し中だそうだが、外資系の大型ホテルは進出しておらず、イタリア本土のリゾート地と比べるとまだまだこじんまりとした田舎町という印象だった。


 さらに、ジロ・デ・イタリアにおいてだが、アルゲーロの町だけではキャパシティが足りておらず、出場チームの多くは40〜50km離れた町のホテルに散らばったそうだった。



「で、これは、何なんだよ?」


「ん? ゲストハウスだが」


 そう、僕達は、アルゲーロの街中の大きな一軒家にいた。確かにアルゲーロの街中は、ジロ・デ・イタリアの為に、ホテルは尽く満室となっているそうだった。


「ゲストハウスって、こんなでかい屋敷がか?」


「ああ」


「それで、彼らは誰だ?」


「誰だって、シェフとバトラーだが」


「シェフとバトラー……」


「どうした?」


「いやっ、お金持ちって怖いな〜って」


「ん?」


 そう、山賀は、ゲストハウスに宿泊し、シェフに料理を作ってもらい、バトラーに身の回りの世話をしてもらうようだ。


「せっかくサルディーニャ島来たんだ、サルディーニャの食べ物が……」


「大丈夫だ。シェフもバトラーもサルディーニャ島の人だからな」


「へ〜」


 もう。旅って、地元のホテルに泊まり、街をぶらつき、こう地元のレストラン入って食べるのが醍醐味なのにさ。分かってないよ、山賀は。



 まあ、それは、良いとして、ジロ・デ・イタリアが始まる。



「うわ~、前前前!」


「煩いな~」


「だって、こんな細い道を飛ばすなよ」


「だって、間に合わないだろ?」


「まあ、そうだけど。って、おいっ、対向車!」


「大丈夫だよ。煩いな~」


 そう、山賀は、ジロ・デ・イタリア第1ステージスタート後、ゴールシーンも見ようと、車を走らせているのだった。


 ただ、その運転は、WRCさながらだった。まあ、あのダウンヒルで路面状況を把握する山賀の、その動体視力は尋常じゃないだろうし、運転技術も確かなのだろうが。このスピードはやめてほしい。


「うわ~」


「煩いな~」



 ジロ・デ・イタリア第1ステージは、サルデーニャ島を時計回りに半周する206km。


 残り21km地点の4級山岳サンパンタレオ(全長3.2km/平均5.6%/最大12%)を含めて合計3つの4級山岳が設定されているが、スプリンターが脱落してしまうような難易度ではなさそうだった。ドメーヌさんが有利だろう。


 そして、僕達は見事にショートカットに成功して、ゴール地点でスプリント争いを見るはずだった。



「これは、逃げ切りだな」


「まあ〜、そうだよね~」


 僕達は、ゴール地点のモニターを見つつ、そう言っていた。


 そう、ゴール手前2kmほどでスプリンター達の争いが始まり、プロトンは長く伸び始めた。そして、リードアウトトレインを牽引していたはずの選手だけが1人なぜか抜け出して独走していた。


 プロトンはそのTTスペシャリストに追いつけなさそうだった。そして、そのままゴール。


 プロトンも、そのすぐ後方で、ピュアスプリンター達による、スプリント争いが、展開されたが、こういう時のドメーヌさんはそのてんで駄目だった。ハレブ・オエンさんや、カレブレフさんに遅れをとり、結局6位に終わったのだった。



「やっぱり、シンがいないと駄目だな」


「いやっ、ドメーヌさんのやる気の問題でしょ」


「そうか? そうかもな」


 僕達は見つけたドメーヌさんが、ふらっと寄ってきて山賀とこんな会話がなされたのだった。


 これは、フランス語だったから、ちゃんと分かったよ。



 その後表彰式が終わると、僕達は、ゴール地点だったオルビアの街に入る。そして、そこにもゲストハウスが用意されて昨日のシェフの方と、バトラーさんが準備をしてくれていた。


 だから、違うんだって〜。



 タルトゥフォ・ディ・マーレと呼ばれる貝。これを生で食べる。


 さらに、クスクスのようなショートパスタ、フレーゴラ。これを海老やムール貝などの魚介と合わせて、ミネストローネのようにスープ多めで食べる。


 さらに、アラゴスタの蒸し焼き。まあ、要するに伊勢海老だった。


 そして、メインは仔豚の丸焼きに。


 デザートで、セラゴス。揚げたパイ生地の中にチーズが入って、それに蜂蜜をかけて食べる。


 さらに、料理に合わせるのはサルディーニャ産のワイン。サルディーニャ島の土着品種カリニャーノ種の赤ワインに、サルディーニャ島唯一のDOCGの白ワイン。ぶどうの品種は、ヴェルメンティーノ。


 そう、美味しくて大満足なのだけど、違うんだって〜。



「おいっ、起きろ。行くぞ!」


「リナ〜、もう少し寝かせてよ~」


「誰がリナだ! 起きろ!」


「うわっ!」


 ふぅわ〜。眠い。そう、僕は食事後、1人街中に出かけて、飲み歩いてたのだった。結構遅くまでお店がやっていたので、立ち飲みのバールを巡っていたのだ。お店が閉まったのが朝4時。で、今、何時?


「11時だ。充分寝ただろ? ノブは、朝食抜きだからな」


「ああ、お腹いっぱいだから大丈夫だよ」


 今日のスタート時間は12:00。まだ1時間ある。まあ、スタート地点は観衆でいっぱいだろうけど、僕らは、VIPセクションに入るから大丈夫だ。


「まあ、良い。早く行くぞ」


「は〜い」



 そして、ジロ・デ・イタリア第2ステージスタートを見送ると、再び車移動を開始。今回は、海沿いの大きな道を走るので、WRCレースのようにならずにすんだ。昨日はレースがサルディーニャ島の北の海岸沿いのレースで、今日は選手達は、サルディーニャ島の東側の内陸を走って、僕達は東側の海岸沿いを走ってショートカットするのだった。


 今日の第2ステージは、内陸を進むためある程度標高のあるアップダウンが続くし、距離も長い。中級山岳ステージに分類されており、この日の集団スプリントに残るためには登坂力がある程度欠かせない。そして、残り47km地点の2級山岳ジェンナ・シラーナは平均勾配こそ3.2%と緩めだが、登坂距離が19.6kmに達する長い登りだった。


「ドメーヌさんには、きついかな~?」


「だね」


「だけど、他のスプリンターは残ってくるかもだぞ」


「そうかもね」



 そして、ゴール地点。カレブレフさんが、勝利。ハレブ・オエンさんや、ドメーヌさんは、やや遅れ、先頭での集団スプリントには参戦出来なかったのだった。むしろ、ジェレミーが上位でゴールしたのだった。


「う〜ん、残念」


「まあ、後1日ある。そこでの活躍に期待しようぜ」


「だね」


 そう、サルディーニャ島でのレースは、明日で最終日だった。その後は、イタリア本土でレースは続く。だけど、僕達はそこまで休んでられない。トレーニング再開して、ツール・ド・ハンガリーに備えないといけない。


 僕は、観衆に囲まれてサイン攻勢にあっている山賀を見る。まあ、白いTシャツにベージュのジャケットに黒のジーンズというラフな格好の山賀だが、とりあえず目立つのだ。



 その後、僕達はさらに移動。第3ステージのゴールにして、サルディーニャ州の州都カリアリにやってきたのだった。


 そして、その第3ステージ、ドメーヌさんが、いよいよ勝利したのだった。


 その後、ドメーヌさんはステージ3勝をあげて、再びマリア・チクラミーノを獲得したのだった。さすが、ドメーヌさん。これで、3年連続マリア・チクラミーノだった。



 その第3ステージは、ほぼ平坦でしかもおよそ150kmと短めだった。だが、ゴール手前20kmで、激しいバトルが勃発する。


「横風だな」


「えっ?」


 山賀がそう言った瞬間だった、突如、プロトンがスピードを上げる。その後方では、キョロキョロ周囲を見回したり、慌てて無線をいじる選手達。その中、黙々とスピードアップをする、ウルフバックストップの選手達。だが、そのすぐ背後にはフェリーニホテルズの選手達がいて、同じくスピードアップ。さらに先頭交代に加わり、後方を引き離していく。


「ドメーヌさん行け〜!」


 ドメーヌさんが入った10名の先頭グループに、ハレブ・オエンさんや、カレブレフさんの入った追走グループ50名の追いかけっこが始まった。



「おっ、来たな」


 僕達はゴール地点からコースを見る。ゴール手前は長い直線だった。選手達の姿が徐々に大きくなっていく。先頭は、カザメルスキーさん、そしてジェレミーに、さらに、ドメーヌさん。ジェレミーもスピードを落とさずに、駆け抜ける。


 そして、


「勝者は、フェリーニホテルズドメーヌ〜」

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