第67話 ジロ・デ・イタリアとツール・ド・ハンガリー②
ジロ・デ・イタリアでのドメーヌさんの勝利を見届けると、僕達は、サルディーニャ島でちょっとのんびりすると、マルセイユへと戻ったのだった。
マルセイユの空港へは、リナが迎えに来てくれていた。そのまま、フェリーニホテルズロードレースチームの拠点施設に向かう。
リナは仕事に戻り、僕達はマッサーのヨシさんから、メンテナンスを受ける。結構、移動でダメージを受けているのだそうだ。
で、夜は山賀と別れ、リナとの愛の巣へと戻る。
「愛の巣って……。まあ、良いや」
まあ、山賀はこう言っていたけどね。
あっ、そう言えば、マルセイユに借りた山賀との家を山賀はそのまま僕達に譲ってくれて、自分は新しい家を借りて、引っ越していった。
まあ、リナとの話はおいといて、トレーニング再開。トレーナーさんと共に、身体のトレーニングにコンディショニング。
そして、コーチの指導もありながら、ロードバイクで走り、仕上げていくのだった。もちろんシーズン中なので、過度なトレーニングはしない……。多分。
そう、山賀のトレーニングは結構ハードなのだ。筋トレや体幹トレして、さらにロードバイクで走って、激坂アタックの練習。
まあ、これも山賀の脅威の回復力があればこそ、だからだそうだ。他の人が真似すれば壊れてしまうよ。って、ヨシさんも言っていた。
そして、ツール・ド・ハンガリーが始まる。ジロ・デ・イタリアの熱戦中だが、5日間のツール・ド・ハンガリーが開幕した。
ブエルタ・ア・エスパーニャよりも10年早い1925年に初開催された歴史ある大会だが、約30年もの休止期間を経て2015年から本格的に再開されたレース。
今年のツール・ド・ハンガリーの舞台となるのは首都ブタペストと130kmほど南西に位置するバラトン湖の間に広がる丘陵地帯だった。
前回大会で総合優勝した選手が、ジロ・デ・イタリアに出場するなか、スタート地点にはプロレースにもかかわらず、プロチームに加え、11のワールドチームが集結したのだった。
そして、スプリンターのためのステージレースとも呼ばれ、チームインコスのベルニーニさん、ウルフバックストップのミケルセンさん、ブルーディスティニーのホルネウーフェンさんといった、トップクラスのスプリンターが集っていた。
我がフェリーニホテルズロードレースチームも、ジロ・デ・イタリアに参戦中のドメーヌさんに代わって、ヴィクトールがエースを担うのだった。
「ベルニーニさんに、ミケルセンさんに、ホルネウーフェンさんか〜。ドメーヌさんに匹敵するスプリンター。俺で、どこまでやれるか……」
「何を言ってんだよ。ヴィクトールは、ドメーヌさんにも匹敵するスプリンターだよ」
「いやっ、さすがにそれは、言い過ぎなんじゃ……」
わちゃわちゃと話していたフェリーニホテルズの選手達の視線が、山賀に集中する。
「まあ、やりようによっては、勝てるさ」
「そうだな」
「頑張ろうぜ」
「さあ、やるか」
また、わちゃわちゃと話し始めたのだった。
今回のフェリーニホテルズのメンバーは、僕と山賀にヴィクトール。さらに、レオンにトマにトマス、そして、フランクさんというメンバーだった。
レオン、フランクさん、トマスが平坦などの牽引役。トマ、山賀がヴィクトールのリードアウトトレイン。で、僕は山賀のアシストという感じだった。
で、問題はトマだった。同じ国出身の黒人で実績を出している若手が出てきて焦ってもいた。
「ジルミイの事があるから、情けないよ~」
「そうか、頑張ってね」
なぜか、僕の近くにいて僕に話しかけてくる。
「あれじゃないか。ノブもなんの実績もない仲間だと思ってんじゃないか?」
「えっ、それはさすがにないでしょ?」
「わかんないけどな」
山賀に言われて、僕はショックを受ける。確かに、僕もそんなにレースで勝ってはいないけど。全日本チャンピオンになってるし、アシストとしては結構な評価受けてんだよ。プンプン。
まあ、それも良いとして。リードアウトトレインの最終リードアウトとしては不安だった。
「トマスの代わりに、スプリンターがもう1人いても良いかもな」
「だよね」
そう、トマじゃなくてルーラーのトマスの代わりに、スプリンターがいても良いんじゃないか? ということだ。ややこしい。
本当は伝統的にスプリンターが強いウルフバックストップのようにスプリンターが多くいれば良いのだけど、フェリーニホテルズはそういうチームではない。
なので、チーム内でやりくりするにしても、ドメーヌさんを主力としてジロ・デ・イタリアに出ている以上、無理なのだ。
というわけで、第1ステージが始まる。
16世紀までハンガリー王国の王宮がおかれたセーケシュフェヘールバールを出発する。
初日は、途中で46kmコースを3周しながらチャークヴァールに向かう197km。
周回コースには3級山岳が組み込まれているものの、距離1.6km/平均6.1%とスプリンターを退ける難易度ではないと思われた。
だけど、その最後の3級山岳で山賀がアタック。フェリーニホテルズは、山賀から指示が出ていたので、前方に集結していたので、その後ろに続く。
そのまま、山賀達、リードアウトトレインのメンバーが、猛スピードでダウンヒルして行くと、僕は隊列を離れ、後方の集団へと下がりつつ、ちょっと後方集団の邪魔をする。
山賀を先頭にフェリーニホテルズのリードアウトトレインが先頭を爆走する。その後方では、チームインコスと、チームジャンボディズムが、チームの混乱を収拾させつつ、リードアウトトレインを組み、追いかけていた。
そして、ラスト1kmを過ぎて、チームインコスや、チームジャンボディズムのトレインが、並びかけてくると、山賀が隊列を離れ下がる。
すると、トマが先頭に立ち、ただがむしゃらに進む。番手にはヴィクトールが万全の体制で突き進む。
ゴールまで300mトマのスピードが落ち、チームインコスと、ジャンボディズムが追い上げると、ヴィクトールがトマの背後から飛び出し、全力スプリントを開始する。
そして、ゴール手前で、チームインコスのエーススプリンター、ベルニーニさんと、チームジャンボディズムのエーススプリンター、そして、ヴィクトールの3人がハンドルを前方に投げ出して並ぶようにゴールする。
すると、3人の真ん中で会心のガッツポーズをしたのは、ヴィクトールだった。
「よっし」
ゴール後、会心の勝利に、チームメイト同士で抱き合う。ヴィクトールに、トマに、そして、遅れて戻ってきた僕に、レオンに、フランクさんにトマス。そして、実は最後までスプリント勝負に加わっていた山賀も、こういう時はちゃんとその輪の中にいたのだった。
「やったな、シン」
「ああ。まあ、ヴィクトールのスプリント開始がちょっと早い気もしたけど、まあ、トマのトップスピードが落ちてきてたから、仕方ないか」
「まあね。でも、それよりも会心の作戦だったな」
「ん? まあな。まあ、ベルニーニさんは良いとして、ドメーヌさんに匹敵するスプリンターになっている、ミケルセンさんや、ホルネウーフェンさんはきついかなって思ってな」
「そっか」
そう山賀は登り坂でアタックする事によって、身体の大きなピュアスプリンターを切り離し、見事成功させたのだった。
「まあ、明日からは本当に、アップダウンがないからな~。本当のガチンコ勝負だろうな」
「そうだね」
「明日は、横風分断作戦も考えたんだけどな」
「えっ?」
そして、翌日、山賀の言葉通り、カルツァグから国内最大級のスパ施設があるハイドゥーソボスローに向かう192kmの、プスタと呼ばれる木々のないハンガリー平原を走る、起伏の一切ないド平坦コースで、横風分断作戦が実行されたのだった。
残り50km、強い横風の中、レオンが最後の力を振り絞って加速すると、その後は、フランクさんと、トマスが先頭牽引を開始する。
しかし、
「駄目だな。ピュアスプリンターは、全員トップグループに残った」
という山賀の無線で、フランクさんとトマスは牽引を中止、ブランクさんのみが、先頭交代に残る。
そして、ゴール前。エーススプリンター達のガチンコ勝負が始まった。
人数の多いリードアウトトレインを持つ、ウルフバックストップが、山賀のスプリント開始よりも早くリードアウトトレインを組みスプリントを開始する。
そして、チームインコス、そして、ブルーディスティニーも負けずにリードアウトトレインを組むと、スピードアップ。
こうなると、フェリーニホテルズはやや不利。山賀は、ウルフバックストップのリードアウトトレインの後方に必死に喰らいつきその後ろにトマ、そして、ヴィクトールと続く。
そして、フラムルージュを過ぎて、人数を減らした他チームのリードアウトトレインの中、山賀はまだ1人で牽引する。トマや、ヴィクトールをベストの位置で解き放つ為だった。
そして、残り600m山賀が離れ、トマがスピードアップ。一時的に、ウルフバックストップ、チームインコス、ブルーディスティニーに並びかける。が、じりっじりっと遅れていく。
そして、ゴール手前200m。それぞれのエーススプリンターが解き放たれると、勝負はやはり、因縁のあるミケルセンさんと、ホルネウーフェンさんの対決となった。
巨体を左右にハイスピードで揺らしながら、圧倒的なスピードで進む2人。そして、僅かな差でミケルセンさんが勝つ。2位にホルネウーフェンさん、で3位にヴィクトールだった。だが、2人の対決には絡めずだった。残念。
そして、3日目にミケルセンさんが連勝するが、4日目にホルネウーフェンさんがリベンジ。こうして、スプリンター対決は、ミケルセンさん2勝、ヴィクトールとホルネウーフェンさんが1勝ずつとなったのだった。
そして、最終日。山岳決戦が行われたのだった。
最終日は、ツール・ド・ハンガリー唯一の山岳ステージ。スタート直後から1級山岳が現れると、コース真ん中の2級山岳を越え、最後は1級山岳ジェンジェジュ・キーケシュテトゥの山頂でフィニッシュを迎えるという、距離184km、獲得標高差2,751mのコースだった。
レースがスタートすると、7名が集団を作って逃げを打つ。
プロトンでは、総合優勝を狙う、チームインコスや、ボル・ホースグロバリー。ステージ優勝を狙うフェリーニホテルズなどのチームが協力して牽引する。
すると、プロトンは、最終1級山岳ジェンジェジュ・キーケシュテトゥ(距離12.1km/平均5.6%)の直前で逃げを吸収する。
残り3km地点までは勾配4%前後の傾斜面が続くため、集団は大きな動きもなく淡々と登坂していくこととなった。
その残り3km。チームインコスが一気にスピードアップ。ライバルチームのアシストを次々と振り落としながら走ると、プロトンは急速に小さくなった。フェリーニホテルズも、僕と山賀のみになる。
そして、残り2km。さらに勾配がきつくなると、チームインコスのエースが飛び出し、各チームのエースクライマーたちを引き離していく。それを追う集団は協力体制が整わず、決め手に欠く散発的なアタックが繰り返される。
そして残り1km地点。さらに傾斜がきつくなり10%を越えて、追走グループのスピードがさらに落ちた瞬間だった。僕の背後から山賀が飛び出す。先頭との差は、100mほどだった。
だが、山賀にとって、急勾配での100mの差は無いに等しかった。相手はクライマー。残り300mで一気に抜くと、さらに差を広げてゴールする。こうして、最終ステージはゴールで小さくガッツポーズした山賀の勝利に終わる。
ちなみに、山賀は、前日メカトラで遅れたので、総合優勝はステージ2位に入ったチームインコスの選手となったのだった。
こうして、ツール・ド・ハンガリーが終わり、舞台は、ツール・ド・フランス前哨戦へとうつっていった。
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