第65話 日本代表合宿②

 僕達は、宿からバスに乗り最寄りの街にやってくる。


 コモ湖の真珠と呼ばれるベッラージョの街だった。街中には、花が咲き乱れ、石畳の狭い坂道や石段がたくさんあり、美しいコモ湖を見下ろす美しい景色が堪能出来た。



「ここで良いかな?」


 山賀はそう言いつつ、2階にテラス席があって、眺めが良さそうなレストランに入る。


 お昼の時間を少し過ぎていたが、レストランは8割方埋まっていた。


「予約してないんだけど」


「申し訳ありませんが、予約でいっぱいです」


「そう」


 山賀は、そう言うとあっさり背を向けて、お店を出ようとするが、奥から慌てて走ってくる人がいた。


「お待ちください。フェリーニホテルズロードレースチームの山賀選手ですよね?」


「そうですが」


「そうでしたか、良かった。私、あなたのファンなんですよ。ここのオーナーのヴァレンティといいます。もしよろしければ、普段ただのテラスで席を置いてないのですが、そちらに席を作りますので、そちらでランチをいかがでしょうか?」


 すると、山賀は立ち止まって、ヴァレンティさんの方に歩きつつ。


「良いんですか?」


「はい、もちろんです」


「じゃあ、お願いします」


「かしこまりました。では、こちらで少々お待ちください」


 ヴァレンティさんは、店の中に僕達を案内し、待合席に座らせると、何やら指示しつつ、奥に向かって行った。


 これらの会話は、もちろんイタリア語だった。イタリア語は、山賀も日常会話が出来る程度だった。僕達は、良く分かっていなかった。なので、山賀が後で教えてくれた感じがこうだったのだ。



 僕達は、その後案内されて、席につく。


「凄いです〜」


「ああ、良い景色だな」


 菜々香ちゃんと、山賀が言うように素晴らしい景色だった。


 眼下には、コモ湖の美しい湖面が見え、左右に視線を動かすと、綺麗な家がところどころにある湖畔が延々と見える。テラスから覗き見ると、石畳の坂と美しい建物の見えるベッラージョの街が見えた。そして、視線をあげると、コモ湖の向こうには、白い尖峰のアルプスの山々が見える。



 僕達は、その絶景のテラス席でランチを食べる。


「明日からは、3人一組で練習だったっけ?」


「ああ」


 そう、明日からは3人一組でオリンピックに向けての選考を兼ねたトレーニングをするのだ。組み合わせは言われてないけど。


「俺は、西森と走るかな~」


「えっ?」


「わ〜い、やった~」


 山賀の発言に僕達が驚いていると。


「だって、西森の女子レースだって距離こそ違うものの、似たようなコースだろ?」


「まあ、そうだが。だけど、シンの相棒決めだろ? 本人いないとまずいんじゃないか?」


「まあ、そうだけど、3人一組で走るなら1人余るだろ。だけど外れるとしたら、タイムトライアルに出るかもしれないカズ先輩か、純粋なスプリンターのハヤトか、俺かだろ」


「そうですね」


 と憲二。本当に分かってんのか?


「だとしたら、平坦では最強のアシストのカズ先輩や、うまくアップダウン越えたら、最後の平坦スプリントで勝負出来るハヤトの走りは見ておきたいと思うんだよな。比較対象として」


「そうか、そうだな」


 栗谷先輩は、腕を組み目を閉じて考えつつ、返事を返す。


「だったら、お荷物になりそうな、ハヤトと、山田さんに草野さんを他の6人がちゃんと運べるかを見る感じになるんじゃないか?」


「お荷物って」


 僕は思わず、そう言う。


「俺だってノブに運んでもらわないとお荷物だよ。まあ、もちろん最後は、仕事しますけど」


「確かに」


 憲二が、納得したように頷く。


「まあ、そう言われればそうか」


 僕は頭の中で考える。残りの6人。栗谷先輩に、僕、憲二に、伊勢、そして、浅井さんに、小海さんがどうアシストするかを見るのか〜。



 その後も、あーでもないこーでもないと議論しつつ、軽くワイン飲みながら食べ物をつまむ。


 ランチのメニューは、仔牛のカルパッチョサラダ仕立てに、コモ湖周辺で良く食べられるそば粉のパスタ。そして、コモ湖でとれる魚のグリルに、リゾットという感じだった。ああ、デザートは、ティラミスだった。


 そして、デザートを食べていると、さっきのオーナーさんのヴァレンティさんがやってくる。


「お味は、いかがでしたでしょうか?」


「とても美味しかったです。ご馳走さまでした」


 山賀がイタリア語で返事をする。あれっ、確か、チーム西京の拠点はイタリアミラノだった。平田も喋れるんじゃ~?


 と、思ったが、本人、まだまだ良くわからないそうだった。まだ、伊勢の方が話せるようだった。


「それは、良かったです。で、申し訳ないのですが……、山賀選手、サインして頂けないでしょうか」


 そう言って、ヴァレンティさんは、後ろからフェリーニホテルズロードレースチームのレプリカユニフォームを出す。


「ああ、良いですよ」


 山賀は、気楽にそう言って、サインする。


「私は〜、私は〜?」


 菜々香ちゃんがそう言うと、ヴァレンティさんは、はっ、としたように驚き、慌ててどこかに駆けて行くと。


「signorina西森、申し訳ありません。このような物しかありませんで」


 ヴァレンティさんは、普通のサイクルウェアを菜々香ちゃんに渡す。


「は〜い。あっ、でも、私の事は、signora山賀って呼んでください」


「はあ」


「誰が、signora山賀だ!」


「痛った〜い」


 菜々香ちゃんが、山賀にチョップされて、涙目になる。


 signorinaはイタリア語で未婚女性を表すミス。signoraは、既婚女性を表すミセスのことだった。まあ、そうなるよね。



「いや~、イル・ロンバルディアでの、激坂アタックからの、命知らずのダウンヒル見ていて最高でした。もう、一瞬でファンになりましたよ」


「ありがとうございます。命知らずのダウンヒルですか……」


 本人は命知らずのダウンヒルだと思っていないのだろうな~。


 山賀はサインしつつ、ユニフォームを返す。


「今年のイル・ロンバルディアでの活躍を期待しておりますよ。今年は、コモゴールですからね」


「ええ、その時また、寄らせて頂きます」





 そして、翌日から、再び練習再開となった。


 山賀は、本当に菜々香ちゃんと走りに行ってしまった。


 僕は、栗谷先輩に、平田と3人で練習開始した。しかし、走りにくい。平坦は、栗谷先輩が全力で走っても、平田は平気な顔をしてついてくる。


 しかし、少しでも坂になると、スピードが落ちる。それを遅れさせないようにアシストし、ゴールする。


「ハヤト! 坂でもペダリングは一定だ、じゃないと疲れるぞ」


「うっす」


 栗谷先輩の檄に平田は応え、坂を登る。だけど、結構登れていると思うよ、スプリンターなのにさ。まあ、やはり山賀とは違う。当たり前だけど。



 それを午前、午後で組み合わせ変えつつ、およそ100kmずつ走る。午前と午後、そして3日間のトレーニングで、6組の組み合わせで走行したのだった。


 正直、走りやすい組み合わせ、走りにくい組み合わせがあった。まあ、誰がどうとかは言わないけど。でも、驚いたのは、憲二と伊勢だった。


 憲二は、予想以上に動けていた。逃げても、牽引アシストでも、坂道でのスプリントも変幻自在でこなしていた。


 そして、伊勢は、オールラウンダーというよりは、ルーラーよりに走りを変えて、アシスト選手という感じだった。栗谷先輩のように牽引して、さらに山も登れる。


 まあ、僕よりは登坂能力的には下だけどね。多分……。


 伊勢は、多少登坂能力を下げて、持久力をあげたようだった。



 そして、トレーニングが終わると、監督さんやコーチ陣は、誰をオリンピックに選ぶのか話し合いになったのだが、練習最終日の打ち上げにも出てこないで、話し合いをしていた。結局、その話し合いは、夜遅くまで続いたようだった、



 そして、最終日はミーティングのみ。


 その、最終日のミーティングだった。



「西森は、走りが安定したな。今の方がやはり良い。オリンピックコースの登坂だったら問題ないし、逃げても、競ってゴール前スプリントでも、勝負出来るだろ」


「は〜い、ありがとうございます」


 女子の方は何故か山賀が講評していて、女子チームのコーチも黙ってそれを聞いている。確かに、山賀と走り始めてから、菜々香ちゃんの走りは見違えるように良くなったそうだ。



 アルデンヌ・クラシック後、体重をもとに戻した菜々香ちゃんの売りは、類まれな持久力に独走力、さらにある程度の登坂はこなすし、スプリントも出来る。まるで、女性版ベンアールトさんに相応しい走りだった。


 そして、山賀のコーチングによって、走りが安定。無駄な動きを減らし、体力を温存させ、最後スプリント勝負にも参戦できる。


 山賀は独走力はないし、持久力もさほどない。そして、菜々香ちゃんのように重いギアを一定ペースでペダリングして、走るのは得意じゃない。


 だけど、それを後ろから見てコーチングする事は出来る。走りながら指導して、菜々香ちゃんの走りは安定したのだった。


「俺は、西森の後ろを、西森のでっかいケツを風よけにして走っていただけだけどな」


「あの、シン。それを菜々香ちゃんには言うなよな」


「ん?」


 まったく、セクハラ親父かよ。まあ、本人は、全然そういう意識ないんだろうけどな。



 そして、男子チームの講評が始まる。まあ、各自、こういうところが良かったとか、もう少しこうした方が良いとかアドバイスをしてくれていた。


 まあ、監督さんは、世界トップクラスの選手である山賀に対して、言う事じゃないけどと注釈がついて、アドバイスをしていた。山賀も、ふむふむという感じで素直に聞いていた。


 で、僕は、山賀のアシストとして特化されているが、もう少し視野を広げて、レース全体を俯瞰する事や、他の選手にも合わせることが出来ると良いとか言われた。まったく、そのとおりだろうな~。頑張ろう〜。



 そして、オリンピック選手の発表となったのだが。


「え〜と、今回のオリンピック選考だが、補欠含めて4人を選び、その4人のうち、3人で走ることになる。オリンピック直前で怪我もあるかもしれないし、調子の良し悪しもあるかも……」


 まあ、要するに4人に絞ったけど、3人を選ぶ事は出来なかったというところだろうか?



「それでは、まずは山賀真一」


「はい」


 まあ、これは最初から決まっていた。


「続いて、近藤信義」


「はい」


 よしっ、選ばれた。まあ、山賀のアシストといえば僕だからね。と言いながら、すごく不安だったんだけどね~。


「次は、伊勢一臣」


「はい」


 おっ、伊勢が選ばれた。そうか〜、伊勢か〜。後は、栗谷先輩だろうか?


「最後に、近藤憲二」


「はい」


 えっ? え〜と?


「そして、オリンピックのタイムトライアルは栗谷和也」


「はい」


 そうか〜、そう言えば、久々にタイムトライアルの出場権も確保していた。しかも、栗谷先輩がとったポイントだ。栗谷先輩が出るのが筋だろう。


「そして、女子は、ロードも、タイムトライアルも西森菜々香」


「は〜い」


 という感じだった。いよいよ、オリンピック出場に向けて……。出れるよね?

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