第64話 日本代表合宿①

「あ〜ん、悔しいです。リエージュ~バストーニュ~リエージュ負けちゃいましたよ〜」


「ふっふっふ、まだまだだな西森は。俺も負けたが、アムステルゴールドレースで勝った俺は、これでアルデンヌ・クラシック完全制覇。西森を一歩リードだ」


「うええ〜ん。ずるいですよ~」


「ハハハハハ!」


 本当に2人は仲良いよな~。ずーっと喋ってるよ。



 ここは、ベルギーのワロン地方の州都リエージュだった。ベルギー第5の都市で、古都でもある。


 で、ベルギーといえばビール。さらに、リエージュ名物のブレを食べていた。


 ブレとは、リエージュ名物の肉団子で、牛と豚の合い挽肉を玉ねぎのみじん切りに合わせ、塩胡椒で味付けし、スパイスを合わせ、よく捏ねて、肉団子に形成。それを油で焼き、ソースは、飴色になるまで炒めた玉ねぎに、赤ワインビネガーと、ビール、そしてシロップを加え熱を通し、肉団子と合わせる。こんな感じの料理だった。


 そして、ここリエージュのビールは色んな種類のビールがあった。


 店員さんによるとアビイビールは、修道院で作られるビールで、高いアルコールとコクが特徴。ゴールデンエールは、高アルコールで黄金色が特徴。ホワイトビールは、小麦を使ったビール、白い色味と小麦特有の味わいが特徴。セゾンビールは、農家が寒造として、夏に飲むために冬に仕込む、長期保存ができるようにホップ強めが特徴。だそうだ。



 そして、ブレを食べつつビールを飲んで行われたのは、山賀と菜々香ちゃんのアムステルゴールドレースとフレッシュ・ワロンヌ制覇、そして、菜々香ちゃんの誕生日を祝って、レストランで食事会をとりおこなったのだった。



 参加者は、山賀に、僕、そして、菜々香ちゃんに、栗谷先輩。そして、最後のリエージュ~バストーニュ~リエージュにアシストとして出ていた、憲二の5人だった。


「しかし、西森も、アルデンヌ・クラシックを勝つとはな〜」


 栗谷先輩が、しみじみというと。


「あ〜、ですよね~」


 菜々香ちゃんが、ちょっと微妙な顔をする。


「?」


「いえっ、真一さんは違うのに、私は、リエージュ~バストーニュ~リエージュでレース前に、完全にガス欠になってしまったんですよ~。アムステルゴールドレースや、フレッシュ・ワロンヌは勝てはしましたけど、やっぱりアルデンヌ・クラシック向きじゃないのかな~って」


「まあ、そうだろうな」


 山賀は、あっさりとそう言うが、勝ったのにね~。それに、アルデンヌ・クラシックは1週間で3戦行われる過酷なレースなのだ。


「でも、勝っただろ?」


 憲二がそう言うと、


「う〜ん? ハワイで、真一さんの後ろで登坂するの楽しくなっちゃって、ダイエットまでして激坂登坂出来るようにしたんですけどね~。やっぱり、体重落としたぶん、回復力や体力が削られちゃったかもしれないんですよね~」


「まあ、かもな。骨格もしっかりしているから、フランドル・クラシック向きだろうけど。アルデンヌ・クラシックも勝てるのももったいないような気もするけどな」


 山賀が、珍しく優しい。


「でも、でも~、スタートしたら、シュ〜ンだったんですよ~、真一さんはなったことないですよね~?」


「まあ、ないな。それに何だ、シュ〜ンって?」


「俺は、その感覚分かりますよ。俺も、アシストして、出し切ると一瞬そんな感覚になりますし」


「そうなのか?」


 憲二の発言を聞いて、栗谷先輩は首をひねる。まあ、体力お化けの栗谷先輩には分かりにくい感覚かもしれないな。でも、僕もなんとなく分かるが、シュ〜ンは良くわからないけど。


「まあ、憲二も、西森も感覚派だからな」


「なるほどな。他は、理論派って表現すれば良いのか?」


 菜々香ちゃんの表現は独特だけど、感覚派って言うのかな? 山賀も感覚派なのかなと思っていたが、レース前にコースのデータを徹底的に収集する理論派だし、僕もどちらかと言うとそんなだ。憲二は同じ感覚派なので理解出来るのだろう。


「ノブは理論派というか、無心派だろ?」


「えっ?」


 山賀曰く、僕はレース中、無心で走るから余計なエネルギー消費をしない無心派なのだそうだ。失礼な、僕だって考えて……、ないか〜。


「ハハハ、ノブは無心派か」


「確かに、兄貴は、なにも考えてなさそうだもんな~」


「ふえ〜、私も、なにも考えてないですよ~。一緒ですね~」


 みんな、酷いよ。



 食事が終わり、皆でデザートを食べる。リエージュ名物、リエージュワッフルだった。日本でベルギーワッフルと言うと、リエージュワッフルっぽいが、これにシナモンシュガーをかけて食べるのだ。


 リエージュワッフルの他に、ブリュッセルワッフルがあるが、こちらは、サクサクパリパリでちょっと違う感じのようだった。



「でだ。オリンピックに向けての日本代表合宿か〜。良くメンバー集まったな」


 コーヒーを飲みつつ、栗谷先輩が山賀に話しかける。


「ですね。まあ、俺とノブは、去年のうちにチームに言ってあったんで、ジロ・デ・イタリアをパスして、ツール・ド・フランスとオリンピックに専念したいって」


 そう、山賀と僕は、エレオノーレさんに、オリンピックの話をして許可をもらっていたのだ。


「そうか」


「ですが、俺もカズ先輩も、ジロ・デ・イタリアに出場するから、それまでになっちゃいますけどね」


 憲二がそう言うと、山賀は。


「最初から、そんな長期間やるつもりはないよ」


「私も、参加ですよ~」


「当たり前だろ、オリンピック出るんだから」


「女の子が、1人だけっていうのがさみしいですよ~」


「まあ、西森が頑張ってポイントとれば、次のオリンピックでは、人数も増やせるんじゃないか? まあ、メンバー選考が難しいがな」


 そう、女子のロードレースのオリンピック代表は、枠が1人で、選手は菜々香ちゃんで決まっていた。



 で、問題は男子だった。山賀のポイント獲得の貢献もあって、日本は3枠を獲得していた。日本人のUCIポイント最上位で、クラシックハンターでエースある山賀の出場は決まっていた。だが、そこからが問題だった。


 そのままUCIポイント上位者を選ぶか、エース山賀として、他の選手はアシスト選手を選ぶか、選手選考は紛糾した。そこで、代表合宿を行い、どんな組み合わせが良いか、選手選考も兼ねて、代表合宿を行うことが決まったのだった。



 場所は、ジロ・デ・イタリアもあるのでイタリア。場所は、山賀の好みでコモ湖となったのだった。


 まあ、オリンピックのコースもアップダウンがあり、コモ湖周辺ならオリンピックコースに近いコース設定を出来そうだった。



 そして、メンバーは、僕と山賀。栗谷先輩に、憲二。そして、チーム西京から、伊勢、平田に、浅井さん。そして、日本からは、マスタングパワーの小海さん、海南レーシングチームの山田さん、三河工芸レーシングチームの草野さんが参加することになったのだった。合計10人の合宿に。



 最年少は憲二で23歳、2歳差で僕達、さらに2歳差で栗谷先輩。その2歳差で草野さんと山田さんだそうだ。そして、31歳の小海さん。最高齢は浅井さんの40歳だった。


 ちなみに、小海さんと山田さん以外、全員が日海大学の出身という。ということは、かぶってないが、浅井さんも、草野さんも先輩のようだった。


 まあ、僕と山賀を日海大学出身と言って良いかだったが。



 さらに、合宿には、もちろん監督に何故かコーチとして別府さんに、さらに、現役なのにコーチで新城さんが参加するそうだった。メカニックの方々、マッサーさんにドクター、シェフの方など、スタッフも集結し、オリンピックの準備をしていくそうだ。



「よ〜し、今日は初日だし、かる〜く200km平坦を走るか〜。俺も一緒に走るから、よろしくな〜」


 という新城さんの一言で合宿は始まった。


「200kmかよ」


「まじか……」


 という声が。日本からのグループからは聞こえてくる。


 確かにかなりの強度だった。だけど、オリンピックはさらに長い距離だし、今日は平坦オンリー。


 多分だけど、完全休養日をあいだ1日とっての6日間。高強度でトレーニングするのだろうな。



 だけど、新城さんの牽引から始まった平坦走行は、あっという間に時速50kmオーバーに到達する。そのまま、50kmオーバーの高速巡航が行われたのだった。これは、さすがにきつい。


 栗谷先輩に、新城さんが中心となって牽引し、それに、僕と憲二、そして伊勢が交代で先頭交代に加わった。山賀や平田は後方で体力おんぞんしつつ、ついてくる。だけど、これはついてくるだけで精一杯だろうな。正直僕達もきつい。



 そして、翌日からの2日間は距離は若干短くなったけど、アップダウンのあるコースとなる。そして、3日目のコースは、最後は激坂フィニッシュ。


 山賀がいきいきと激坂を登坂し、あっという間に消えていく。他のパンチャーの方々もいたのだが、激坂をアタックする力は残ってなく、よろよろとゴールする。



 こうして、前半3日間終わると。完全休養日だった。



 ゆっくり寝て、朝食。その後、ロードバイクに乗って軽く流すと、マッサーさんにマッサージ受けて。後はのんびりだった。



「みんなでランチ行くか」


「良いね〜」


 確かに、風光明媚なコモ湖にいるのに、食事は日本人シェフが作るロードレース用のメニューだった。まあ、美味しいんだけどね。さすが日本人という感じだった。



「じゃあ、俺も行きます」


「そうだな、行くか」


「おっ、めしか、良いね~」


「俺は、ジロ・デ・イタリア前で、体重絞んなくちゃいけないから、悪いけど」


 伊勢以外のメンバーは、行くというので、ぞろぞろ歩いていると、ミーティングルームとして使っているラウンジの前を通る。


 すると、小海さん、山田さん、草野さんがソファーに寝転んで休んでいた。


「おっ、どっか行くのか?」


「はい、みんなでランチ行こうかと」


「そっか」


 山賀が真っ先に返事するが、先輩を誘うことを考えない山賀だった。


「先輩方も、行かれます?」


 すかさず、栗谷先輩が言うが。


「いや〜、俺達は……」


「まあ〜、あれだ、その〜」


「今日は、のんびりと休むよ」


「そうですか」


 なんて話しているうちに、山賀はさっさと歩いていき、憲二や平田もそれについて行ってた。



「ああ、ユキヤさんお疲れ様です。これから、ランチ食べに行こうと思うのですが、一緒に行きませんか?」


「シン、悪い。俺達は、色々やんなきゃいけない事あってな」


「そうですか、ご苦労様です」


「じゃあな、気を付けてな」


「はい」


 なんて、山賀と新城さんの会話が聞こえ、たくさんの荷物を抱えた新城さんがラウンジの前を通過していく。


「おうっ」


「失礼します」


 小海さん達も立ち上がって、新城さんに挨拶をする。う〜ん、ちょっと気まずい。


 山賀は別に増長しているわけでもないのだけど、あまり先輩後輩関係を気にしない。尊敬する先輩にはちゃんとするのだけど。後輩にも先輩後輩関係を押し付けない。だから、憲二もリラックスして山賀と話している。まあ、現代風といえばそうなのかな?



「では、失礼します」


 僕達は、小海さん達に挨拶すると、山賀達と合流して外に出かけたのだった。


「待ってくださいよ~、どこに行くんですか〜」


 あっ、菜々香ちゃんに声をかけるの忘れてた。

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