第9話 フェリーニホテルズサイクルロードチーム

「詳しい話は、事務所でしましょ」


 そう言われて、分かれる。その後、レースだったが、どう走ったか覚えていない。そして、レース会場から宿に戻る途中だった。



「なあ、僕達、プロサイクルロードレーサーか?」


「ちゃんと契約すればな」


「栗谷先輩と、並んじゃうんだな」


「そうかもな」


「マジか~」


「近藤、だけど、良いのか?」


「何がだ?」


「契約は、おそらく来年も含めてだぞ。今年はシーズン後半。おそらく、レースには出してもらえない」


「そうか、来年か〜。さすがに親に相談しないとな。山賀は、良いのか?」


「ああ。一応、父親には報告するけどな……」


「そうか……」


 父親は、フランスに居て、母親と日本に帰ったような事、言ってたよな~? えっ、お母さん、どうしたんだろ? だけど、聞けないよな。



 宿に到着すると、翌日には宿を引き払うことと、プロチームに誘われた事を、おばちゃん達に報告。すると、お祝いが始まったのだった。


「フェリシタション〜、ノブ〜。う〜んチュ! チュ!」


「やめてよ~、おばちゃん〜」


 僕は、一応、20歳過ぎたので、出された地元のワインを飲んでみる、う〜ん。ブドウジュースの方が美味しい。山賀は、誕生日きてないからと、コーラを飲んでいた。


 ちなみにフランスでは18歳以上は飲酒可能なのだけどね。


 宿のおじさん、おばさんに従業員の方、そして、たまたま宿泊していた方々と、歌い、飲み、踊り、夜遅くまで続いた。


「フェリシタション〜」





 そして、翌日、宿を引き払うと、出発する。宿のおじさん、おばさんの見送りを受けて出発したのだった。目的地はマルセイユ。


 そう言えば、栗谷先輩が来るのもマルセイユ近郊の街、ロックフォール ラ ベドゥールだった。近いが、僕は、それどころじゃなかった。



「頭痛い〜、気持ち悪い〜」


「調子に乗って飲むからだ、馬鹿」


「うるさいな~。頭に響くよ」


「まあ、良いが。レンタカーなんだ、中には吐くなよ」


「分かってるよ。ウエッ」





 僕達は、マルセイユの郊外にある事務所へと到着する。そして、案内されて、部屋へと入る。


「待ってたわよ。ムッシュコンドー、ムッシュヤマガ」


 出迎えてくれたのは、僕達のレースを時々見に来てくれていた。ロードレースチームのオーナー。エレオノーレ・フェリーニさんだった。若いよな~、何歳だろ?


 そして、綺麗だよな~。もう日本人から見てのフランス美女。


「ムッシュヤマガ、ムッシュコンドーはどうしたの?」


「美人を見て、心ここにあらずです」


「まあ」



 えっ、何話してたの?



「これでどうかしら?」


 金額の書かれた契約書が置かれる、フランス語のようだった。当たり前だけど。


「16000€か〜」


「不満ですか?」


「いやっ、来年の契約金ですか?」


「いいえ、今年の契約金よ」


「えっ!」


 山賀が驚いていた。え〜と、何が?



「山賀、どうした?」


「いやっ、最低賃金の半分で今年の契約を結んでくれるって」


「えっ、それが、16000€か?」


 え〜と、240万円くらい……。えっ、そんなにくれんの?


 山賀は、さらに契約書を読む。


「え〜と、寮があって、食事も出る。今年は、選抜チームで走りつつ、アマチュアレースに出場。適性を見て来年の契約を結ぶか〜」


 山賀は、そう言うと。


「俺は、それで構わない。近藤は、どうする?」


「一年間ヨーロッパにいるつもりだったんだ。僕もやるよ」


 来年の事は、来年考えれば良いのだ。


「そうですか、では、契約を結びましょう」


 こうして、僕と山賀は、フェリーニホテルズサイクルロードチームに入ったのだった。



 チームランク的には、トップカテゴリーのワールドツアーチームの一個下のプロコンチネンタルチームというやつだった。栗谷先輩の入るFFエデュケーションジッポも同じランクだった。



「ほとんどのスタッフと選手は、レースに同行しているか、練習に出ております。マッサーの1人に残ってもらってますから、明日には練習に合流して下さいね」


「ウィ」


 というわけで、僕達は寮に荷物を運び込み、自転車は、一応、メカニカルルームに置いておく。



 そして、レンタカーを返しに、マルセイユの街に向かったのだった。半年間の長きに渡り、ご苦労さまでした。



「そう言えば、銀行口座は、まだ作れないんだよな~」


「そうだっけ?」


「ああ、フェリーニさんが、色々の手続きやってくれるって言うけど、それまでは、僕達の身分は保証されないからね」


「そうだっけ?」


 そう言えば、ビザの切り替えがどうとか、言っていたな~。


「じゃあ、給料は口座出来てからか~」


「まあ、残りの金もあるから、欲しい物あったら、マルセイユの街で買っておこうぜ」


「おう」


 まあ、寮の部屋にはベッドもあったし、テレビもあった。本棚にタンス、ライト付きのデスクもあった。それに、日用品は持っている。欲しい物は無いな~。





 そして、翌日は、いよいよ出発だった。


「おはよう、良く寝れた? 昨日は挨拶出来なくてごめんね。ちょっと頼まれてた買い物に出てて、ジャックさん、人使い荒いんだよな~。ああ、ごめんね。自己紹介がまだだったよね。マッサーの永田義彦です。よろしく」


 それは、日本人だった。


 えっ、日本人いるんだ? しかも、マッサーさん。


 マッサーとは、練習後や、レース後に文字通りマッサージしてくれ、体のメンテナンスをしてくれる人だ。今までは、お互いにやっていたが、これからは、本職のマッサーさんがつくのだ。嬉しい〜。



「お世話になります、山賀真一です」


「お世話になります、近藤信義です」


「ダコール。シンとノブだね。俺のことは、ヨシって呼んでくれよ」


「はい、よろしくお願いいたします、ヨシ……。さん」



 こうして、ヨシさんの運転するバンに、荷物を詰め込むと、ヨシさんの運転で、出発したのだった。


「どこへ行くんですか?」


「う〜ん、どこだと思う?」


 僕は助手席に乗り、ヨシさんに話しかけたが、質問を質問で返された。


「スペインですか?」


 山賀が、後部座席に座っていたが、僕達の会話を聞いていたようで、そう返す。


「残念。うちのチームは、今年、招待されてないんだよ」


「そうでしたか。じゃあ……」


 スペイン? ああ、そうか、この時期なら、ブエルタ・ア・エスパーニャか。それで、山賀は、スペインって言ったのか~。


 ブエルタ・ア・エスパーニャは、三週間にも及び、スペインの国内を走って勝者を決める。ツール・ド・フランスと並ぶ、最高峰のステージレースだった。いつか出たいとは思う。


「そうなると……デンマークか、フランスの……」


「おっ、シン君は詳しいね〜。そう、ツール・ド・ラヴニールだよ。いきなりだけど、走る事になるからね~。頑張ってよ~」


「え〜!」


 ツール・ド・ラヴニールは、U23の若者のツール・ド・フランスと呼ばれていて、国別対抗戦のような意味合いもあった。


 だけど、ヨーロッパのレースチームの中には、U23のチームを作り、ツール・ド・ラヴニールを走らせているチームもあるのだ。それに参加するようだった。



「まあ、とりあえずは、新しいロードバイクの調整と、練習だけれどね」


「はい」


 こうして、僕達は、1日がかりで、ツール・ド・ラヴニールの行われるフランス北東部に向かったのだった。



 到着は夜になったが、いきなりメカニックの方につかまり、ロードバイクの調整が始まった。


 メーカーは、KTMというオーストリアのメーカーで、斬新なフォルムが特徴だった。


 ロードバイクには大まかに3種類ある。オールラウンド、エアロ、そして、ロングライドだった。


 簡単に言うと、オールラウンドは軽く、ハンドリング性能に優れ登坂に有利だ。エアロは、軽量で空気抵抗を減らす形状になっていて、速く走れて疲れにくい。そして、ロングライドは、頑丈で振動を吸収してくれるので、石畳のレースなどで使われる。


 僕はエアロを好み、山賀は、オールラウンドを好む。そして、他にもタイムトライアル用のTTバイクもあり、セッテイングが行われて、僕達に支給されたのだった。





 そして、翌日、



「え〜、トマスの怪我は残念だった。だが、代わりの選手が来てくれたぞ。シンとノブだ、よろしくな」


 マッサーのヨシさんに連れられて、一緒に出場する選手のところに連れられていった。


「山賀真一です」


「近藤信義です」


 パチパチと、まばらだが、拍手してくれて、自己紹介が始まった。


「俺は、チームリーダーのレオンだ。よろしく」


「俺はテオ」


「僕はアドニス」


「ヴィクトールだ」


 そして、最後は、自転車レースでは、珍しい黒人の方だった。


「トマです。よろしく」


 レオン、テオ、アドニスはフランス人で、ヴィクトールはドイツ人。そして、トマは、エリトリア人だそうだ。アフリカ北東部エチオピアの隣にある小さな国だったが、最近は、ロードレースが盛んでヨーロッパに選手を送り込んでいるのだそうだ。



 そして、監督さんと、コーチが登場。


「お前がシンか。うん、良い筋肉だ。うん」


 そう言いながら、山賀の体を触りまくる。そして、僕に。


「お前が、ノブか。ほ〜」


 だそうだ。そして、


「俺が監督のジャック・ピエールだ。で、こいつがコーチのフィリップだよろしく。じゃあ、行くぞ」


「はい」





 そして、練習が始まる。今日は、レース前の最後の練習だそうだ。え〜!


 耳にイヤホンをつけて、無線で指示が飛ぶ。


「今日は、150km走るぞ。アップダウンのあるコースだ。ペースは指示する」



 まずは、先頭交代しながら平坦な道を時速30kmで、そこから徐々にスピードを速くしつつ進む。すると、


「シンと、トマ、ヴィクトールは先頭交代から外れろ」


 指示が飛ぶ。すると、高速巡航が安定する。へ〜。


 そして、急に。


「ヴィクトール、トマ、シン。スプリントだ!」


 そう指示が飛び、平坦路で、山賀と、ヴィクトール、トマがスプリントを開始する。


 ヴィクトールは、ピュアスプリンターなのだろう。かなりのスピードで飛び出す。そして、トマ、山賀の順で続く。だが、次第にヴィクトールのペースが落ち、トマと山賀が抜き、トマと山賀の差も縮まる。



「よっし、ペースダウン」


 3人がペースを落とし、僕達と合流すると、少し走って休憩となる。すると、監督が。


「トマ! スタートが遅い!」


「はい、すみません!」


 どうやら、トマのスプリント開始が遅いという事らしかった。


「うん、見た限りだけど、ヴィクトールがピュアスプリンターで、トマが、平地型のパンチャーみたいだな」


「そんな感じだね」

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