第8話 プロチームへの招待

「お〜い、兄貴〜」


「えっ、憲二か?」


 引き続き、ル・ブールの宿を拠点に、アルプスやピレネー山脈でのレースに参戦していた。日本から渡欧して半年近くになっていた。


 何故か、勝っているが山賀の表情は冴えないのは気になったが。



 そして、そんなアルプスでのレースの事、突然、弟の憲二があらわれたのだった。



 そうか、高校生は夏休みか? だけど部活はどうした? しかし、憲二の隣には女性が立っていた。そうか、憲二。僕に彼女自慢に来たのか?


「なんだ、その目はよ~」


「いやっ、うらやましいな〜って」


「はあ? 違うよ、こいつは」


「じゃあ、誰なんだよ?」


「自称、山賀先輩の彼女」


「はあ?」


「自称じゃないよ~。ちゃんと彼女だよ~」


 え〜と、僕は、もう一度、その女性を見る。意外だった。申し訳ないけど、


 その〜、顔は童顔でかわいいけど、体格はガッチリされていて、女性としては、身長も高い方だろう。170くらい? 



「どうも、弟がお世話になってます。近藤信義です」


「真一先輩が、お世話になってます。西森菜々香です」


 へ〜、菜々香ちゃん。名前も、かわいい。



 すると、山賀も気づいたのか、こちらに歩いてきた。菜々香ちゃんが、ブンブンと手を振る。



「真一先輩〜」


「おう、憲二、西森来たのか」


「え〜、菜々香って呼んでくださいよ~」


「良く来たな〜、西森」


「う〜」


 菜々香ちゃんが、ふくれる。ちょっとかわいい。



 そして、山賀と、菜々香ちゃんが話し始めたので、僕は憲二と話すが、聞こえてきた会話に戸惑う。これってセクハラじゃないのかな~、止めなくて良いのだろうか?



「しかし、相変わらず立派な大臀筋だな~」


「そうでしょ、触りたくなっちゃいました?」


「ああ、そこから伸びるハムストリングス。そして、逞しい大胸筋に、広背筋。本当に素晴らしい筋肉だ。スプリンターにならべくして生まれてきたんだな~、西森は」


「えっへん。でも真一先輩の教え通り、ゴツゴツじゃなくて、意外としなやかなんですよ~」


 う〜ん、菜々香ちゃんも、嬉しそうだから良いか?



「それで憲二は、なんで、ここにいんだ?」


「それは〜。西森が山賀先輩に会いに行くって言うから。俺も行きたいな~って言ったら、お金持ちの西森が、お金出してくれるっていうしさ。兄貴と山賀先輩のヨーロッパでの走りを見たかったし」


「そうだったのか~。しかし、山賀も、場所教えていたんだな~」


「山賀先輩と西森って、意外と仲良いんだよ。山賀先輩が、西森を一方的にいじる感じだけど」


「ふ〜ん」


 山賀意外と……。やめておこう。





「じゃあ、行って来るよ」


「頑張れよ、兄貴」


「ああ」


「真一先輩〜、頑張って〜」


「おう」


 山賀もやる気だ。そして、レースが始まる。



 今日は、僕と山賀にとっての聖地ラルプ・デュエズがゴールのレースだった。



 僕は、視線を上に、上げる。視線の先には、上へ上へと延びるつづら折りの道。こんなの日本だと、日光ぐらいでしか見た事がない。


 そして、残り2km。僕は、スピードを少し速め、列の先頭に出る。すぐ後ろには、山賀がいた。他には10人ほど。ほとんどが、苦しそうにもがいていた。


「山賀行けるか?」


「もちろん」


 僕は、山賀の顔を想像する。目を輝かせ、獲物を前にした獰猛な猟犬のような顔をしているのだろう。


「じゃ、行くぞ!」


 僕は、ダンシングしてスピードを上げる。同じく、山賀もダンシングして、スピードを上げると、僕の脇をすり抜けるように、一気にトップスピードで走り始める。


 傾斜20度近い山道とは思えないスピードだった。3人程が、慌てて山賀を追うが、スピードが違うみるみる差が開く。



 そして、僕は、ダンシングを止めて腰をおろす。僕の仕事は終わり、後は、ゆっくりとゴールを目指す。僕は、徐々に遅れ、列の最後方に陣取る。



 そして、ゴール付近で歓声が沸き起こる。


「勝ったみたいだな」





「かんぱーい」


 レース後、いつものコテージに戻り、4人で祝勝会を開いた。宿のおばちゃんが用意してくれた料理に、コテージのキッチンで、菜々香ちゃんが手早く料理を作り、いつもより豪華な料理だった。


 自転車乗りが大好きな飲み物コーラで乾杯すると、食事をしつつ、レースの話題で盛り上がったのだった。



「真一先輩、凄いですよね~。あんな急勾配をスイスイって」


 菜々香ちゃんが、山賀を褒める。


「うん。それに兄貴も、山道を淡々と登ってさ~。正直、スゲーよ」


 ありがとう、憲二。


「私なんて、このレベルの山は、登れないですよ~」


「まあ、その体格じゃ仕方ないよな」


 おいおい、山賀、さすがに酷いだろ。


「おい山賀、女性に体重の事は失礼だろ」


「あ? 俺は、体格の事しか言ってないぞ」


「酷いです~、近藤先輩、そんなに私重く見えますか?」


「兄貴、ひでーなー」


 えっ、なんで僕が悪い事になってんの?


「まあ、西森は、この体格でも、ある程度の登りもいけるから、インターハイ二連覇してるんだよな~」


「へ〜、凄いね~」


「ありがとうございます。帰ってからすぐ、インターハイですから三連覇しちゃいますよ~」


「まあ、俺もだけど」


 憲二も対抗する。


「それで、西森はこの体格だろ? そして、登りも出来る。で、ついたあだ名が……?」


 僕は、一瞬、菜々香ちゃんを見て、あるものを想像し、口に出す。


「マウンテンゴリラ?」


「酷いです〜、近藤先輩!」


「本当に、ひでーなー兄貴は」


「可哀想にな、西森」


 えっ! 答えなんなの?


 まあ、そんな会話しつつ、盛り上がっていると。



「次は冬休みですね~。また、来ちゃいますね」


 ぴくっとして山賀の動きが止まる。


「あれっ、帰っちゃうの?」


「はい、さっきも言いましたけどインターハイがあるんで」


「そうか〜」


 夏休み入って少しの休部期間を使って、わざわざフランスに来たようだ。でも、冬休みは……。


「でも、冬休みはロードシーズンじゃないから、僕達も日本にいるかな? なあ、山賀」


「そうでしたか~、残念です」


 菜々香ちゃんの本当に残念そうな声を聞きつつ、山賀を見る。山賀は、固まっていた。


「山賀?」


「ああ、近藤……。あのな……」


 ん? どうした、山賀?


「金が無い……」


「はい?」


 金が無い……。えっ、どういう意味だ?


「すまん、近藤! ロードシーズン終わるまで金が持ちそうに無い」


 ああ、そういう事ね。宿屋代に、移動費に、レンタカー代に、食費に、ロードバイクのメンテナンス代に……。後は……。まあ、一番の原因は。


「僕が、増えた分。お金もかかるしね」


「いやっ、そこは関係ない。いるからこそ、レースに勝ててるんだから」


 山賀、なんて嬉しい事を言うんだ。


「山賀……」


「近藤……」


「はいはい、ボーイズラブ展開はいりませんからね~」


 そう言って、二人は、菜々香ちゃんに引き離される。


「まあ、あれだ。俺の見積もりが甘かった事と、アマチュアレースの賞金が予想より少なかった事だな。うん」


 山賀が、そう言うと、菜々香ちゃんは、


「お金お出ししましょうか? 西森コーポレーションがスポンサーになりますよ」


 えっ、西森コーポレーション? 有名なデベロッパーじゃないか?


「あれだろ、もれなく西森がついてきますってやつか?」


「はい〜」


 ああ、そういう事ね。山賀、ご愁傷様です。安らかに。


「それは断る」


「え〜、何でですか~」


「嫌だ」


「もう〜。まあ、冗談はそのくらいで、私のお小遣いなら差し上げますよ」


「後輩に、たかるのは嫌だ」


「もう〜、真一さん、頑固なんだから〜」


 いつの間にか、呼び方が真一さんになっている。ふと、横を見ると、憲二が黙々と食事していた。こいつもマイペースだよな~。


「で、いつまでいれるんだ?」


「そうだな、余裕みて、8月いっぱいかな?」


「後1ヶ月ちょっとか〜。まあ、全力で頑張るか。なっ、山賀」


「おう」


 こうして、憲二と菜々香ちゃんの帰国後も、アマチュアレースに出場し、頑張っていく。



 ちなみに、賞金が良いアマチュアレースに出てみたら、完全にチーム戦で、クラブチームの脚質毎に役割分担が決まった、5、6人相手には無理で、惨敗だった。


 そうか、そうだよな~。





 そして、その後も、レースに出て8月に入った直後だった、たまに見かけた、フランス人の若い綺麗な女性に声をかけられる。


 綺麗な茶色のサラサラと流れる、肩まである長い髪。美しい茶色の瞳。小鼻が大きくないスッとした鼻、整った顔立ちに魅惑的な唇。もう美女って表現で良いでしょうか?



「ムッシュヤマガ、ムッシュコンドー。私のチームに入りませんか?」


「えっ」



 その女性は、自分のおじいさんが作ったプロチームを引き継いだばかりだそうだった。そして、有望な選手がいないか、アマチュアのレースを見に来て、僕達が目に止まったらしい。



「他のチームの方々も、あなた方の事を噂してました。ただ、日本人だから、チームに誘わないと言ってましたが、私は、そんな事にはこだわりませんよ」



 だそうだ。確かに、あれだけ勝っていれば、アマチュアレースとはいえ、目立っていただろうね。だけど、日本人だからか〜。



 ヨーロッパで活躍する日本人は、少ない。新城さんや、別府さんくらいだった。その別府さんも引退されて、残ったのは新城さんくらいだった。


 もちろん、他にもいるにはいたが、数年で日本に帰国してしまう人が、ほとんどだった。


 僕達が、ヨーロッパの人間だったり、南米の人間だったら、すぐにスカウトされたんだろうね~。


 だけど、そう言えば、僕達は大学生。しかも休学しているだけだった。どうしよう?


「是非、よろしくお願いします」


「えっ?」

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