第7話 ヨーロッパのレース

「山賀、スピード大丈夫か?」


「ああ」


 一応、先頭交代しつつ、多少アップダウンはあるものの、平坦な道路を走る。今日はセーブして走るので、時速35kmほどだった。


 しかし、綺麗な景色だ。フランスの風景を見つつ、まっすぐ続く道路を走る。


「アレアレアレアレ」


 追い抜いていく車から、こんな掛け声がかけられる。ロードレースの本場に来たなという気がする。


 だけど、アレってどういう意味だ?


「アレって、どういう意味だ?」


「行け!って意味だな」


「そうか〜」



 行け行け行け行け。って、応援してくれてるんだな。



 その後も、連日、平坦な道や、多少の登坂を加えつつ調整し、いよいよレースとなる。



 そして、最初のレースだけど。


「おいっ、本当にアマチュアか?」


「そうだよ」


 甘かった。100kmで、ちょっとのアップダウンがあるレースなのだが、何故か、最初から皆ががむしゃらに走って、平坦で引きちぎられた。


 え〜!


 慌てて、先頭交代しつつ追いかけるが、結局ゴールまで追いつけず最下位だった。


 なぜだ?



 そして、1週間後に似たようなレースに出る。今度は、なんとか必死についていくが、レースの中の1番きつい登りで、また、引きちぎられる。山賀は、スプリントをしかけてついていくが、僕が、登りを越えて、しばらく走ると息切れした山賀に遭遇。


 その後は、ゴールまで巡航し、また、下位でゴール。



「本当に、相手アマチュアかよ?」


「そうだよ。いつもは、違う仕事してる。まあ、クラブチームとかには入っているかもしれないけどな」


「そうなのか~。自信なくなるよ」


「まあ、最初だからな。そのうち追いつくよ」


「山賀は、凄いよな」


「何がだ?」


「その揺るがない自信だよ」


「自信? 別にヨーロッパでの走りを楽しんでいるだけだよ」


「そうなのか?」


「ああ」



 その後は、宿を一旦チェックアウトし、スペインに行く。いよいよ、登坂レースに出るそうだ。まあ、最初は、フランスとの国境にあるピレネー山脈ではなく、南だった。アンダルシア地方。



 こっちは、逃げグループこそ出来たが、平坦は話しつつなどゆったりしたペースで進んだが、登坂になった瞬間目の色を変えて、登る。


 慌てて追うが、じわじわと先頭からは引き離され中段辺りでゴール。


「いやっ、急すぎるよ」


「確かにな。スペインっぽい坂だよな」


 だけど、徐々に良くなっている気はする。



 しばらく、アンダルシアでトレーニングして、急な坂でもペースを落とさなくなったところで、もう一レース。


 だけど、今度は、山賀がちぎれて、先に行けっと言われて、僕は、ちょっと上位でゴールする。


「どうした山賀?」


「石畳が駄目だ、俺」


「ああ、そう言えば」


 今回のレースは、所々に石畳の道があった。どうやら、山賀は石畳が苦手のようだった。



 その後も、スペインを転戦する。南部から中部、そして、北部へ。いよいよピレネー山脈か? と思ったが、今度は、南仏を経由して、イタリアに移動。


 コモ湖周辺のリゾートに滞在する。そして、今月は、この辺りの登坂レース三連戦だそうだ。


「とりあえず、三連戦の最終戦で勝つ」


「だいぶ良くなってきたもんな」


「ああ」


 結局、勝つことは出来なかったが、山賀は表彰台に2度のぼっていた。もう少しな気がした。



 それはデーターにも現れていた。僕のFTPがだいぶ上がっているのだ。そして、体重はあまり変わりはないので、パワーウエイトレシオに当然影響しているだろう。そして、山賀も全体的にかなり上昇している。


 去年一年間の大学時代の上昇と比べて、全然違った。大学時代は、授業をした上で、放課後が練習時間だった。


 だが、今は、1日自転車に乗っている。もちろん休息日もあるし、日によって、平地を走ったり、山を登ったり、練習強度も違う。そして、レースも過酷だった。


 大学だと、過強度だと怒られるが、ここでは、レース自体がそうだからしょうがないのだった。



「ん? データー整理か?」


「ああ」


 山賀が、パソコンを覗き込む。


「伊勢を越えたな」


「いやいや、伊勢だって、今やもっと凄いと思うよ」


「かもしれないが、少なくとも去年の伊勢は越えたって事だろ? アップダウンのある、タイムトライアルで表彰台立てるぜ」


「そうか〜、そういう事だよな~」


 ヨーロッパだとアマチュアレベルで、この強度のレース。いやっ、あえて山賀がそういうレースを選んでいるんだろうが。


 僕は、少し自分に自信を持ち始めていた。そんなレースで走れているのだ。しかも、上位で。


 そして、


「よっし、山賀、イタリアで勝とうぜ」


「ああ」



 そして、イタリア三連戦の初戦、山賀が再び表彰台に立つ。惜しかった~。



 第二戦は、ちょっとアップダウンが、なだらか過ぎて届かなかった。それでも、二人とも入賞。



 そして、第三戦。


「これって、イル・ロンバルディアのコースの一部だよね~?」


「ああ」


 イル・ロンバルディアは、落ち葉のクラシックと呼ばれる、ヒルクライムのワンデーレースだった。急な坂をいくつか登りゴール。山賀が得意そうなレースだった。


 その一部が入っているレースが、今回のレースだった。



 ギサッロの登り最大斜度14%の登りで、逃げをとらえ、さらに集団を絞り込む。そして、バッタグリアと、チヴィリオの連続の登りで、アタックが起きるが、山賀はその度にアタックを潰し、再び、僕が山賀を引いて登る。


 そして、2回目のバッタグリアの登り、山頂手前の10%の勾配だった。山賀が、アタックをしかける。3人飛び出しついていくが、山賀のロングアタックで、山頂までで、僅かなリードを築いた。


 そして、そこからは、下って、そのままゴールだった。


「勝ったな」



 山賀は、そのまま独走。ヨーロッパでの初勝利を掴んだのだった。


「やったな、山賀!」


「ああ、ありがとう近藤!」


 抱き合い喜ぶ二人の写真が、地元紙に掲載されたのだった。



 イタリア三連戦を終えると、また一挙に移動して、ベルギーのアルデンヌへとやってくる。激坂レースへの参戦だった。


 アルデンヌクラシックと呼ばれる、フレッシュ・ワロンヌ、アムステルゴールドレース、リエージュ〜バストーニュ〜リエージュ。この三つのレースの前哨戦として行われるアマチュアレースへの参戦だった。


 もちろん実際のレースよりは距離は短いし、激坂も少なくなっていた。



 まずは、アムステルゴールドレースの前哨戦。


「ああ、新城さんが、入賞したレース……」


 興奮して、珍しく猛る山賀。


「冷静にな」


「ああ」



 まあ、冷静にはできないよな〜。


 ゴールまで5kmにある有名な坂。カウベルフの登りで、山賀は、いきなりアタック。最大斜度12%で1200mの長さの坂を一挙に登る。


 まだ、ゴールまで距離があったので、誰もついていかず。だが、誰も追いつけず。独走で優勝する。


「山賀〜!」


「近藤〜!」



 そして、山賀は、そのまま、アルデンヌクラシックレースの前哨戦レースを三連勝してみせたのだった。すげっ!



 最後が登りのフレッシュ・ワロンヌは、最後のユイの壁と呼ばれる、1300mの登り坂、一部のセクションは平均斜度17%で、最大斜度は26%〜29%、平均勾配9.3%を一気に登り優勝。


 リエージュ〜バストーニュ〜リエージュは、残り3kmにある、最後の登り坂でアタックを仕掛け、そのまま独走、ぎりぎりだったが逃げ切った。



 今回走ってみて、山賀って、アルデンヌクラシックの方が、山より得意なんじゃない? という感想を持った。短いが、急な坂を一気に登る。そのスピードは、もうアマチュアでは勝負にならない。



 そして、この後、どうやら、僕達の事は、結構有名になったようで、レース会場で話しかけられたり、サイン求められたり、レース中はマークされるようになった。





 アルデンヌクラシックが終わると、最初に宿泊した、アルプスの麓の街、ル・ブール=ドワザンに戻り、コテージに宿泊する。



 この頃には、僕も、カタコトだが、フランス語も話せるようになっていた。


「結構、勝ってるようだね?」


 えっ、こんなところまで情報が入っているのか~。


「ありがとう」


「今週末のレースも頑張りなよ、応援行くからさ」


 え〜と、今週末、頑張れ?


「ありがとう」


「補給食どんなものが良いかい?」


 え〜と、食事?


「ありがとう」


「分かってないのかい。山賀さんに聞くよ」


「ありがとう」


 まあ、こんな感じだった。



 そして、アルプスのヒルクライムレースに出場する。山賀は、厳しいマークに合うが、ほとんどのレースで勝った。しかし、たまに負ける事もあった。



 やはり長く急な登りだと、クライマーについていけず、差が開き、山賀のアタックも届かな事があったのだった。


 まあ、僕はもう少し速く登れるが、今度は山賀が遅れてしまうのだ。まあ、しょうがなく賞金の為に、山賀をおいていくこともあった。



「登りが長い山は、近藤が行くか?」


「いやっ、さすがにピュアクライマーには負けるぞ」


「そうか〜」



 この頃には、自分の脚質も判断出来るようになっていた。山も登れるルーラーだった。平地なら一定のペースで長距離を走れて、山も登れる。だが、決定打がない。そして、ルーラーにしては小柄。そこも欠点ではあった。


 でも、山賀を勝たせるアシストとしては、最高だろう。そう考えるようにした。



 そして、この頃から、たまに見かけるフランス人女性がいた。結構上質な洋服を着て、日傘をさした女性だった。


「あっ、綺麗な女性〜」


「ん? フランス人だな」


「そうだね。綺麗だな〜」


「お〜い、近藤〜」

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