第5話 全日本ロードカップシリーズ最終戦と旅立ち
「山賀、おめでとう」
「ああ」
「あんまり嬉しそうじゃないな?」
「ん? そんな事はない」
「そうか?」
帰りの船で、再び山賀は黄昏れつつ、デッキで海を見ていた。まあ、その前に他大学の女子マネージャーや、女子選手に囲まれて即席サイン会が行われていたが、僕が、山賀に近寄ったら誰も居なくなった。ちょっと、いやっ、かなりショック。
そして、黄昏れている山賀の横顔を見る。本当に絵になるよな~。って、何考えてんだ僕は。
すると、山賀は、僕の方を見て。
「なあ、近藤……、俺と……。いやっ、何でもない!」
えっ、何だよ? そこで止めるなよ。気になるだろうが。
「お、おう」
僕は、そう返しつつ、その場を離れる。
えっ、もしかして、山賀って、本当に……。いやっ、違うだろ、高校の時は彼女、居たみたいだし……。だけど……。
僕は、それからしばらくモヤモヤと考えるのだった。
そして、全日本学生ロードカップシリーズの残り3戦をむかえる。そして、第12戦は、埼玉県のテクニカルな平坦コースで行われ、テクニカル過ぎて平田は遅れ、山賀はダラダラ走り、結局、伊勢を守る事だけしか出来なかった。
そして、第13戦、埼玉の林道、一応アップダウンのあるクリテリウムだった。
「よしっ、次のレースだが、Aチームのエースは伊勢で行くぞ」
「はいっ」
年間ポイント争いもあり、今回のレースは、伊勢に上位に送り込むというのだが、あいつが言う事聞くかな~?
「それで、山賀!」
「……」
「山賀! いないのか? いないな」
監督は部屋を見回して、山賀の存在を確認するがいない。あいつ〜。
「また、バイトじゃないっすか?」
先輩の誰かが、そう言いうと、
「また、バイトか? いい加減にしろ! 退部させるぞ!」
「まあまあ、先生。俺が厳しく言っておきますので」
「そ、そうか? 頼むぞ栗谷」
「はい」
栗谷先輩は、本当に山賀に甘い。
「山賀は、天才だ。それにちゃんと練習している、それ以上何が必要なんだ?」
一回、山賀について聞いたら栗谷先輩はそう言っていた。ちゃんと練習しているって、夜遅くまで、ローラーに乗っている先輩に言われたくないよ。
そして、翌日、山賀に会うと。
「昨日、練習来なかったな」
「ああ、バイトだ」
そう言えば、バイトって何やってんだろ?
「バイトって何やってんだ?」
「ん? ホストクラブだ」
「はあ? ホストクラブって、何考えてんだ?」
「短期間で、金稼ぐには最適だぞ?」
「あのな~」
「この容姿だぞ。有効活用して何が悪い」
こいつやっぱり嫌い。
「それよりもだ」
「あ?」
「とりあえず、1000万ある。行くぞ!」
「はい?」
どこへ行くんだ?
「ヨーロッパだ。ヨーロッパで武者修行するぞ」
「へっ?」
「それで、俺と一緒に行かないか?」
「なぜ、僕が?」
「このままじゃ、近藤は、便利屋で終わっちゃうと思うんだ。弟が入ってくれば余計だろ? そして、卒業しても、近藤は、クラブチームや、社会人チームから誘われないと思うんだよ」
「えっ」
確かに、今、社会人で競技続けているのは、各大学でエース格だった人ばかりだった。
それに、弟か〜。確かにな。憲二は、僕が、高3の時に、平田が優勝、山賀が2位に入ったレースで3位に入っていた。その当時高1だったのにだ。
山賀は、その才能を評価していた。そうか~。憲二が入学してきたら、憲二のアシストを僕がする事になるかもしれないのか? それは、ちょっと辛い。
「だけど、ヨーロップに行けば実力だけだ。例えアシストでも、その才能が輝いていれば、コンチネンタルチームや、ワールドチームから誘われる」
「それは、まあ、そうだが……」
でも、アシストなんだね~、僕は。
僕が考え込み黙ると、山賀は、
「まあ、考えておいてくれ」
そう言って、去って行った。ヨーロッパか、ヨーロッパね〜。
確かに魅力だった。ロードレースの本場だし、最高峰だった。いつかは行ってみたいと思っていたが……。う〜ん?
そして、第13戦。
「お〜す、兄貴」
「えっ、憲二、来たのか?」
「うん」
「なんでだ?」
「なんでって、学校近いから」
「そうか、そうだったな」
そう言えば憲二の高校は、ここからそう遠くなかった。そして、憲二の視線が何かをとらえる。
「山賀先輩! お久しぶりです」
すると山賀が振り返り、こちらにやってくる。山賀と憲二は、高校の先輩後輩だった。
「おう、憲二。元気だったか?」
「はい! 先輩も、流石です、一年なのにロードカップシリーズ3勝目」
「ああ、あんがと」
「今日も勝っちゃう感じですか? シリーズ4勝目?」
周囲の視線が痛い。他大学の選手がジロジロと見ていた。そんな大声でしゃべるなよ、憲二。
「難しいな~。今日のコースは憲二の方が向いてるだろ?」
憲二は、高校生。今日は走らない。だけど確かに向いているかな?
憲二は、スプリンタータイプの脚質だった。だけど、近藤家の家系のせいで、若干小柄だった。なので、平田のような大柄なピュアスプリンターには敵わない。だけど、ちょっとした坂なら登れるし、スプリント出来る。
山賀曰く、サガンのような平地型のパンチャーなのだそうだ。サガンか〜、サガンね〜。だったら僕は、サガン兄?
「じゃ、今日、山賀先輩は?」
「う〜ん。じゃあ、本気で走るか~。だけど、今日は勝てないと思うぞ」
「はい!」
だそうだ。
そして、山賀は本気で走る。
ただそれは、平田を勝たせる為のようだった。何度も、登り坂で遅れる平田を引き上げて、下りを使って追いつき、また、登り坂で遅れた平田を引き上げてと、繰り返していた。今日は平田のアシストに徹するようだった。
だけど、最終的に諦めて、一人追いついてきた。
「今日、行けるか?」
「いやっ、無理ですね~」
もう何やってんだか、結局、山賀がリードアウトして、伊勢を上位に送り込むにとどまった。しかし、これで、伊勢のシリーズ1位が確定。最終戦は、自由に走れる事になった。
そして、シリーズ最終戦は、神宮外苑で行われ、山賀が発射台となり、平田が優勝。こうして、ロードシーズンは幕を閉じたのだった。これで、平田もシーズン2勝目。
これで、日海大学は、全日本学生ロードカップシリーズにおいて、シリーズ5勝。さらにポイントランキングトップを獲得したのだった。出来過ぎだね。まあ、それだけ、伊勢、山賀、平田が逸材なのだ。
「お前もだぞ、近藤」
「何言ってんだよ、山賀」
僕が、祝賀パーティーで、伊勢、山賀、平田の事を逸材だと褒めたら。山賀が臆面もなく、こう言い放ったのだった。
「もう、冗談はやめてよ~」
「いやっ、本当に感謝してる」
さらに、伊勢まで言ってくる。泣いちゃうぞ。
山賀は、ブツブツと言っていた。
「俺が、言ってるのはそういう意味じゃないんだが……」
だけど、1年やって、皆の活躍を見て、心は決まった。
「行くよ」
「どこへだ?」
祝賀パーティーで、一人でいる時を見計らい、山賀に話しかける。
「ヨーロッパだよ、ヨーロッパ」
「えっ! 近藤、一緒に行ってくれるのか?」
「ああ。一旦、環境を変えてやってみたいんだ」
「そうか~、行ってくれるのか~」
山賀は、嬉しそうに言うと。
「じゃあ、行くか」
「どこへだ?」
「報告だよ報告。ヨーロッパ行きますってさ」
「いやっ、後で良いんじゃないか?」
そんな言葉を無視して、山賀は僕を引きずって行き。監督や、栗谷先輩、伊勢や平田に話す。
監督は、お前が居なくなったら困ると言っていたが、そんなに積極的に止める感じではなかった。
素行の悪い山賀と、アシスト一人居なくなっても良いや。という感覚のようだった。
伊勢や、平田は驚いていたが、1年間の武者修行だと言ったら納得していた。
栗谷先輩は、
「そうか、行くか。まあ、確かに早い方が良いかもしれないな」
そう言いながら、スマホを取り出すと、そこには、
「FFエデュケーションジッポですか!」
契約に関してという書類だった。
FFエデュケーションジッポは、ロードレースにおいて、世界中の若手を育てるというコンセプトのもとに、FFエデュケーションという語学学校と、ジャパン舗装という企業がタッグを組んで立ち上げた、コンチネンタルチームだった。本拠地は、フランスのロックフォールだった。
栗谷先輩は、FFエデュケーションジッポと、来年の契約を結んだようだった。
「行くんですか?」
「ああ、来年な。卒業式出ずに行こうと思う」
「そうですか、頑張って下さい」
「ああ、お互い頑張ろうな。どちらが先に、ツール・ド・フランスを走れるか競争だ」
「はい」
僕達は、栗谷先輩と固い握手交わす。
そして、準備に入ったのだった。
まあ、親は、
「そう、気をつけてね」
だそうだ。まあ、スポーツ一家なので、海外に行くことにさほど気をとめないようだ。まあ、ありがたいけど。
そして、憲二は、
「山賀先輩に迷惑かけるなよ」
だそうだ。知らない土地に行くのだ。ある程度、迷惑はかけるよ。
洋服や日用品。そして、自分のロードバイクはもとより、予備の部品やメンテナンス機材をそろえる。もとから自分でメンテナンスしていたが、ある程度の修理もこなせるように練習する。
そして、パワーメーターと、サイクルコンピューターは、学校のをそのままもらった。気前がいいね〜。
飛行機の予約や、レンタカーの予約、ホテルの予約は、山賀に任せてしまった。なにせスポンサーは、山賀なのだ。
そして、春、学校が休みになると休学届けを提出し、出発したのだった。ヨーロッパに向けて。
「気をつけて行けよ」
「ああ」
「体に気をつけろよ。変なもんは食べるなよ」
「ああ」
空港には、家族だけでなく、伊勢や平田も見送りに来てくれたのだった。
あれっ、そう言えば、山賀の家族は居ないな~。まさか、無断で行くのか?
まあ、後で聞くかな?
こうして、僕達は日本をたち、一路ヨーロッパに向かったのだった。
そう言えば、ヨーロッパのどこに行くんだろ?
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