第4話 全日本学生ロードカップシリーズ後半戦
「Aチームのエースは伊勢でいく。ステージレースの勝利も狙っていくが、基本は伊勢をロードカップシリーズのポイントランキングで優勝させるのが目的だ。良いな」
「はい」
「一年に、そんな高等な事を求めんなよな。ヘボ監督が」
「し〜、山賀、聞こえるよ」
「まあ、確かにな」
山賀の呟きを慌てて止めるが、栗谷先輩が同意する。意外だった。
ロードカップシリーズの後半戦が始まるに辺り、監督からチーム方針が発表された。
我々Aチームは、基本的に伊勢のポイントランキングトップを目指す。これは、日海大学の悲願らしかった。
栗谷先輩が入学し、大学選手権のタイムトライアルや、トラックカップシリーズでは、栗谷先輩のポイントランキングトップがあるそうだが、ロードレースにおいては、最近はふるわなかったそうだ。
そこに、まだこの時期だが降って湧いた伊勢のポイントランキングトップという快挙。というわけで、今後もトップを維持していこうとなったようだった。
となれば、チームの目標は伊勢を全レースで上位でゴールさせる事になる。当然、ステージ優勝のアシストが、薄くなるのだ。すると、平田や、山賀のステージ優勝が難しくもなる。
そして、後半戦なのだが、第7戦は、静岡のゆるやかなアップダウンラウンドで、伊勢を上位でゴールさせる事に成功する。
そして、第8戦は、長野県の湖の湖畔での、個人ロードタイムトライアルラウンドで、栗谷先輩と、伊勢でワン・ツーフィニッシュを決める。これで、伊勢はガッチリとポイントランキングトップを固める。
そして、翌日の第9戦、事件は起きる。長野県のヒルクライムレースだった。ヒルクライム? この名前からして嫌だったのだけど。
今回も、伊勢を上位に入れる為の作戦がねられ。僕が逃げる事になった。そして、途中で追いついて来た伊勢と合流、最後まで引っ張るというやつだった。逃げ待ち作戦というやつだった。
で、山賀は、出来たらステージ優勝を狙う。しかし、アシストをあまり期待出来ないから、伊勢にくっついていく感じだった。
そして、スタート。高低差1500mほどを15kmかけて登るレースだった。平均斜度10%の日本では屈指の斜度の登坂レースだろう。まあ、山賀にとっては大好物だった。
「な、なんで山賀がいるんだよ!」
「えっ、だって近藤がいればアシストしてくれるだろ?」
「いやっ、俺は、伊勢のアシストで……」
「それは終盤だろ? そこまでで良いんだよ」
「監督に怒られるぞ」
「良いんだよ、勝てば」
「は〜」
こうして、小集団での逃げがうたれ、そこに何故か山賀がついてきたのだった。えっ、なぜ? 作戦無視だよね?
僕は、先頭交代しつつ、小集団を引く。まあ、ヒルクライムなので、そんなに先頭交代に意味はないのかもしれないけど。そして、その先頭交代に加わらず、山賀はじっと体力を温存する。
そして、残り5km。後方から微かに声援が聞こえてきた。どうやら集団が追いついてきたようだった。すると、
「ありがとな、近藤」
「おう」
山賀は、ダンシングを開始する。そして、一気にトップスピードにもっていく。慌てて一人追うが、追いつけるわけがなかった。すぐに諦めて、逃げ集団へと戻ってきた。
逃げ集団へと戻ってきたそいつは、先頭交代しつつ、山賀を追いかけようと声をかけるが、誰も応じなかった。僕も、黙ってスピードを下げ、後方集団を待つ。
「山賀は、どうした?」
後方集団が追いつき、残り4kmになっていた。
「先に行っちゃいましたけど」
「そうか、それで良い」
そう言いながら、栗谷先輩は、僕の背中をポンと叩き。
「余裕はあるか?」
「ええ、まあ、ちょっとは、力をセーブしてたんで」
それを聞いて、まわりの共に逃げてた人達が、ぎょっとしてこっちを見る。
「そうか、じゃあ、後は頼んだぞ」
そう言いながら、栗谷先輩は、ペダリングを緩め、後方に下がって行った。栗谷先輩も、体は結構大きい。坂を登り続けるのは、かなり負担だったろう。
すると、伊勢が僕の背後に入る。僕は、足に力をこめ、スピードをあげる。
「伊勢、このぐらいのスピードで大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ」
「よしっ」
僕は、気力を振り絞ってペダリングする。出来るだけ、集団を削って、伊勢に上位でゴールさせる為に。
そして、残り2kmさすがに限界だった。
「伊勢、悪い限界だ」
「ありがとう近藤、充分だ」
そう言うと伊勢は、僕の背後から抜け出しダンシングして、スピードをあげる。山賀ほど一気にスピードアップという感じじゃないが、スルスルと抜け出していった。
慌てて、3人ついていく。まだ余力があるようだ。伊勢含めて4人か〜。まあ、5位以内には入れるだろう。
僕は、スピードを緩め、集団の後ろに下がっていく。出来れば、このまま集団後方でゴールしたい。離れると精神的にきついのだ。
伊勢はクライマーとしての能力も高いから、4人の集団から2人をふるい落とし、2人でのゴール前スプリントになり、スプリント力はない伊勢は結局3位だった。まあ、充分だろう。
「ククク、ありがとう近藤。3位になれたよ。だけど、2位のやつ。ククク、山賀がゴールしてからだいぶたってんのに、ククク。ガッツポーズしてんだぜ。しかも、何回も。ククク」
僕が、集団後方でゴールすると、伊勢がやって来て、僕をねぎらってくれた。
だけど、性格悪いな~、伊勢は。
どうやら、伊勢とスプリント勝負して勝った人が、自分が優勝したと思い、何度もガッツポーズしたようだった。
それを笑っているのだ。無線を聞いているわけじゃないんだ。間違える事もあるだろう。ひどいよね~。
だけど、山賀はこれで2勝目。本当に強い。それに、伊勢もポイントランキング1位を維持、さすがだった。
栗谷先輩もゴールして皆が集まるが、特に山賀はお咎めなしだった。まあ、優勝したのに文句は言えないだろう。
まあ、こうして第9戦は終わり、第10、11戦は大島で行われた。また、個人タイムトライアルと、ヒルクライムだった。
船に機材を積んで、島へと渡る。
「いつもと違う感じで、ワクワクするね~」
「子供か」
そういう山賀だって、船のデッキに立って、ずっと海を眺めていた。周囲には、そんな山賀を眺める他大学の女子マネージャーや、女子選手が集まってきていた。全くうらやましい。
すると、山賀が、顔を近づけてきて。
「海も綺麗だが、近藤、お前の顔も綺麗だぞ」
はっ? 山賀、何言ってんだ?
すると、周囲から、
「えっ、もしかして、そういう関係なのかな~?」
とか、
「え〜、やだ〜、ボーイズラブ?」
とか、そういう声が聞こえる。山賀のやろう~。遊んでんな。ちなみに、僕と山賀は、そういう関係ではない。
そして、デッキは静かになった。このやろう〜。
第10戦、大島で行われたタイムトライアルは、多少のアップダウンのあるタイムトライアルだったので、僕も出場。入賞は逃したが、そこそこ良い順位だった。ちょっと自信がついた。
そして、アップダウンのあるタイムトライアルならば、伊勢の得意分野であり、3位になる。伊勢も、僕達も、まだ一年なのだ。来年になって、さらに力をつければ、優勝も夢じゃないだろうな。
で、栗谷先輩だが、おそらく翌日のレースの為に、温存したのだろう。入賞にとどまった。まあ、見るからに力を抜いた走りで入賞するのが凄いんだけどね。
そして、翌日のレースは、再びのヒルクライムレースだった。今回は、平均斜度9%で、標高差500mを5.5km走って一回頭頂し、一旦、山を下って、再度山を登って、山頂ゴールという感じだった。
「さて、どういう作戦でいく?」
栗谷先輩が、僕達にこう聞いてきた。
「また、逃げ待ちでいきますか?」
「それも良いね~」
「だけど他大学も今回は、警戒してるでしょ。近藤の逃げは、潰されるんじゃないですか?」
「そうかもね」
どうやら、栗谷先輩は、今回作戦を僕達に考えさせるようだ。僕や、伊勢の言った事を、肯定も否定もしなかった。
すると山賀が、
「今回は、登坂距離が短いから、逃げをあんまり逃げさせないで、2回目の登坂で逃げグループを捕らえつつ、集団を削っていくって感じで良いんじゃないかな?」
「まあ、それしかないか」
伊勢は、そう言いながら、
「で、山賀はどうするんだ?」
「ん? ああ、ダウンヒルで、逃げグループに追いついて、そこから、アタックしようかと」
「えっ!」
山賀、そんな事考えてたんだ。
「伊勢も、ついてくるか?」
「無理だよ。お前のダウンヒルのスピードは危ない」
「そうか?」
「ああ」
そう言えば、山賀はダウンヒルも速かったんだった。頭のネジがおかしいのかもしれないが、信じられないようなスピードで下っていく。注意はされているが今のところ落車していないので、許されていた。
「1分差なら追いつけるか?」
話を聞いていた栗谷先輩が、山賀に聞くと、
「はい」
「じゃあ、それでいこう」
こうして、作戦は決まったのだった。大丈夫だろうか?
そして、ヒルクライムレースが始まる。
僕達Aチームは5人。栗谷先輩、僕、伊勢、そして、山賀に、平田なのだが、今回ヒルクライムレースという事で、平田は欠場。
代わりに、二年の西川先輩が入って、その西川先輩と、栗谷先輩が交代するように僕達を引いてくれていた。まあ、逃げグループが逃げて、僕達は集団なので、そんなに隊列に意味はないかもしれないけど。
で、徐々に、栗谷先輩が引く時間が長くなり、そして。
「すみません、栗谷先輩」
「ご苦労さん、西川」
そう言って、西川先輩が集団から遅れていく。一言、声掛けようかと思ったけど、生意気に思われるかな? と思いやめた。
そして、栗谷先輩は単独になると、黙々と僕達を牽引しつつ、さらに集団の前方に上がっていく。すると、集団からちぎれていく人数が増える。本当に凄いな栗谷先輩は。山賀曰く、日本のファンアールトだそうだ。まあ、スプリントは速くないけど。
そして、一回目の登りが残り500mとなった時だった。山賀がダンシングして、凄まじいスピードで頂上を目指す。栗谷先輩のコントロールで、ちょうど先頭との差は1分差になっていた。
他大学も、山賀を追う。そして、2人、山賀に追いついた。おそらく今日のステージ優勝を狙っていた他大学の学生だろうな。
まだまだ足は元気だし、山賀のスピードにもついていけたようだった。そして、山賀はそのスピードのまま下りに入り、山を猛スピードで下っていく。
僕の目にも入っていたが、山の反対側を山賀が猛スピードで下っていき、後続との距離はみるみる開いていく。
それで、僕達は、ゆっくり一回目の登りを終え、下りに入る。列は長く伸びて、1列縦隊となった。
そのまま5kmほど下って、また登りだった。そして、2回目の登り口にホワイトボードが設置されていて、チラッとボードを見る。
「えっ!」
そこには、先頭と標記されて山賀のゼッケン番号が入った第1集団、そして、30秒離れて第2集団、で、さらに、30秒離れて僕達、第3集団となっていた。本当に追いついたんだ。すげー。素直に感心した。
まあ、こうなると、山賀のロードカップシリーズ3勝目は確実だろうな。
そして、僕も伊勢をアシストし、上位でフィニッシュさせたのだった。
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