第3話 全日本学生ロードカップシリーズ前半戦

 ある程度食べて落ち着くと、自然と自転車の話題になった。しかも、今日の計測に関しての。


「あれだけ、キッチリデーター出されると、納得するしかないよな」


 平田の言葉に皆がうなずく。


「だけど、皆は良いじゃないか、褒められてさ~」


 思わず愚痴が溢れる。


「近藤も、褒められただろ? 悪くないってよ」


 平田〜、お前良いやつだけど。褒められてないよ、それ。


「まあ、それでも、頑張るしかないだろ」


 伊勢の率直な意見が、胸に刺さる。


「まあ、アシストも目立つぞ。ツール・ド・フランスを見てても映るのは、ほとんどアシストだろ?」


 フォローしてくれているのか、山賀が優しい。だけど、アシストか〜。


「山岳アシストなんて格好良いぞ。最後まで残って、エースの為に献身的に働く」


「俺達の為に働けって意味か?」


 山賀のフォローに、伊勢は鋭い言葉を返す。


「おい、伊勢〜」


「俺は、山賀の為にアシストもするぞ」


「そ、そうか、ありがとう、伊勢」


 山賀は、伊勢に何も言えなくなって、こちらを向くと。


「それに、お前の脚質だったら、独走して逃げ切り勝利。なんて事も出来るだろ? 高2の時みたいにさ〜」


「俺ともう何人かで逃げて、最後のスプリント勝負で負けたんだ」


 伊勢が、微妙に悔しそうに、そう言った。



 そうか、そう言えば、高校二年のインターハイのロードレースで、僕は勝っていた。



 インターハイのロードレースは、某漫画のように複数日にわたらずワンデーレースだ。そして、スプリントポイントとか、山岳ポイントなどもなく優勝争いのみなのだ。そして、トラック競技との総合ポイントで総合優勝を決める。


 このインターハイのロードレースで、僕は高校二年の時に、逃げ切って勝った。天候が悪く、集団が追いつけなくて逃げ切り勝利ってやつだった。


 山賀は、あの時の事を言っているのだ。僕の過去の栄光だった。何もかもが懐かしい。


「まあ、確かに」


「一年の時や、三年の時は、勝負に成らなかったがな」


「うぐっ」


「おい、やめてやれ伊勢」


 珍しく山賀が、困った顔をする。


「まあ、三年の時は俺の真骨頂、ド平坦でのスプリント勝負だろ。俺が負けるわけがない」


 平田が、自慢気に言うと。伊勢が。


「その代わり、一年の時はリタイアだがな」


「あれは、アップダウンが激しすぎたんだよ!」


「だから、俺が、優勝出来たんだけどな」


 そう、一年のインターハイは、山賀が優勝したのだった。そして、二年の時も3位、三年も2位。コンスタントに表彰台に立っていた。ワンデーレースで、適性さえ合えば負けない。それが、山賀だった。


「山賀は、常に良い順位だろ」


「まあね」


 山賀が、ちょっと照れる。



 山賀は、一年の時は、アップダウンの激しいコースで、次々にちぎれていく中、最後まで残り、集団スプリントで勝利。一応、僕も入賞はした。


 二年の時は、天候不順で、僕と伊勢が逃げ切ったが、他の逃げをうった皆は集団にとらえられ、集団スプリントでトップゴールした山賀は3位だった。


 三年の時は、ちょっとしたアップダウンしか無い難しいコースで、大きな集団のままゴールスプリント。1位が平田で、2位が山賀だった。スプリント力のない、僕と伊勢は集団の中程でゴール。


 こう聞くと、なんだ伊勢も、大した事ないじゃんと思うかもしれないが、伊勢はトラック競技のタイムトライアルや、速度競争にも出て、インターハイ三連覇をしていた。そして、伊勢の学校も三連覇していた。



「結局、一度も総合優勝出来なかったな」


「当たり前だろ。俺がいたんだ」


「はいはい」


 伊勢が、山賀の言葉を聞いて、当然だとばかりに、返す。





 そして、完全休養日明けに、自転車部の練習が始まる。自転車に乗る時は、パワーメーターとサイクルコンピューターを渡されて、指示通りに強化していくのだ。高校の時のようにがむしゃらに自転車こいでいれば良いわけじゃなかった。


 サイクルコンピューターに表示される心拍数で運動強度を確認し、トルクやケイデンスを見ながら、ギアやペダリングをコントロールしながら走る。練習は、これだけではなかった。


 練習は、筋トレもあったり、水泳もあったり、そして、室内でローラー台に乗ったり、外で自転車乗ったり、それぞれの個人トレーニングや、集団走の練習だったりをしていくのだった。





 そして、4月末早くも全日本学生ロードカップシリーズが始まったのだった。



「じゃあ、作戦を決めていこう」


「はい」


 栗谷先輩が、音頭を取ってチーム戦術を決めて行くことになった。


 びっくりだった。栗谷先輩は、トラックレースも出るのに、さらに監督に言って、僕達Bチームのキャプテンに立候補したのだった。


 こうして、僕達Bチームは始動したのだった。まあ、とりあえずBチームていう事らしいけど。


「じゃあ、次のレースは、山賀と平田のダブルエースって事で良いな」


「はい」


 初戦のレースは、多少アップダウンのある周回コースだった。アップダウンを越えられたら、最後の平坦は、平田がスプリント。平田が駄目だったら、山賀がスプリントするという感じだった。



 だけど、コースを見ると、山賀が。


「俺の日じゃないな~。このコースは燃えない」


「はっ? 何言ってんだ、山賀?」


「平田、頑張れよ」


「おう!」


 で、結果は。栗谷先輩が最上位という惨敗だった。平田は、多少のアップダウンで消耗、早々にちぎれ、やる気のない山賀も、集団の最後尾でゴールする。


 山賀~、燃えないじゃねえよ!



 と思ったら、翌週に行われた第2戦も、京都のなだらかなアップダウンで、だが、平田が頑張ったが、残念ながらだった。



 そして、第3戦は、長野で行われたのだが、結構激しいアップダウンで、平田は欠場。そして、山賀は。


「おっ、これは燃えるね~」


 だそうだ。そして、言葉通り。



「さあ、登り勾配のスプリント勝負です。おっと、一人抜け出した速い速い、あっと言う間に後続を引き離して、今ゴール。優勝は、日海大学一年の山賀選手です」



 こうして、山賀は第3戦で優勝したのだった。日海大学にとって、ロードカップシリーズでの久々の優勝だった。



 で、この第3戦だが、我々Bチームは、逃げグループに選手を送らず。レース後半に入ると栗谷先輩が、スピードアップ。集団を削りつつ、早めに逃げグループに追いつくと、今度は、伊勢が引っ張りコントロール。


 そして、最後は、僕が、ゴール手前まで引くと、山賀は一気に登り坂をスプリントしていった。本当に速い。やっぱり素質が違うんだろうな~。



 そして、この第3戦は、個人タイムトライアルも行われたのだが、これは、伊勢が2位表彰台という快挙を達成し、伊勢がポイントランキング上位に入る。


 栗谷先輩は、得意のタイムトライアルだが、アップダウンが激しくて、入賞のみにとどまった。


 ちなみに、山賀は、アップダウンの激しいタイムトライアルだったものの、下位に低迷する。



「本当に、タイムトライアル苦手なんだな」


「ああ、ちゃんと走ったつもりなんだけどな~」


 だそうだ。



 続く第4、5戦は、山賀がやっぱりやる気なく、伊勢が奮闘しポイントをもぎとった。



 そして、第6戦。大井埠頭での、平坦クリテリウムにおいて、平田が優勝する。


 アップダウンがないので、最後のスプリントは、栗谷先輩が牽引しつつ、山賀が発射台となり、最後は平田がスプリントしてのスプリント勝利だった。



 これで、日海大学は、クリテリウム2勝。さらに、個人タイムトライアルは、平坦のタイムトライアルとなり、栗谷先輩の圧勝となった。そして、伊勢も3位に入る。これで、伊勢は、ポイント争いトップとなったのだった。



 そして、その後行われた、全日本大学生選手権のタイムトライアルで、栗谷先輩が優勝する。そして、ロードレースは監督の意向でAチームが出場し、見事に勝てなかった。


 そこで、監督の腹いせなのかな? AチームとBチームの入れ替えが発表された。



 僕達が、Aチームだそうだ。



「だったら最初っから俺達をAチームにしとけば良かったんだよ。まあ、どうでも良いけどな~」


 山賀は、こう言っていた。思えばこの頃から、山賀の心は大学自転車ロードレース界から、離れていったのかもしれない。


 この頃から、山賀は、たまにだが、バイトで、練習を休む事があった。まあ、全体練習や、本番の時は休まなかったので、目立たなかったけどね。



 そして、ロードカップシリーズは、後半戦に突入する。

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