第一部

第2話 能力測定と脚質と焼肉と?

「すげ〜、これで三連覇だよ」


「キャ~、栗谷先輩〜」



 ここは、埼玉県の利根川河川敷にある自転車道だった。そこで、全日本大学選手権個人タイムトライアルが行われ、日海大学3年の栗谷先輩が三連覇を達成した。


「一年の時から三連覇か〜」


 僕が、そう呟くと、共に応援に来ていた。山賀、平田もうなずく。


「後は、全日本の優勝を目指してだろうな」


「化け物だな」


 と言いながら、山賀も平田も全日本学生ロードカップシリーズ選手権で一年なのに、優勝していた。


 山賀は、長野で行われた激しいアップダウンのあるクリテリウムで、平田も大井埠頭の平坦でのクリテリウムでのスプリント勝利だった。


 僕とは、才能が違うのだ。



 これでも、高校時代は、伊勢を含めた四人で、高校ロードレース界を引っ張っていた気がしたんだけどね~。僕は、インターハイで二年の時に優勝していた。珍しい逃げ切り勝利だったけど。


 まあ、高校の時は個人戦の色合いが強かったが、大学生になってチーム戦の色合いが強くなったら勝てなくなった。





 日海大学に入学して、自転車部に入部すると、色々な器具をつけられて、ローラー台に乗り、自分の脚質を見極める為に、数値の計測が行われた。


 FTPとか、パワーウエイトレシオとか、クリティカルパワーとか、VO2maxとかを計測するのだそうだ。


 FTPは、Functional Threshold Powerと言って、1時間辺りのその人が出すことが出来るパワーで、持久力を表す数値だそうだ。


 パワーウエイトレシオは、FTPを体重で割った数値。これが一応、傾斜のある山などを登坂する時のスピードを表す数値となる。


 そして、クリティカルパワーは、30秒とか、3分間とか、10分間でどのくらいのパワーが出せるかで、短時間でのパワー出力が高ければ、スプリント能力が高いなどの推測が出来るのだ。


 そして、VO2maxは、 最大酸素摂取量という意味で、1分間に体重1kgあたり何mlの酸素を取り込めるかを表し、フィジカル的なポテンシャルを表す指標だそうだ。



 これらを計測して脚質判断の指標とするのだが。結果は。



「伊勢、流石だな~。FTPが、かなり高い、そして、体重も絞っているから、パワーウエイトレシオも高い」


「ああ、栗谷ほどの数値ではないが、体重が全然違うからな~。タイムトライアルも出来て、山も登れる。オールラウンダーの適正ありってところだろうな~」


「年間ポイント争いがあるから、エース候補って感じでしょうか?」


「エース候補ではなく、エースだよ」


「ありがとうございます」



 計測が終わりクールダウンしていると、監督やマネージャー、そして、キャプテンと栗谷先輩などが、講評しているのが聞こえてくる。



「平田は、完全にスプリンターだな」


「ええ、登りは、無理でしょうね〜」


「ああ、平坦レースでの、エースで決まりだが……。まあ、トラック競技にも挑戦してみろ」


「はい!」


 平田の馬鹿みたいに大きい返事が響く。


 その後も、食事のアドバイスや、練習メニューに関しての質疑応答等が行われている。



「次は、山賀」


「はい」


 監督やマネージャーが顔を見合わせて、悩んでいる。


「20分計測の時のFTPは高いが、1時間計測のFTPは低い……」


「ですが、VO2maxの数値は、かなり高いですよ」


「そうだよな~」


 ここで、栗谷先輩が、口を挟む。


「持久力はあるが、独走力はないって感じでしょうか?」


「そうか、そうだな」


 そして、他の数値に皆が、目を向ける。


「クリティカルパワーは、かなり高い数値だ。平坦での平田の発射台になれるが、それだけじゃない」


「ええ、パワーウエイトレシオでも、短期では、異常に高い数値と言えますね」


「となると、山岳クリテリウムでのエース格だな」


「エース格ではなく、間違いなくエースです」


「確かに栗谷の言う通りだな。まあ、アシスト付きは、大前提となるがな」


「はい、ありがとうございます」


「脚質的にパンチャー。山賀と言い、平田と言い、久々にステージレースで勝てる人材が入ってきましたね~」


「嬉しそうだな、栗谷」


「はい、嬉しいです」


 片付けを手伝っていた先輩方の肩がガクッと落ちるのが見えた気がした。



 確か、去年、栗谷先輩とチームを組んでいた、秋田先輩と、丸先輩だったかな? 確かに去年は、クリテリウムでの勝利は無かったけど。まあ、上位には入るが勝ちきれないって感じだった。



 そして、僕の番となったのだが……。


「う〜ん、FTPは悪くない」


「小柄で体重も軽いですから、パワーウエイトレシオも……、悪くないですね」


「ああ、クライマーの脚質……。伊勢よりは、低いのか……」


「ええ、悪くないのですが……。VO2maxも高いので、独走力も持久力もあると言えるかと。ですが……」


「そうだな、悪くない……。が、小柄だからか?」


 もう、歯切れが悪い。悪くないか〜。


「まあ、クリティカルパワーは高くないから、ゴール争いは難しいが。トラック競技にも……。まあ、悪くないが、割って入る程じゃないか……。う〜ん」


 もう、止めて。すると、栗谷先輩が。


「監督、一年のうちは、俺と一緒にアシストの勉強という感じで良いのではないでしょうか? 俺が出来ない山岳アシストも出来ますし」


「そうか、そうだな、近藤。まあ、そんな感じだ、頑張ってくれ」


「はあ」


 もう、落ち込むよ。こう数値にされると、実力差が明確に感じられた。



「は〜」


 僕がため息を吐き、落ち込んでいると、誰かが寄ってくる気配があった。


「ワハハハ! まあ、気にするな」


 そして、背中をバンバン叩かれる。平田だった。良いやつだな~。


「でだ、明日は完全休養日、飯行かね?」


 どうやら、食事に誘う相手を探していただけのようだった。まあ、行くけど。


 そして、平田は周囲を見回して。


「おい、山賀、伊勢、お前らも行くよな? 近藤の慰め会」


 すると、山賀が。


「親友の慰め会となれば、共に行くのは吝かでない」


「あっ? やぶさか……、まあ、行くって事だよな?」


 そして、伊勢も。


「明日は、完全休養日。確かに、悪くない」


 というわけで、四人で食事に行く事が決まった。そして、平田が。


「明日は完全休養日ということは、肉だよな、肉、肉」


 というわけで、焼肉屋に4人で行く事になったのだった。



「ウーロン茶4つに、塩ロース8人前ね! 後、ご飯四つ大盛りで」


「かしこまりました」


 う〜ん、実に健康的だ。まあ、未成年だから飲まないのは大前提として、脂身のない塩ロース。そして、価格も安い。



 ジュ~、ジュ~。


 肉が焼ける良い匂いがする。山賀は、まだ赤く見える肉をとって、ぽん酢につけて食べる。それを見て、平田が箸をのばし、肉をとり、タレをたっぷりとつけてご飯の上に、乗せて食べる。


「おい、デブ。タレをつけるなタレを。せっかくの塩ロースだぞ」


 山賀が、平田の食べ方を見て文句をつける。


「デブとはなんだデブとは、俺は筋肉の塊だぞ。それに、俺はスプリンターだ。甘みは良いんだよ甘みは」


 確かに、デブではないが、平田は筋肉質だし体も大きい。決してデブではない。


 胸に厚みもあって、腰が細く見えるから、ゴリラのようには見える。失礼かな? 


「違う。肉の味だ肉の。塩ロースにタレをたっぷりつけたら肉の味しないだろ?」


 まあ、確かに。だけど、山賀は、意外だが、肉奉行のようだった。僕は、両面ちゃんと焼けたところで、塩ロースをとり、軽くぽん酢につけると口に放り込む。うん、旨い!



 すると、今度は、山賀の視線が網に残った肉へと向けられる。それは、伊勢の肉だった。


「おい、肉焦げるぞ」


「良いんだよ。良く焼いて食べないと体に悪い」


「はあ? ロース肉だぞロース肉。表面さっと炙ってかぶりつくのが美味しいんだよ」


 それは、それでどうかと思うけどね。


「ふん、野蛮人が」


「なんだと」


 山賀は、伊勢の方に、ズイッと顔を近づける。僕は、慌てて仲裁する。


「食べ方は、自由だろ。美味しく食べようぜ」


 伊勢は、山賀を無視して、良く焼けた肉を食べる。



 僕は、伊勢の体をチラッと見る。山賀並みに背があるが、本当に細い修行僧のようだった。ミスターストイック。余分な脂肪はつけないが、筋肉はつける。


「うん、美味しい」


 伊勢の食べ方は、本当に綺麗だ。しかも、姿勢も背筋が伸びて綺麗だった。まあ、性格は、あれだけど。



 山賀は、本当に美味しいのか? って、顔で伊勢を見ている。しかし、本当にイケメンだ、山賀は。焼肉屋にいる女性店員が山賀の事をチラチラ見ている。本人は、気にも止めていないが。


 身長もそれなりに高く、筋肉質だが、ゴリゴリマッチョという感じではなく、一見、モデルか? というスタイルの良さだ。まあ、自転車の乗り過ぎで歩くと若干がに股だが、それは、皆同じだから、仕方がない。



 そして、僕は、小柄で体重は軽い。まあ、BMIにすると、伊勢の方が痩せている感じだが。



 僕達は、夢中でウーロン茶を飲みつつ塩ロースを食べるのだった。

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