6
「ぁ……ぅ……」
「やった、やったぜ!」
アイリスの体から乱暴に刃物、銃剣を抜いた何者かは血のべっとりついた剣身を高く点に掲げ、勝利の雄たけびをとどろかせた。
「な、なによ……これ……」
「っしぃ―――!!」
アランは、足がすくんでいるのか、一歩も動こうとしないアヤメを後目に、疾走を開始する。そこに思考は介入しておらず、ほぼ反射といっても過言ではない速度で何者か――男に迫ったアランは、護衛用に持ち出していた銃剣を男の首めがけて横なぎにふるった。
「ちぃっ!!」
男は、掲げていた銃剣を、アランの剣閃に合わせて振りおろした。コンマ数秒の合わせの後、両者は大きく後ろに飛んだ。アランは隙を縫ってアイリスの服の襟を掴んで、引き寄せた彼女を、アヤメに託す。
「こいつを抱えて街まで逃げろ、そんですぐ治療受けさせてやってくれ」
「で、でも!」
「俺は大丈夫だ、早く行け」
「そ、そん」
「早く!!」
アヤメの背中を押したアランは、後ろを駆けていく足音を聞き届け、前、男の方にキッと視線を移した。
おそらく、最初からアランたちのことを狙って、この空洞のどこかに身を潜めていたのだろう。そうでなければ、たった一つの入り口をずっと見張っていたアランの目をかいくぐれるわけがない。そして、おそらく狙っていたのは、アイリス。その理由は一切わからないが、狂気を宿す瞳から、人として、危ないということは分かった。
「誰だ」
まるで男はその言葉を待っていたかのように肩をすくめ、深く被っていたフードを剥いだ。そこには――。
「お、まえ、は……」
「そうだよ、俺だよ、*ユーリ*だよ……久しぶりだなぁ、アラン」
どこまでも無邪気な、鮮緑の髪をした少年、ユーリ・バリウスの姿があった。
「どう、してだ、なんで生きてる、それに……」
「いやー、あそこでは毎日のように顔合わせてたからなんかこう、改めて見ると懐かしいよな」
意味不明、その一言に尽きた。アランはあの時、自分以外の隊員は全員死んだものとして割り切っていたし、実際アランの周りにはたくさんの死体が転がっていた。だが、ユーリは確かにそこにいる。声も、顔も、しゃべり方も、すべてが彼たり得るもので、それをドッペルゲンガーだと思えるほど、アランは楽観視を許してはいなかった。
ユーリは、いつもと同じ人懐っこい笑顔で、でもいつもとは何かが決定的に違う表情でアランに語り掛ける。
「なあ、アラン。なんであれと一緒に行動してたんだ?」
その言葉からは、おおよそ感情というものを見つけることができなかった。それがとても薄気味悪く、アランは言葉を探しながら、慎重に返答を口にした。
「監視だよ。あんな化け物が世に放たれたら――」
「なんで殺さなかったんだ?」
心臓が、一際大きくはねた。それを口にすることはできない。それを己に認識させてしまったが最後、アランは罪悪感という名の鎖にとらわれ、二度と日の光を見ることができなくなってしまう。自分でもわかっていたのだ。どうしようもなく個人的で、利己的な理由だということは。
「……俺じゃあいつに勝てねえよ。お前も見ただろ?あのバカげた力」
だから流れるように口をつく嘘に身を任せ、思考を放棄する。胸の奥底が、やけに痛かった。
「ああ、けどさ、俺見てたんだよね。アランがあれを撃とうとして、直前でやめたの」
「っ――!」
痛い。とてつもなく痛い。もう考えるのが億劫だ。アランは衝動に従った。
「しッ――!」
鋭く息を吐き、重心を限りなく前に傾け、疾走する。瞬く間に縮まったアランとユーリの距離を、さらに縮めるべく、銃剣を前へ突き出した。
「物騒だ、なっ!!」
しかし、さすがにアランと同じあの特攻隊だっただけあって、身体能力、反射神経諸々はずば抜けて高く。ユーリはその弾丸のような突きを右に大きく飛ぶことでいとも容易く回避した。そして今度は右足を地面に強くたたきつけ、慣性を殺した後、訪れる反動を利用し、アランの脇腹めがけて体を射出する。対するアランはそれが自分の頭の横に来るようしゃがんで調節し、剣身の腹に合わせていなした。
「あ~あ、まさかアランと戦うことになるなって思ってもみなかったぜ。てかもとはと言えばみんなお前のために死んだってのに、当の本人はこんな裏切り、全く嫌になっちゃうよな」
「黙れ――っ!!」
その脳が焼き切れてしまいそうなほど激しい、白熱した感情は、いったい誰に向けてのものなのか、それをアランははっきりと理解している。しているからこそ、どうしようもなかった。アランは、視界の先で、姿勢を低くし待ち構えるユーリに猛然と突進していく。
「そんで図星つかれたらこうやって実力行使にくるわけだ。なんか幼くなった?アラン」
「はッ!!」
横腹を狙う剣閃はブラフだ。本命は、左手。ユーリの首元をつかみ、地面に押し倒しさえすれば勝敗は決まったようなもの。アランは右手を大きく後ろに引くと同時に、左手を背中の後ろに隠す。そして、アランとユーリが交錯する一瞬、そこを狙って両手を同時に突き出した。
「単純すぎるよ」
しかし、ユーリはそんなアランの行動をすべて見通していたかのように、足を限界まで縮めて跳ぶことで両方を回避し、さらに突き出されている手を足場にもう一度跳び、アランの背後に回る。アランはまだ態勢を立て直せておらず、ユーリの鋭い蹴りを背中ですべて受け止めた。
「がはッ――!!」
衝撃が体中に走り、息が詰まる。アランは素早く距離をとり、喘ぐようにして酸素を取り入れた。
「どうしちゃったんだよアラン。われらが副隊長はこんなに弱くなかったぜ?」
「う……る……せえ……」
明らかに動揺していることはアランも自覚していた。でもそれを止める術をもっていなかった。そもそも、ユーリがこの場にいる時点で、止められるはずがなかったのだ。――それにアイリスたちが逃げ切れるだけの時間を稼げばあとは戦わなくてもいい。アランは、再び突進を敢行しようと、左足を前に――。
「あ、ちなみに、こっから町までの帰り道に何人か傭兵雇っておいて置いたから。そうとう腕利きでさ、たぶん今頃八つ裂きだろうね」
その言葉を聞いただけで、全身が脱力する。踏み出した足の膝ががくんと折れ曲がり、体制を崩したアランは無様に地に膝を付けた。
「さすがにあれ相手だしね、ちゃんと準備してきてるんだ」
「っ――!」
次の瞬間には、アランは出口に向かって走り出していた。あの化け物が、アイリスが簡単に死ぬとは思えないし、あんなバカでかいつるはしを使いこなしていたアヤメだっている。傭兵のちょっとやそっとでくたばっているわけがない、とアランは自分に言い聞かせ、でも不安は拭い去れず、アヤメの護衛のためと折り合いをつけて、ユーリとの戦いを放棄しようとする。だが、当然、ユーリは立ちはだかってくるわけであって。
「そこを、どけ」
「アランの目的が、あれを殺すことだったらどいてあげるぜ。けどもしあれを助けようなんて考えてるなら、止める」
「三度目はねえ、どけ」
「そうやってわかりやすい敵意ふりまいてるうちは、無理」
「ちっ!」
アランは力づくでその壁を突破しようと、再びユーリとの戦いに身を投じる――かと思ったが。
「……でもまあ、やっぱりいいぜ、行っても。なんか萎えちゃったからな」
「……は?なんていった?」
「だから、あれ追いかけていいって言ってるんだよ」
アランは聞き間違えかと思い、思わず聞き直したが、どうやら幻聴ではなかったらしい。その証拠に、実際ユーリは出口の前からその身を引いている。
「なんで急に……」
「どうせいつか殺すし、アランは本調子じゃなくてつまんないからだな、ほら、早く行けよ、ひょっとしたら心変わりしちゃうかもしれないぞ」
「……っ」
アランは、素早くその場を去っていた。
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