第88話 百年前

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 約百年前。


半血ハーフ・ブラッド』のマリアは数十年来の友人であり護衛対象でもあるアルティアと向き合っていた。


 アルティアは床に伏し裸猿人族ヒューマンとしては長かった人生の最期のひとときを過ごしていた。多分、あと数日の内に世を去ることになるだろう。


 王や貴族といった特権階級がない国づくりを目指したアルティアは同じ考えを持つ者たちとオークを追い払って未開の荒野を開拓し、教義のみを規範として自分たちの上に置くアルティア教国を建国し長く治めていた。


 アルティアによる統治の最初の頃、アルティア教国の建国を認めない国々が開拓地を武力で制圧しようとしたが『半血ハーフ・ブラッド』と共に排除した。


半血ハーフ・ブラッド』は、もともと傭兵であるマリア個人の二つ名だ。


 マリアは自分と同様の境遇の半獣人たちに自分の身を守れて収入も得られる職業として傭兵業を勧めた。何も持たない者にとって資本は自分の体しかないためだ。春を売らない方向に自分を高く売るためには武力を誇示する形が一番だった。


 半獣人は単純な肉体労働への従事では足元を見られて安く扱われていた。他の職業でも似たようなものだ。足元を見られるから食うや食わずでじり貧に陥って生活が立ちいかなくなる。


 マリアは自分と似たような境遇の半獣人を集めて戦いの技術を教え、班をつくり、小隊をつくり、次第に自分たちを独立した傭兵集団として成長させていった。


 似たような職業には探索者もあるが探索者は個人規模だ。


 成果を残した一角ひとかどの探索者であれば引退後も悠々自適な暮らしを営めるかもしれないが、手足の一本も失ってやむなく引退する形ともなると潰しが効かない。探索者はいつかどこかで野垂れ死ぬ前提で取り組む個人的な職業だ。


 それに対して傭兵は組織だった。


 前線以外にも後方支援という立ち位置がある。


 その後方も部隊の殿しんがりという意味ではなく、例えば親である両親が傭兵として戦場に出ている間、置いて行かれる子供の面倒をみるといった意味での後方まで含む。


 いわゆる傭兵村だ。


 手足を失ったり加齢による肉体的な衰えにより前線には立てなくなった者でも組織の中であれば役割を見つけられた。物資の調達をする者だって必要だ。


 マリアは個人としてではなく集団として半獣人を生かす道を選択した。


 マリアの才覚であれば探索者としても一角の成功をなし得ただろう。


 傭兵団が存続するためには後方に傭兵村の存在が必要になる。


 後方でもあるし戻るべき場所でもあり住む場所、要するに居場所だ。


 アルティアが健在であるこれまでは特に取り決めなく『半血ハーフ・ブラッド』はアルティア教国北部の港湾部を拠点として活動をしてきた。


 アルティア教国建国以前は荒れ地であり、もともとアルティアらとマリアらで開いた土地だ。


 立地的にはアルティア教国内でも有数の土地である。後の居留地と呼ばれる場所だ。


半血ハーフ・ブラッド』のマリア以外の者たちは皆マリアより早く引退したり死んだりして前線を離れるか代替わりをしていくが、マリアだけは常に前線に残り自身を鍛え上げた。前線から引退した者は後方での業務を役割とした。


 その代替わりを何回も何十回も繰り返す間、マリアら『半血ハーフ・ブラッド』は長くアルティア教国の正規の軍隊と肩を並べて戦った。


 アルティアは裸猿人族ヒューマンが平等に生きられる暮らしのために戦い、マリアは行き場のない半獣人の居場所を確保するために戦った。


 アルティアとマリアが共に生きた何十年かの間、二人が目指すところは同じものだった。


 けれどもアルティア教国が次第に大きくなり世代も変わっていくにつれて、国内を荒らすオークの掃討といった戦闘はあれど、アルティア教国の設立を認めない他国からの侵略戦争はなくなり平穏な時代が訪れた。


 アルティア教の信者もアルティア教国内だけに納まらずに増え、アルティア教国という国と土地がマリアの同胞たちの流された血の上にできている事実を知らない者たちが増えていった。


 荒れ地を開墾していた時代からの同志は少なくなり新しく生まれたり後からアルティア教国へ移り住んできた者が多くなる。


 戦争が当たり前でなくなった時代に国内有数地を傭兵団が占有する状況が疑問視された。

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