第80話 いらぬ気じゃない気

               83


「食い物と馬をよこせ」


 流民が野太い声で言った。


 相手が野盗や山賊であれば「金を出せ」という場面だ。


 金ではなく直接食べ物を求めてくる時点で切実さのレベルが高かった。


 やっぱり国都でも十分な量の炊き出しは行われていないのだ。流民の数が多すぎる。


 とはいえ、馬を連れたまま国都の近くまで来てしまったのは失敗だった。


 廃村に入った際、現在は同行者である男は馬を食料として狙ったのだ。


 廃村よりさらに食料事情が悪いかも知れない国都の流民は男と同じ考えを持つだろうと思い至っているべきだった。さらには家畜である馬をまだ食べないでいられる余裕があるのだから、当然、馬以外の本来の食べ物も持っているはずだと考えられていて然るべきだ。


 ぼくはあちこちに立っている『半血ハーフ・ブラッド』隊員たちの様子を窺った。


 隊員たちは基本的に二人一組で周辺の警戒にあたっているようだ。


 一番近い場所にいる隊員は、ぼくたちから三十メートルくらい離れた場所にいる。


 もちろん物騒な流民が、ぼくたちに今にも襲い掛かろうとしている状況には気づいているはずだ。


 けれども『半血ハーフ・ブラッド』隊員たちに動く様子はない。


 流民の側も『半血ハーフ・ブラッド』隊員たちに見られている事実を承知している。


 流民と隊員が結託していて、ぼくたちを襲う行為を黙認しているというわけではないだろう。多分アルティア神聖国民同士の問題には『半血ハーフ・ブラッド』は関与しないという方針があるのだ。要するに無視だ。


 流民たちも『半血ハーフ・ブラッド』の方針がわかっているから大胆な行動に出ているのだろう。


 ということは少なくとも『半血ハーフ・ブラッド』はアルティア神聖国の国都の周りにいる流民たちに対して虐待行為はしていないのだろう。


 もし虐待があるのであれば『半血ハーフ・ブラッド』隊員の目に入る場所で流民は目立つような真似をしないはずだ。


 反対に流民のほうが『半血ハーフ・ブラッド』隊員よりも立場が上で、『半血ハーフ・ブラッド』はどうせ文句を言えないのだからと、強気の態度にでているわけでも、もちろんない。


 流民たちは、ぼくたちに脅しをかけながらも『半血ハーフ・ブラッド』隊員たちが何か動きを見せはしないか相手の様子を気にかけていた。どこかに『半血ハーフ・ブラッド』が介入してくる越えてはいけない一線があるのだろう。


 けれども、気にするということは流民としては『半血ハーフ・ブラッド』とは関わりたくないという意思表示でもある。


 ぼくたちに立ちはだかってきた流民たちの動きは、まるで素人だ。


 武器を持って数で脅せば、ぼくたちが大人しく従うと考えているのだろう。


 ぼくたちに対峙する男たちの後ろの少し離れた場所には積極的にぼくたちに襲いかかってはこないけれども、あわよくばおこぼれにありつこうという考えの人たちが同じくらいの人数、目を光らせてこちらを見ていた。


 さて、どうしよう?


 ぼくと斥候二人は剣ではなく剣と同じ位の長さに切った棒を腰にいていた。


 剣は荷車に隠してあった。


 相手も棒、こちらも棒。斥候二人がその気になれば剣を出すまでもなく流民たちなど瞬く間に叩き伏せてしまえるけれども、そんな明らかに素人ではない動きを見せてしまうと『半血ハーフ・ブラッド』にいらぬ疑いを抱かせてしまうだろう。


 どうせいつかは接触を試みるのだからそれでも構わないが男家族まで巻き込んでしまうのは忍びない。体力のない奥さんや娘が取り調べを受ける状況になるのは避けたかった。


 できれば、どうにか穏便に男家族に自分の村の人たちと合流してもらって、彼らと別れてから『半血ハーフ・ブラッド』とは正式な接触をしたい。


 馬の手綱は斥候の二人がそれぞれ引いている。


 男は妻子を守るように妻子が乗っている荷車の脇まで下がっていた。


 自由に動けるのは、ぼくだけだ。


 斥候二人が、ぼくと男に馬の手綱を託そうとした。荒事を引き受けてくれるつもりだろう。でも、そうなると『半血ハーフ・ブラッド』のいらぬ気を引いてしまう。


 だから、いらぬ気じゃない気を引こうとぼくは考えた。


「ぼくに考えが」


 ぼくは手綱を引き受けるのを断ると、「おーい」と三十メートル先に立つ『半血ハーフ・ブラッド』の二人組に手を振り、そちらへ向けて走り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る