第74話 廃村
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崖の上側に比べて崖の下側の森は思ったよりも浅かった。
馬に乗っていたぼくたちは、あっという間に森を抜けた。
崖の上から見た限りではどこまでも広大な森が広がっているイメージだったけれども実際は地平線の彼方ではなく遥か手前側に森の終点はあった。
以前はもっと広かった森を伐採してしまい、あっけなく森が無くなってしまったという、ぶち切られたような突然の終点だ。
切り開いた森の跡地は開墾されて畑地になっているわけでも家が立ち並んでいるわけでもなく、ひたすら荒野だ。
地面は岩盤が
岩が多い地面のため一度伐採してしまうと次の木は育ちづらい。
ひこばえが生えている切り株もあったが多くは枯れた切り株が引き抜かれもせずに朽ちているだけだった。
燃料用か資材用か分からないけれどもアルティア神聖国の人たちは何らかの理由で崖の下の森に生えていた樹木の多くを切ってしまい結果的に荒野が広がったみたいだった。
明らかにやりすぎてしまっている。まるでオークやゴブリンが追いやられて住んでいる不毛地帯のような景色だった。丸裸だ。
ぼくとは別の馬に乗っている斥候が地図を取り出し開いて眺めながらぼやいた。
「大分、様子が変わってるな。俺の記憶でも地図でも、この先までまだ森が続いているはずなんだが」
地図は軍事上の機密情報だ。市販の地図は流通していない。
斥候が見ているのは過去に何回も王国の間者がアルティア神聖国内に入り少しずつこっそり測量をして作製した自作の地図だった。もちろん時点修正されている。
何を隠そうその最新の潜入チームに、ぼくと行動を共にするこの王国の斥候二人は加わっていた。二人が今回も抜擢された理由の一つである。
そのため、ある程度ならばアルティア神聖国内の地理に明るい。アルティア神聖国の人たちに見つかったり気を引きすぎたりしないよう隠れて進むためには適任だった。
ぼくたちは延々と切り株が続く荒野のような土地を馬に揺られて進んだ。
そのうち切り株はなくなり丈の高い草が生えた草原になった。
馬に乗っていても人の頭しか草より上には出ない。
道はなく一面の草原だった。
誰かに見られないように姿を隠すことは簡単だったが近づけば草を倒した跡が明らかで簡単に追跡されてしまいそうだ。
ぼくがそんな話をすると、そのような場合は逆に倒れた草をうまく利用してカムフラージュする術がある、と同じ馬に乗っていた斥候が教えてくれた。
切り株がなくなり草原に変化したのは地面の土質が変わったためである。
岩がなくなり純粋な土になったのだ。
「おかしい。このあたりは一面に畑が広がっていたはずだ」
「ああ」
斥候二人の記憶だけではなく地図も、ここは畑だと告げていた。
畑がなくなり、いわゆる耕作放棄地が丈の高い草の連なりになっていた。
草だけではなく雑木の類も生え、それが結構な太さになっている。耕作放棄されてから何年もの年月が経っているのは明らかだった。
「この先に村がある」
地図を見ながら斥候が告げて馬を止めた。
ぼくの乗っているほうの馬も手綱を握る斥候が足を止めさせた。
アルティア神聖国では聖地巡礼として外国からも人が訪れる機会が多いアルティア教の聖地である国都の大聖堂はともかくとして、それ以外の多くの場所は観光地ではない。
質素倹約を旨とするアルティア神聖国内では一獲千金を夢見る探索者の活動も活発ではなかった。
したがってアルティア神聖国内の多くの場所において余所者はとても目立つ存在だ。
普通の人間は生まれ育った町や村と嫁ぎ先の街や村で一生を終えるのが通常だった。
嫁ぎ先が自分の生まれ育った町や村と同じ場所であれば人生の多くを自分が生まれた町や村だけで過ごして終わっても不思議ではない。
であるから、なおさら耕作放棄地の存在はおかしかった。
人は土地に付いているのだ。その土地が荒れていたら人は暮らせない。
予定では、ぼくたちは町や村には近づかず人目に付かない場所だけをうまく通って『
そのために馬が積んでいる荷物の大半は食料だ。馬に乗った大人が三人、アルティア神聖国内を食料の補給なしで縦断できる程度の食料を持参していた。
アルティア神聖国と王国は地続きだが『
王国の北の国境が『
位置関係ではアルティア神聖国の国都は、その手前だ。
身を隠せるような場所ばかり選んで進むので実際には『
居留地も国都も戦乱に見舞われている可能性があるため様子を見ながら慎重に近づく必要がある。
海路を使い、船で直接『
斥候の二人曰く、どこか別の国を経由し身分を隠して船を借りるか買うかする作戦をとる場合、戦時中の居留地でいきなり沈められる可能性や船と操作員の手配に時間がかかる可能性が高かったため時間が読める陸路を馬で行く今回の作戦が採用された。
なのだけれども、アルティア神聖国内の景観が変化している様子は以前に潜入した経験のある二人の斥候の予想を遥かに上回った状況であるようだった。
ひとまず、ぼくと一人の斥候が二頭の馬と共に足を止めたその場に残り、もう一人の斥候が身を潜めて前方にあるはずの村の様子を探りに行くことになった。
しばらくして偵察に行っていた斥候が戻って来た。
斥候は何も言わず身振りで馬を連れて来いと合図をして、また村の方へ戻っていく。
そんなに村へ近づいて大丈夫かと思ったが百聞は一見に如かずということなのだろう。
近づくどころか草原を抜けて半ば朽ちた簡単な板柵を超えて、ぼくたちは村に入った。
十数軒の木造家屋が建っていたけれども村内の地面からも丈の高い草が生えており住宅の屋根にも草が生えていた。
中には完全に崩れ落ちたり、まだ崩れてこそいないものの屋根に大きな穴が開いて屋内が雨ざらしとなっているような家もある。
完全に廃村だった。
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