第72話 非難

             75


 さすがに、ぼくは呆れかえった。


「どうやら疑いは晴れたみたいなので今度こそ帰ってもいいですよね?」


 ぼくは士官に確認した。


「もちろんだ。長く留め置いて悪かった。どちらかバッシュくんを探索者ギルドまで送ってあげてくれ。それから預かっていた剣も返してあげてくれ」


 士官に悪びれた様子は、まったくなかった。普通に斥候の二人に指示を出した。


 手配をするためか斥候の二人はテントを出て行った。


 ぼくは士官と二人きりになった。テーブルを挟んで、お互いに座っている。


「声明では『半血ハーフ・ブラッド』には王国と敵対する意思はまったくないそうだ」


 士官が口を開いた。


「だからそう言ったじゃないですか」


「ちょっと通訳をしただけの関係にしては君は随分『半血ハーフ・ブラッド』から気に入られているんだな。向こうには君が今どうしているかなどわからないだろうに君が我々に『半血ハーフ・ブラッド』との関わりを責められている可能性を考えて牽制の意味で、わざわざ声明に一言付け加えたんだ。

 お陰で我々は君に手を出せなくなった」


「そんなわけないじゃないですか、え、本当に?」


「おそらく。我々が君を拘束していなければ単に、そうか敵対の意思はないのかと聞き流してしまうところだが、君がここにいる事実があるため安易に聞き流せなくなった。

 君に手を出すな、という警告だと我々は受け取った。効果抜群の一言だったな。

 冷酷と評判の『半血ハーフ・ブラッド』らしからぬ優しさと配慮だ。

 本当に君は何者なんだ?」


「考え過ぎでしょう。ぼくに対して後ろめたい気持ちがあるから、そう感じるんですよ。それにぼくの知る限り『半血ハーフ・ブラッド』は優しい人たちばかりでしたよ」


「まだ暴力に訴えていなかった自分を褒めてやりたい」


 士官は不穏な言葉を口にした。そういう予定があったんだ。ぼくは冷たい汗をかいた。


 殴られたとしても特に情報を握っていないのだから何も話せない。こいつ、なかなか口が堅いなと、エンドレスに拷問を受けるところだった。


「ところで君は、そんな君のことを心掛けてくれている優しい戦友が今どこでどうしているか気にならないか?」


 なるに決まってる。


「ここにいた一万人のアルティア兵が撤退したのは当然『半血ハーフ・ブラッド』との戦場へ向かうためだろう。今頃は国都か居留地か。

 『半血ハーフ・ブラッド』がいかにトップクラスの大傭兵団だとはいえ何万人ものアルティア兵全軍を相手にするのはさすがに厳しいに違いない。

 まあ何か作戦があるのかも知れないが、もしかしたら本当に我々との共闘を望んでいるのかも知れん。

 生憎、状況がわからないから下手に手を出すわけにはいかないし連絡を取り合おうにも窓口がない。

 向こうが援軍を求めているならば待っていれば連絡があるだろうが、その連絡すら出せない状況にあるのかも知れない。

 外でやきもきしているだけでは判断が難しいな。

 とりあえずは現状を維持して様子を見るしかないが手をこまねいている間に手遅れになったら元も子もない。どうしたものか」


 士官は、ちろちろとぼくの顔に目をやったり逆に視線を外したりしながら、ぶつぶつ呟いた。明らかにぼくの気を引くための言葉だ。


 ぼくは深く息を吐いた。


「そりゃ、気になりますよ」


 士官は前のめりになった。


「君には『半血ハーフ・ブラッド』と連絡が取れる何か特別な手段があったりしないか?」


「残念ながら」


 ぼくは首を振った。


「この先、もし戦友の安否を知ろうとした時、君ならどうする?」


「『半血ハーフ・ブラッド』居留地に行くしかないでしょうね。行ってしまえば誰か知り合いを辿れるのではと考えています」


 なにせ、ぼくはオークキングスレイヤーだ。


「だが、当面は行けないな。もしかしたら、このまま居留地も『半血ハーフ・ブラッド』もなくなるかも知れない。恐らくその可能性が高い。

半血ハーフ・ブラッド』が勝算をどう考えているのかわからないが、アルティア神聖国から宣戦布告を受けている我々としては敵の敵である『半血ハーフ・ブラッド』の真意を知りたい。本当に共闘の道を探れるかも知れない。

 我々の望みは一致していると思わないか?

 お互いに『半血ハーフ・ブラッド』の動向を知りたい。

 多分、今を逃すと君は戦友と再会する機会を失うぞ。

 我々が君を居留地まで連れて行こう。君には仲介をお願いしたい。どうだろう?」


「答えるのは今?」


「うむ。すぐ出発だ」


 確かに今を逃すと、ぼくは戦友と再会する機会を失うかもしれない。


 自分たちはそれどころじゃない状況にあるはずなのに、ぼくがいない場所ですら、ぼくが『半血ハーフ・ブラッド』との関わりを責められている心配をしてくれた戦友と。


 確かルンの分の命の借りは、まだ残っていたんじゃなかったかな?


 ぼくは決心した。


「わかりました。こっちの戦友たちに余計な心配を掛けたくないので、ぼくが『半血ハーフ・ブラッド』居留地に行くことを探索者ギルドには内緒にしておいてもらえますか。単純に終戦まで軟禁したままだとか、それぐらいで」


「わかった。ギルドからは探索者を不当に拘束しているとして連日非難を受けているが甘んじてそのまま言われ続けよう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る