第四章 崖の下の国

第68話 事情聴取

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 布製のテントの天井は、ぼくが中で立っても頭上に十分な余裕がある高さだった。


 屋根だけではなく四方にも幕が張られ周囲からの視界を完全に遮っていた。


 広さは十メートル四方くらい。


 ぼくのためのテントではない。


 指揮官用とか指令室用とか本来はそのような役割のテントだろう。


 歩兵隊と荷馬車がまだ到着しないので先行して唯一設置されたテントを、ぼくの事情聴取のために利用するつもりなのだ。


 王国の兵とアルティア兵の間で戦闘が行われている音は聞こえてこない。


 まだ、睨み合いを続けているのだろう。副団長は、そちらに行ったままだ。


 テントの中にはテーブルと椅子が、それぞれいくつか置かれていた。


 剣こそ取り上げられたが、それ以上は何も取り上げられずに、ぼくは椅子に座るよう促された。


 特に縛られたりはしていないが、ぼくの左右には斥候の二人がそれぞれ座っているので逃げようとしても逃げられるものではない。


 ぼくとテーブルを挟んだ反対側の椅子には士官が座っていた。


 テントの出入口は士官の後ろ側に当たる。


 だから、ぼくがもし逃げるのであれば左右の斥候を振り切った上に士官を回り込んで出入口に到達する必要がある。


 外には恐らく見張りの兵士も立っているだろう。逃亡は難しそうだ。


 テント中央に建てられている主柱の頂上付近で魔法の明かりが輝いていた。


 アルティア兵が樹木の下枝を輝かせる際に使用していた『光源ライティング』と同じ魔法だ。兵団付き魔法使いの仕事だろう。


 そのため周囲を幕で囲われているにもかかわらずテント内は読み書きに支障がない程度には明かりが確保されていた。


「腹は空いてないか? まだ湯が沸いてないので水しかないが」


 士官が水筒からコップに水を注いで、ぼくの前に置いた。


 駐屯地で出発前にぼくが食事を求めたことを覚えていたのだろう。


 確かに腹は減っていたが自分の腹よりも、もっと心配するべきことがある。


「『同期集団』とギルド職員をどうするつもりだ?」


 我ながら不機嫌な声だった。ああいう、あからさまに脅迫するようなやり方は嫌いだ。


「心配はいらない。責任を持って送り届けると言っただろ。これ以上彼らには干渉しない。我々が興味があるのは君だけだ」


 士官は断言したが正直信用できるとは思わない。今は本当にそのつもりかもしれないが今後必要になったら何度でも同じことをするだろう。


「話を穏便に進めたくてああいう真似をしたが、もともと彼らには君が本人か確認してもらうために来てもらったんだ。

 探索者ギルドはオークジェネラルから仲間を逃がすために一人で囮になった君を救うべく救援隊をだしたそうだ。

 救援隊は心臓をナイフで刺されたタイミングで背後から首を撥ねられたオークジェネラルの死体を発見した。

 君一人だったはずなのに、なぜジェネラルの首を撥ねた第三者がでてくるのか、また、その存在を君が我々に伏せたのはなぜなのか?

 もしかしたらジェネラルに殺されたバッシュという探索者に誰かが成り済ましている可能性があるかも知れないと考えて面通しに来てもらった」


 そうか。みんな、ぼくを助けに来てくれてたんだ。


 こんな状況に置かれているのに、ぼくは少し嬉しくなった。


 とはいえ、首を撥ねられたジェネラルの死体を確認されていたとは知らなかった。


 ナイフで心臓を突いていたぼくに、同時には絶対にできない行動だ。


 現場にぼく以外の誰かがいた事実はごまかしきれない。


「副団長が鼠獲りの講習に来てくれた君の顔を覚えていてくれれば面通しは必要なかったんだが、あいにくノルマル氏の顔は覚えていたが君の顔までは覚えていなかったのでね」


 そんなことを言われても、ぼくには苦笑するしかなかった。影が薄くて申し訳ない。


「君と行動を共にしていたこの二人からは君が好ましい人間であるという評価を聞いている。

 君の機転がなければアルティア兵の侵略を阻むことはできなかったとも。

 だからといって、アルティア兵から『半血ハーフ・ブラッド』のバッシュ呼ばわりされていたのは見逃せない。

半血ハーフ・ブラッド』と言えばアルティア神聖国子飼いの傭兵集団だ」


 士官はテーブルの上に両肘をつき両手の指と指を組むと組んだ手に顎を載せるようにして、ぼくに訊いた。


「君はクソ半オークの仲間か?」


「マリアはクソじゃねえよ!」


 ぼくは反射的に否定していた。


 あ!

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