第60話 台車

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 アルティア兵に突撃をかけたものの、あっという間にオークたちに追い抜かれたぼくは、オークとアルティア兵の乱戦には加わらず戦場手前のバリケード台車に取り付いた。


 バリケード台車は簡単に言うと杭を縦横に格子状に組んだ物に車輪と持ち手を付けた構造だ。


 台車前面に向かって何本も突き出した杭の先端は尖っており台車を押して力づくで突撃を掛ければ人間など簡単に串刺しにできてしまう危険な兵器だ。


 もともと防御陣地の出入口を塞ぎ外に対して尖った横杭を突き出していたバリケード台車はオークに押されて同じ向きのまま防御陣地内に押し戻されている。


 杭の先端が出入口、台車の持ち手が階段を向いている状態だ。


 ぼくは台車の向きを真逆に変え横杭の先を階段に向けて前に進めれば階段を塞げるのではないかと考えた。


 台車を階段に転げ落とすという手もあったが階段最上部に横杭が突き出すように台車を止めればアルティア兵は崖上に上がる際に台車の脇の狭い部分を抜けなければならなくなる。隙だらけになり、こちらとしては攻撃し放題だ。


 向こうは、そんなところ通りたくもないだろう。時間が稼げる。


 そう思って取り付いたバリケード台車だったけれどもオークが車輪にロックが掛かったまま力づくで押し込んだものだから車軸が折れていた。もはや移動はできない。台車ではなく、ただのバリケードだ。


 とはいえ、ロックが掛かったまま力づくで押し込めたのだからオークの怪力は凄まじい。


 試しに動かないか持ち手を握って旋回に挑戦したけれども、びくともしなかった。


 そもそもの話として丸太でできた杭の束みたいなバリケード台車自体が一人では移動できないよう重たくできている。そのために本来は専属の移動担当班が控えているのだ。


 ぼくは、すぐそばで行われている戦闘の様子に目を転じた。


 崖下に一万人のアルティア兵がいたとしても全員同時に階段を上れるわけではない。


 また、階段に手すりがあるわけでもないので段の中央部付近にしか人は立てない。


 一つの段に大人数で立ったために何かの拍子に押し合い脇から下に落ちたというのでは死んでも死にきれないだろう。


 崖の高さは約五十メートルだ。崩落により断崖絶壁ではなく急斜面になっていたが落ちた勢いで下まで転がれば無事では済まないだろう。


 歩く速さで慎重に登るのならばともかく、駆け上がるのであれば一度に一段に乗れるのは、せいぜい二、三人が限度だった。


 ぼくたちが突撃を掛けた時点では階段を上がり切っていたアルティア兵が三十人ぐらいいたと思う。


 せっかく元から上にいた三十人を排除したのに振出しに戻っていたわけだ。


 その際、アルティア兵は二手に分かれて木柵末端から侵入した肩書付オークの迎撃に向かっていた。


 ぼくたちの戦力は肩書付オーク約二十人と並オーク約二十人。それと隠れて矢を射る役割の王国の斥候が二人。それと、ぼくだ。


 ぼくを追い抜いて行った並オーク約二十人は、防御陣地内に入るとそこから五人ずつが左右に抜けて、それぞれ肩書付オークチームのもとへ向かったアルティア兵たちを後から追った。


 左右それぞれの場所で十人の肩書付チームと十五人のアルティア兵がやりあっているところへ五人ずつが背後から襲いかかった。数ではそれぞれ十五対十五になるが、挟み撃ちにした分、オークが有利だ。


 けれどもアルティア兵は、まだ続々と駆け上がってくる。


 階段前では残された並オーク十人とオークジェネラル一人が続々と上がってくるアルティア兵を迎え撃つ形になった。


 こちらは多勢に無勢だ。


 一度に二、三人ずつとはいえアルティア兵は再現なく崖上の戦場に補充されていく。


 しかもオークは崖の端に身をさらすと、崖下のアルティア兵から一斉に弓で射られた。


 瞬く間に無数の矢を受けて安易に崖の端に立ってしまったオーク数人が命を落とした。


 そのため崖の端から若干引っ込んで戦わないといけないのでアルティア兵が階段から崖上に乗り移るためのスペースをなくせなかった。やはり階段前のスペースを何かで塞ぎたい。


 ぼくは隠れている斥候二人の姿をきょろきょろと探した。


 二人は、ぼくを援護するために気にかけてくれているはずなので、すぐ見つけられた。


 木の陰に隠れて左右の肩書付チームに向かったアルティア兵たちに矢を射かけている。


 中央前面に対して左右の戦いはオークの勝ちだ。


 中央同様、安易に崖の端に近づきすぎると矢の雨が飛んできたが、うまく挟み撃ちにできた効果が出てアルティア兵をほぼ倒しきれていた。


 倒しきったら左右から中央の戦闘に参加する形になるだろう。


 オークアーチャーとオークメイジは矢に射られないよう、うまく身を伏せながら階段上のアルティア兵を狙う余裕すらできていた。


 そのため階段の上の兵には盾で矢を受けたり火の玉から身を躱したりする必要が生じたため一つの段にあまり大人数では、やはりいられない。せいぜい二、三人だ。


 この様子ならば隠れている王国の斥候二人が左右のオークたちの援護から抜け出しても問題はないだろう。


 問題があるのは、やはり中央だ。


 ぼくは隠れている斥候二人に対して台車を指さし身振り手振りで逆向きにして階段に押し込みたいんだと何とか伝えた。


 オークに言葉で伝えて手伝ってもらえれば良かったのだけれども、それは無理だ。

何せ、ぼくはオーク語をしゃべれない。


 伝えられたとしても既に乱戦になってしまっているため台車に構っている余裕はないだろう。


 ぼくと王国の斥候二人で三人がかりならば何とか台車を動かせるだろうか?


 恐らく、無理だ。


 ぼくがあてにしているのはアルティア兵が逆茂木の設置作業に使っていた馬だった。


 作業のために階段を使って崖の上に連れて来られていた馬たちは夜になったからといって再び崖の下に戻されるわけではなく木柵と一体化するように作られた馬のための柵囲いに入れられ崖の上に留まっていた。


 突然始まった戦闘に、いななきの声をあげたり落ち着かない様子を見せていたが軍馬としての調教を受けていることもあってか必要以上に暴れたりパニックは起こさず柵囲いの中に留まっていた。


 ぼくには馬を扱えなかったけれども王国の斥候二人ならば、馬を扱えた。


 何とか馬に台車を引っ張らせて階段の前まで動かせないか?


 ぼくが身振り手振りで斥候に示したのは、そういう作戦だ。


 斥候二人から手を上げて意味が伝わった旨の返事があった。


 二人は持ち場を離れて馬の元へと移動を開始した。


 よし。


 あとは二人が馬を連れてきて台車に細工をするまでの間、アルティア兵に崖の上を再占領されてしまわないよう守り抜くだけだ。


 さっきから階段を上がってくるアルティア兵の数と勢いに押されて、ぼくの目の前で戦っている並オークたちが、どんどん倒されていっている。


 アルティア兵を圧倒して奮戦しているのはオークジェネラルだけだ。


 ぼくはジェネラルに肩を並べてアルティア兵との戦いに身を投じた。 

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