第43話 料金交渉

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「通訳を務めさせていただきます。バッシュです」


 そういうことになった。


 なぜ、同じ言葉を話す者同士に通訳が必要なのだろう?


 通訳というのは建前たてまえで、ぼくは一方が話した言葉を伝言ゲームのようにもう一方に繰り返して話すだけの役割だ。


 さながら、やんごとなき身分のお方に対して直接話しかけてはいけないからと侍従を介して会話するが如く、だった。


 わざわざ、ぼくが伝えなくても実際には言葉は通じるところが馬鹿らしい。


 面と向かって話したくないなんて、お互いに子供じゃないんだから!


 結論から言うとオーク集落の占領状況についてアルティア兵の何人かを集落内に入れて確認してもらう。


 任務終了が確認出来たらアルティア兵は『半血ハーフ・ブラッド』に対して報酬を支払い、受け取った『半血ハーフ・ブラッド』はオーク集落をアルティア兵に引き渡して撤収する。


 そういう段取りになった。


半血ハーフ・ブラッド』が依頼人であるアルティア兵に対してまず支払いを求める理由は、先に集落をアルティア兵に明け渡してしまうとなし崩しに残金の支払いを拒んだり遅延、値引きの強要といった事態があり得るためだ。


 連中、裸猿人族ヒューマン以外に人権は存在しないぐらいの考えでいるため何でもありらしい。そうなると引き続き、この場で戦闘が始まるが。


 本当に何でお互いに依頼を出したり受けたりしているのだろう?


 バリケード台車を撤去して通すのではなく隙間通路から低い石壁上にあがるための梯子を用意してヘルダは確認役として二人のアルティア兵を受け入れた。


 一人は石壁の外にいるアルティア兵全体の副隊長であるらしい。


 オーク集落内の案内係は、ぼくとヘルダの二人だけだ。


 二対二である。


 ぼくは会話はできるけれども判断は何もできない。伝言ゲームの相手役が必要だ。


 不機嫌な思いをする目に合うと想像がつくので他の『半血ハーフ・ブラッド』隊員たちは誰も近づいて来ようとはしなかった。


 遠目に憎々しい目でアルティア兵を睨みながら離れていた。


 多分、それが正しい。


「『半血ハーフ・ブラッド』に裸猿人族ヒューマンがいたとは知らなかった。まさかアルティアの出身ではないのだろ?」


 副隊長が、ぼくに訊ねた。


 同じ裸猿人族ヒューマンであるためか、少なくとも、ぼくに対しては気さくな態度だ。


「生憎と」


 実は王国の出身であるとは、あえて明かさない。国境を無断で超えていることになる。


 昔からの『半血ハーフ・ブラッド』の一員だと思わせておこう。


「だろうな。半人はんじんと、ずっと一緒にいるなどアルティア出身者ではありえない」


 他の『半血ハーフ・ブラッド』の皆さん、離れていて、やっぱり正解です。


「そこまで言うのなら、なぜ『半血ハーフ・ブラッド』に依頼するんです? これだけの人数がいれば自分たちだけでも対処できるでしょう?」


「オーク相手に裸猿人族ヒューマンの血を流すのは馬鹿らしいだろう」


 やはり、そういう理由だったようだ。


「そちらが過去の盟約を盾にとるならば、こちらも盟約を利用させてもらうだけだ」


 アルティア兵から続けて出された言葉の意味は、ぼくにはわからない。


 何か、ぼくの知らない取り決めが『半血ハーフ・ブラッド』とアルティア神聖国の間にはあるのだろう。


 けれども、聞き返しづらい内容だ。


 そういえば『半血ハーフ・ブラッド』の拠点はアルティア神聖国内にあるらしい。


 アルティア神聖国の非裸猿人族ヒューマンに対する扱いからは、やはり想像がつかなかった。盟約とやらに関係するのか?


 ぼくは曖昧に口をつぐんでヘルダの顔を見た。


 ヘルダは今のアルティア兵の挑発的な言葉に対して何も発言するつもりはないらしい。先に立ってオークの遺体を焼いている炎へと向かった。


 ぼくたちも後に続いた。


 炎を前にして数字の話。


 倒したオークの数1036人。


 非オークの生存者、成人72人、子供36人。


 望まれず生まれてきた半オークの子供36人を、『半血ハーフ・ブラッド』が引き取ることについてアルティア側の異存はなかった。


 そもそもが、そのような契約になっている。


 建前だが『半血ハーフ・ブラッド』には戦闘で減った兵力の補充が必要だ。


半血ハーフ・ブラッド』の多くは元居場所のなかった半人の子供で構成されていた。


 マリアは望まれず生まれた子供たちすべてに居場所と職を与える、という信条だ。


 そこに幸せがあるかはわからないが、生きている間に何か見つけてくれたらいい、というもの。


 成人の内、アルティア神聖国の国民ではない裸猿人族ヒューマンや獣人の処遇についても異存なし。『半血ハーフ・ブラッド』居留地なり、どこへなり行ってしまえ、だ。


 問題はアルティア神聖国の国民である裸猿人族ヒューマン22人の処遇だった。


 アルティア神聖国内の近隣集落から攫われオーク集落に連れて来られた女性は多数いたが幸い22人が生存していた。


 皆、オークの子供を宿している。


 全員が自宅と家族の元へ帰りたがっていた。


 アルティア神聖国の国法では故意、過失に限らず魔人への協力・・は重罪だ。


 神の意思に反する行為であるため死刑もしくは奴隷身分への降格、または国外追放が妥当とされていた。量刑は裁判で決定される。


「そんな、被害者なのに!」


 ぼくは声を上げた。


「国法だ」


 副隊長は聞く耳を持たなかった。


 裁判の方法は二つ。


 首都へ移送し正式な裁判を行う方法。


 この場で簡易裁判を行う方法。


「簡易裁判ならば奴隷身分への降格だろう。移送して奴隷市へ出すのも手間だ。ほしければ、この場で売っても良い」


 国が所有する奴隷を売った場合の代金は国庫へ入る。


 今回の場合で言えば『半血ハーフ・ブラッド』への依頼の報奨金と相殺されるためアルティア神聖国の国庫からの持ち出しが、わずかだが減る。


 そこまで含めてオーク集落殲滅の契約履行に対する甲乙最後の料金交渉だ。


 ヘルダが了承し、ぼくは伝言ゲームで副隊長に意思を伝えた。


 女性たちは国法に基づくアルティア神聖国の簡易裁判の結果、奴隷身分への降格と決定された。


 アルティア神聖国の元国民である裸猿人族ヒューマン奴隷22人は『半血ハーフ・ブラッド』の所有となった。


 今後、『半血ハーフ・ブラッド』の撤収に合わせて居留地へ連れて行かれることになる。


 本人の意思は聞き入れられない。


 奴隷なので。

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