第39話 跳躍

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 小山のようなクイーンの体が、ぼくに突っ込んだ。


 衝撃で、ぼくの手から剣が吹き飛ぶ。


 クイーンはそのままぼくを押し倒すと、ぼくの腹の上に馬乗りになり、ぼくの首を絞めるべく執拗に両手を伸ばしてきた。


 ぼくは何とかクイーンの腕の下に肘を入れ押し上げて手を逸らそうとする。


 クイーンの横一文字に裂けた腹から、ぼくの上に内臓がこぼれてきた。


 それでもクイーンの力は弱まらない。


 ぼくは完全にクイーンに組み伏せられていた。


 クイーンの血走った目が、ぼくの顔を睨んでいる。


 クイーンの口から血が混ざった泡のような涎が、ぼくの顔に、ぽたぽたと垂れてきた。


 クイーンの頭越しに、そそりたつ石壁の威容と青い空が目に入った。


 ぼくは見た。


 高さ二十メートルの石壁の端からルンが下を覗き込んでいた。


 目が合った。


 そんな気がした。


 瞬間、ルンが跳躍した。


 二十メートル先の小さな人影だったはずのルンが一瞬で、ぐんぐん大きくなってくる。


『嘘だろ』


 ぼくは渾身の力を込めて肘を張り、ぼくの首を掴もうとするクイーンの体を、ぼくから少しでも引き離すように突っ張ってのけぞらせた。


 直後に衝撃。


 ぼくの上からクイーンの体が取り除かれた。


 ルンは石壁から寸分違わずにクイーンの体を狙って跳び降りるとクイーンにぶつかる瞬間に曲げていた脚を伸ばしてクイーンを蹴落とし、さらに自分の落下する向きも変えたのだ。


 さすが猫人族キャッティーの身体能力。


 ルンはクイーンを真下に押し潰すのではなく、ぼくを潰さないよう横に蹴った。


 ぼくの上にあったクイーンの体は、ぼくから横に蹴落とされ、ぼくを挟んでクイーンと反対側にルンが跳ねた。


 ルンは、ごろごろと地面を転がった後、身を起こす。


 上半身のみだ。


 立てない。


 ルンの足は二本とも折れていた。


 折れた骨が脛から肉を突き破って飛び出している。


 落下の衝撃はルンの足とクイーンの体に半分ずつかかった。


 二十メートル分の落下のエネルギーをルンはクイーンを蹴ることで逃そうとしたが、すべてを逃しきることは不可能だった。


 身を起こしたルンは、ぼくではなくマリアに叫んだ。


「マリア、上を頼む!」


 言われた瞬間、マリアは、ぼくが守っていた石壁の階段を駆け上りだした。


 進路上にいるオークたちを斬り落として進む。


 ルンが現場を放棄したため・・・・・・、石壁の上から通路に侵入する『半血ハーフ・ブラッド』本隊に投石をされないようルンに代わって制圧に向かったのだ。


 ジョシカに守られながらヘルダが低い石壁に取り付いて壁の穴から丸太と槍を抜きだした。


 ぼくは何とか立ち上がると剣を拾いルンの元に駆け付けた。


 今オークに襲われたらルンはひとたまりもない。


 ルンは半身を起こしていたが膝から脛にかけてバキバキに骨が折れており足がありえない角度に曲がっていた。


「いてぇよぉ」


 ルンは、ぼくの顔を見るなり泣きごとを口にした。


 ひどい怪我の割に元気そうだ。


 言葉は泣きごとだが顔は笑っていた。


 バカなのか?


「何て無茶してんですか!」


 ぼくはルンを叱り飛ばした。


「お前こそ、置いてきたはずなのに何でいやがる? 無茶しやがって」


 ぼくは持ち物からポーションの瓶を取りだし栓を開けてルンに渡した。


 ルンは即座に口をつけてポーションを飲み干した。


 ポーションには痛み止めの効果もある。


 ぼくはルンの変な方向に曲っている脚を掴むと、まっすぐに揃えて伸ばした。


「いてぇよ、ばか」


「我慢してください」


 別のポーションを取り出してルンの足にどぼどぼと振りかけた。


 傷口が治っていく。


 但し、怪我が治ったとしても当面は安静だ。


 しかも、完全に治しきるためにはポーションが足りなかった。


 これ以上の治療は戦闘の終結を待たないと無理だろう。


 もともと、ぼくに腹を斬られて瀕死であったクイーンはルンの一撃で倒され蹴飛ばされた場所から動かなかった。あの世で旦那さんと会えただろうか。


 もしクイーンが、ぼくの首を絞めようとするのではなく単純に力任せに殴っていたら、ぼくは死んでいただろう。


 クイーンは、ぼくをただ殺すだけでは飽き足らなかったのだ。


 深い恨みを少しでも晴らすためにもくびり殺さなければ気が済まなかった。


「助かりました。ありがとうございます」


 ぼくはルンに頭を下げた。


「おまえに一つ、命の貸しな」


 ルンは照れたような顔で言った。


「治るまで献身的にお世話しますよ。トイレに行きたくはないですか?」


「ばかやろう」


 まったく人のことをさっきから、ばか、ばか、と。


 ぼくも石壁から飛び降りたルンを、バカなのかと、思ったけどさ。


 これだけ元気なら心配ないだろう。


 ぼくはルンを背後に庇ってオークたちに向き直った。

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