第28話 食事当番

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 ぼくは隣国兵撤退の経緯をマリアから聞いた。


 隣国兵たちの後を引き継いだ『半血ハーフ・ブラッド』は相手の防衛体制が整った状態では力づくで隙間通路からオーク集落に押し入る行為は不可能だと結論付けた。


 こちらの人数が百万人もいれば可能だろうが、そのような現実はない。


 千人しかいない部隊を無駄死にさせるような作戦は立てられなかった。


 もちろん百万人いたとしてもマリアに仲間を無駄死にさせるつもりはないだろうが。


 そこでマリアたちが立てた作戦が持久戦だ。


半血ハーフ・ブラッド』本隊がオーク集落前面に展開して前面からの集落へのオークの出入りを妨げる。


 マリアたち少数精鋭チームがオーク集落の後方、崖の上に陣取って王国側からの補給を試みるオークの増援を潰す。


 補給を絶たれ、れて石壁から打って出ざるを得なくなったオークたちを『半血ハーフ・ブラッド』本体が殲滅する。


 そういう作戦であると、出会った際にバッシュはマリアたちから聞いていた。


 のだが、集落前面に展開しているはずの『半血ハーフ・ブラッド』本隊の姿がない。


 さっき、崖の上から覗き見た範囲では既にオークたちは隣国兵たちとの戦闘で生じた死体や装備は回収し、隙間通路に投げ込んだ石も取り除き、集落の状況を元通りに戻し終えていた。


 もちろん、隙間通路側だけではなく石壁前面への投石も回収して再び投げ落とせるように石壁の上に戻している。


 戦闘が行われた痕跡は何も残っていない。


 次の戦闘への準備だけが整っている状態だ。


 隙間通路終点のバリケード台車も下げられてオークたちは普通に隙間通路を使って集落に出入りしていた。


 針葉樹を伐採しているオークや森へ入っていくオークの姿が見受けられた。


 食料の調達だろうか?


 石壁内では伐採した樹木と岩で新たな建築が行われている。


 製材された木材が積み上げられて乾燥させられている様子も窺えた。


 オークたちは、まだまだ集落を拡大するつもりのようだ。


「森に入っていったオークがいただろう?」


 崖から覗き見たオークの様子を思い出しながらマリアが言った。


「ええ」と、ぼく。


「森の中に私たちの部隊が隠れているんだ。あいつらは、そこで狩られる」


 マリアは『半血ハーフ・ブラッド』本隊が、この場にいない理由を明らかにした。


 オーク集落に力づくで押し入るのではなく隠れて見張り、出てきた奴らを密かに間引いていくのだ。


 森に入ったオークが戻らなければ、それはそれで何かが起きているとオークたちは警戒するだろう。


 だが、敵の姿が見えない以上、何かあるかもしれないとは思いつつも集落の外に出る用事があるオークは外に出てくる。


 全面的な決戦となる前に少しでもオークの数を減らしておきたかった。


 オークたちが警戒して、より慎重に大人数で身を守るように集落から出てくるようになれば、なお良かった。


 そうすれば、さらに間引ける。


 集落内の人数さえ減れば隙間通路からの押し入りも可能になるだろう。


 警戒のあまりオークが誰も出てこないようになるなら、それに越したことはない。


 飢え死にするまで包囲し続けるだけだった。


 そのための潜伏包囲だ。


「あとは私たちが、こちらからの出入りを許さなければいい」


 作戦成功とばかりにマリアが断言した。


 急斜面を一度に大人数のオークが上がってくることはできないから仮に集落のオークに崖側から出入りをしようとされても精鋭チームで倒しきれる。


 王国側の森からオークの補給部隊が大軍団ででもやってこない限りは、そちらも倒せるので心配ないだろう。夜間哨戒時レベルの遭遇であれば問題はない。


「ということで、私たちは、ここに腰を落ち着ける。まずは腹ごしらえだ。うまいものを頼む」


 マリアは、ぼくに言った。


 この場所に至るまでの数日間、『半血ハーフ・ブラッド』で担ってきた、ぼくの役目は二つ。


 囮と食事当番だった。


 まあ、『同期集団』でのぼくの役割と同じだ。


 のらりくらりしているだけでは気が引けるので敵にとどめを刺してくれるみんなに、せめてうまいものを食べさせてあげたいと思い、『同期集団』でのぼくは

料理係を担当していた。


 そのかいあって探索者めしとしては、そこそこうまいものが作れるようになったと自負している。


半血ハーフ・ブラッド』でも、今のところ、結局、囮役がメインになっているので、探索者飯でよければつくれる、と志願して、ぼくは食事当番を受け持っていた。


 実は、のらりくらりだけで気が引けるという理由の他に、ぼくが食事当番を務めるのには、もう一つ大きな理由がある。


 相手の胃袋をつかんだ者勝ち、という名言だ。


『同期集団』を追い出されないためにと、ぼくは料理の腕を磨いてきたのだった。

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