第18話 隊長

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 隊長は、ぼくに背を向けて焚火にあたっていた。


 まさか後ろからお礼の言葉を言うわけにはいかないだろう。


 ぼくは隊長と真正面から向き合うよう焚火の向こう側に回り込んだ。


 ヘルダ、ルン、ジョシカがついてきて、さりげなく、ぼくを取り囲んだ。


 ヘルダが、ぼくの右、ルンが左、ジョシカが後ろだった。


 前は隊長だ。


 もし、ぼくが何かやらかしてしまった場合、逃げ道はない。


 隊長の顔を見ても、ぼくの表情が変わりませんように!


 そう気を張っていたけれども心配はなかった。


 隊長は薄布のベールで顔を覆っていた。


 よほど人に顔を見られたくないのだろう


「助けていただきありがとうございます」


 ぼくは隊長に頭を下げた。


「君はFランク探索者のバッシュで間違いないか?」


「はい」


 隊長は、ぼくの探索者カードを手に持っていた。


『同期集団』からは脱隊したが、まだ探索者を辞めたわけではないので探索者カードは有効だ。


 別の街のギルドで拠点登録を更新するまでは今のギルドの所属のままになっている。


 落として無くすようなことがないよう紐で結んで首から下げていたはずだった。


 治療の際に外されたのだろう。


「本当にFランクか? 君を拾ってきたジョシカから君がナイフでオークジェネラルと渡り合っていたという話を聞いた。Fランク探索者にできることじゃない」


「どうもランク端末から嫌われているみたいで、ずっとランクが上がらないんです。のらりくらりと躱すのだけは得意だから、いつも仲間にとどめを刺してもらっていました。最後にジェネラルの首が飛んだのを見た気がするので、ジョシカさんがやってくれたんですね。助かりました」


「そうか。命を救われた自覚が君にあるならば良い。君には君の命の値段分、我々の仕事を手伝ってもらうか対価をもらいたい。だが、生憎、我々は作戦行動中だ。作戦行動中の離脱は認められないので好むと好まざるにかかわらず仕事を手伝ってもらうことになる」


「傭兵の仕事が、ぼくにできるかどうか正直わかりません」


「拒否されると作戦内容が外に漏れるのを防ぐため、せっかく助かった君の口を封じなければならない。我々が今ここにいる事実も機密事項だ」


 ぼくに選択肢はないみたいだ。


 だとすると、最低限譲れないのは、


「それでは隊長の顔を見せてください。お互いの信頼関係が大切なのは探索者も傭兵も同じだと思います。仲間に対して顔を隠す相手に信頼もクソもありません」


 さっきまでの、隊長の顔を見る見ない、とは意味が違う。


「てめえっ!」


 ヘルダが、ぼくの真横で剣を抜いた。


 抜き打ちざまに鞘の高さから斜めに切り上げて、ぼくの首を撥ねようとした。

脅しのためか、わかりやすい動きをしてくれたので、ぼくは身を躱せた。


 避けなければオークジェネラルみたいに首が飛んでいたところだ。


 ぼくは憤慨して見せた。


「避けられなかったらどうするんですか! 必ず、ぼくが避けられるとは限りませんよ!」


 全員、驚いたような顔をしていた。


 といっても隊長の顔は見えないのだけれど。そういう気配だ。


 あれ、もしかして本気だった?


 ヘルダは二の太刀を繰り出しそうだ。


 今度は避けられそうもない。


「やめろ。すまない。バッシュの言うとおりだ」


 隊長がヘルダを止めた。


 君でなくバッシュになっていた。


 隊長は顔のベールに手を掛けた。


 ベールは被っている頭巾に縫い付けられていた。


 頭巾をとる。


 隊長は、ぼくが話に聞いていたような半オークではなかった。


 オークの残り半分が裸猿人族ヒューマンではない。


 エルフだ。


 隊長の顔の上半分は絶世の美女のエルフだった。


 金色の髪をしていた。


 先の尖った特徴的な耳もある。


 けれども、鼻が、ややへちゃむくれて、その下にオークの牙が生えたごつい顎がついていてアンバランスだ。


 体も華奢なイメージのエルフではなく、どちらかと言えばオークジェネラルみたいな筋肉系だ。


 半エルフ半オークだ。


 もちろん、両者の合意の上の子供であるとは思えない。



 オークは捕らえた他種族の女にも積極的に自分の種をつける。


 その後は生かしておいて子供を生ませる場合もあれば殺して食料とする場合もある。


 生まれた子供についても同じだ。


 非常食兼労働力だった。


 オークの集落を殲滅せんめつした際にはよく、そういった捕らえられて身籠った女性や生まれた子供が保護された。


 彼女たちが、その後どうなっているのか、ぼくは知らない。


 ぼくの目の前の隊長さんも、きっと似たような生い立ちなのだろう。


 半オークという存在は、そういう存在だ。


 誰からも疎まれる。


 まして、閉鎖的な種族であるエルフともあれば、なおさらだろう。


 隊長がエルフの集落内で育てられたとは思えなかった。


 その場合、早々に間引かれていたに違いない。


 以前、ギルドで話を聞いていなかったとしても、ぼくには隊長の顔を見て笑うなんて行為はできなかった。


 ゴブリン、オーク、ヒューマンの順に他種族の異性に対して節操がない三大人種だと言われていた。


 その三人種以外の種族は普通は自分たちと同じ種族を伴侶に求める。


 だから、ハーフ系の人たちを見かけたら、大体、父親が先の三種のいずれかだ。


 相手がヒューマンの場合は同意の上である場合が多い・・がゴブリンやオークの場合は、まず考えられない。


 隊長には、つらい半生があったはずだ。


 しかも、エルフだから見た目どおりの年齢ではないだろう。


 長くて、つらい半生だったはずだ。


「『半血ハーフ・ブラッド』のリーダー、マリアだ。よろしく頼む」


 通称『不死身のマリア』と呼ばれていた。


 不死身と呼ばれる意味が今日わかった。


 戦場から生きて帰る不死身だけではなくエルフの長命も加えての不死身に違いない。


「バッシュです。こちらこそ、よろしくお願いします」


 ぼくは探索者のまま傭兵になった。

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