第14話 疑惑の目

「お待たせしました」

「わぁ、美味しそう!」


ミアは出来上がった焼き菓子をテーブルに出した。

クルミの香りが香ばしい。


(昔、お母さんと良く作ったのよね。味には自信があるけど…、どうかな)


ここのシェフが手際よく手伝ってくれたから思った以上に早く仕上がってホッとした。

ドキドキしながら賓客の皆が食べるのを見守る。


「まぁ、美味しい!」

「うん、クルミが良い風味を出しているな」

「隣国のお菓子は美味しいね」


評判は上々だった。


(良かった……)


ミアが安心した、その時だった。

ガシャン!

お皿が落ちる音がして振り返る。


「サマル教授!?」


カルノが悲鳴を上げる。

床にサマルがお腹を押さえながら倒れ込んでいた。


「先生、大丈夫ですか?」

「いたたた……、お腹が痛くて……、苦しいわ……」

「誰か医師を呼べ!」


騒然とする中、カルノがミアをキッと睨んだ。


「あなた、何をしたの?」

「え……?」


疑惑の目を寄せられてミアは目を丸くする。

周囲が一斉にミアを振り返った。


(まさか、私が疑われている?)


お菓子に視線をよこすと、一口食べた跡があった。


「ミア様、これはどういうことですか!?」


ジルズ大臣が厳しい顔でミアを振り返る。


「わ、私は何も……」

「しかし、ミア様のお菓子を食べこうなっているんですよ!」

「私は何もしていません!」


そう否定するが、この状況では聞き入れてもらえない。

そしてカルノは高くよく響く声で叫んだ。


「ミア様のお菓子に毒が入っていたんだわ!」

「衛兵! ミア様を取り押さえろ!」

「えっ!?」


ジルズの一声に衛兵がミアを取り囲む。


「お待ちください! 私は本当になにもしておりません! いつもの手順で作っただけで……」

「見苦しい言い訳はお止めください。この事については国王陛下にもご報告させていただきますよ」


冷たく、しかしどこか含みのある声色にミアは全てを悟った。


(嵌められた!)


「地下牢へお連れしろ」

「待ってください! 私は本当になにも……!」


しかしミアの声は誰も聞いてもらえず、部屋から追い出されてしまった。

部屋の外に出て、遠くからハザンが「ミア様!?」と驚く声がする。


「ハザンさん!」


しかしミアはあっという間に連れていかれてしまった。

遠くでハザンが足止めされているのがかすかに見えた。


「ここに入っていろ」


押し込まれたのは、地下の薄暗い地下牢だった。

鉄格子の小さい部屋は明かりもなく肌寒い。

手の届く位置に窓はあるが、鉄格子でどう頑張っても外には出られないようになっている。


「どうしてこんなことに……」


ミアは足から崩れ落ちた。

お菓子作りに不備はなかったはずだ。

何度も作ったことがあるし、手順も間違えていなかった。

でも、サマルの様子は嘘ではないと思う。


「どういうことなの……」

「ミア様!」


衛兵に取り押さえられたハザンがミアの地下牢に押し込められた。


「ハザンさん!」

「申し訳ありません。地下牢へ侵入しようとしたら捕らえられてしまいました」


ハザンは悔しそうに唇を噛む。

王族警備隊に所属している人は選ばれた人だ。

その人であっても、一人で大人数を相手するのは限度があるだろう。


「ミア様、これは一体どういうことですか?」

「私にもわかりません。お客様に故郷のお菓子を作るよう言われて……」


ミアは事の経緯を話した。

ハザンは難しい顔をしながら聞いた後、小さくため息をついた。


「ジルズ大臣にやられましたね。きっとサマル教授は友好的に見えたでしょうけど、反対派の人間だったのでしょう。ミア様に料理を作るよう仕向けた……。ミア様の手伝いをしたシェフが何か毒を盛ったのかもしれません」

「そんなそぶりは……」


(なかったとは言い切れないわ。材料を取りに数分その場を離れたことがあった。終始、目を離さずにいたわけではないし、シェフに任せる部分もあったわ……)


「この会も初めから仕組まれていたのかしら……」

「そうかもしれません。クラウ様が城からいなくなるタイミングを狙っていたのでしょう。申し訳ありません、ミア様。国王陛下が容認し、結婚賛成派もいる会だったので油断しておりました」

「ハザンさんが悪いわけではありません。国王からのお達しがあった話ですから、こんなことが起こるなんて思わないのも当然です」

「いいえ! クラウ様からミア様を守るよう言いつけられていたのに……」


ハザンは悔しそうに地面をたたいた。

しかし今さら悔いてもどうしようもない。

とりあえずこの状況を何とかしないといけなかった。

カツンカツンと地下牢の階段を下りてくる音が聞こえる。

ハザンはミアを守るように前に出た。


「おや、お二人お揃いで」


そう言って鉄格子の先にいるのはジルズだった。


「ジルズ大臣、あなたの仕業か?」

「ハザン。私の仕業とはどういうことかな? ただの護衛が口の利き方に気をつけろ。しかし、ミア様。手作りお菓子に毒を仕込むとはなかなかやりますな」

「私は何もしておりません!」


否定するがジルズは首を横に振った。


「ミア様が作ったお菓子が原因と断定されました。あぁ、サマル殿は命に別状はありませんでしたよ。しかし、国王陛下にご報告を申し上げると大変ご立腹なされていた。当然ですよね、陛下が容認された会でこんなことが起きたんだから」


ジルズはどこか気持ちよさそうにぺらぺらと話をしている。


「ミア様は反対派を始末しようとなさり、ハザンは共謀した。その罪に問われています。お二人の処分は追ってお伝えします。しばらくはそこでご自分がなさったことを後悔されるといい」


ジルズは堪えきれなくなったのか笑いながら地下牢から出て行った。


「どうしましょう。クラウ様が城に戻られるまでまだあと数日あります。きっとジルズ大臣はそれまでに私たちの処分を決めるでしょう……。とりあえず、ミア様だけでもどうにか処分を免れないと……」


ハザンはブツブツと何かを考えている様子だった。


「いえ、ハザンさんも一緒にここから出ましょう」

「しかしどうやって? 鍵がかかっているし、外には衛兵もいます。ここから出ることはできません」


ミアは地下牢の中を見渡した。


(どうしましょう。クラウ様の帰りを待つまでに何かしらの処分が言い渡されてしまう。処刑されることはないでしょうけど、追放はされてしまうかも。そうしたらクラウ様と結婚どころではなくなってしまうわ。もう二度と会えない……)


どうにかしてここを出て無実を証明しなくてはいけない。


(どうにか脱出できないかしら……)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る