第15話 ジルズの策略
ミアが脱出方法を考えている間……。
ジルズは国王陛下に事の顛末を説明に行っていた。
「陛下……、私が付いておりながら申し訳ありませんでした。ミア様はハザンと共に賓客に振舞ったお菓子に毒を盛ったようです。きっとクラウ様がおられないこの間に反対派を消し去ろうとしたに違いありません」
「うーん……。しかし反対派ばかりが集まっていたわけではないだろう? 偶然、食中毒を起こしただけではないのか?」
国王陛下は腕を組みながら困った顔をする。
しかしジルズは続けた。
「騙されてはいけません。うちのシェフもついていたんですよ。食材も確かなものをそろえました。食中毒はありえません。それなのにこんなことになるなんて……。意図的としか考えられません。やはり国外の女は信用ならないのです!」
「しかしミアはクラウの婚約者の身。自分からなにか問題を起こすようなことをするだろうか?」
「クラウ様は騙されているのではないですか?」
そう言うと、国王は片眉を上げた。
「どういうことだ?」
「他国への留学という羽を伸ばした状態で、正確な判断ができたのでしょうか? いくら身元を調査したと言ってもミア様の内に秘めた本性はわかっておられないのでは? ミア様は大変お美しいお方。その外見に騙されて内面をよく見ていなかったのでは…。なにより! 国王陛下は心の奥底では、本当はこの国の女性を王子妃に迎えたかったのではありませんか?」
畳みかける様なジルズの言葉に国王は言葉をなくす。
「陛下! ミア様は結婚反対派を始末しようとハザンと共謀したのです! 自分が他国の女だから結婚への障害は少しでも減らしたかった。現にミア様は何も反論は致しておりません」
「反論はしていないだと……?」
本当は反論の余地を与えていなかった。
しかしそれをいいことに国王にもミアにもそれぞれに言葉を曲げて伝えている。
「クラウ様は騙されております。陛下はクラウ様を……、次期国王陛下となられるお方の目を覚ます義務がおありです!」
ジルズは強くそう言うと、こっそりとほくそ笑んだ。
――――
フェルズがその一報を聞いたのは、クラウと郊外視察から帰る当日だった。
王宮内にいる部下が馬を走らせ知らせてくれた。
「クラウ様! 大変なことが起きています!」
帰り支度をしているクラウに耳打ちすると、クラウは表情を変えた。
「ミアが地下牢へ? どういうことだ!」
「ジルズ大臣が仕組んだことでしょう。国王もミア様を疑い、カルノ様を再び婚約者にしようとしているようですね。ミア様は処刑はされないと思いますが、国外追放は免れないでしょう……」
「なんだと⁉ ジルズ……」
クラウはこぶしを握り締めた。
「フェルズ、俺と一緒に来い。第一近衛団長にあとは任せる」
「承知いたしました」
クラウの怒りに満ちた表情にフェルズは顔を引きつらせる。
ここまで怒りをあらわにするクラウは初めて見たのだ。
近くにいた兵士たちもただ事ではないクラウの様子に息をのんだ。
クラウはフェルズと共に王宮へ馬を走らせた。
――――
ミアはハザンとすでに丸一日、牢屋の中で過ごしていた。
粗末な食事が運ばれてくるだけでジルズも顔を出さない。
外の様子が分からなかった。
「やはりミア様、今回のこと私がすべてやったということにいたしましょう。そうすればミア様は助かります」
「それだけは絶対ダメ。やってもいない罪を認めるなんてしてはいけません」
「しかしここから出る手立てがありません。クラウ様だっていつ戻られるか……」
ミアは少し迷いつつ、ハザンにずっと考えていたことを話した。
「単純すぎて成功しないかもしれないけれど……」
「……やってみましょう」
ハザンは覚悟を決めたように頷いた。
ミアは大きく息を吸い込み声を出した。
「いたたたたっ!!」
「ミア様! 大丈夫ですか?」
ミアとハザンの大声が地下牢へ響く。
ミアの苦しそうな声に、ハザンの慌てた声。
門番である衛兵が様子を見に来るのは時間の問題だった。
「どうした」
「ミア様の様子がおかしいんです!」
「痛い、苦しい……」
お腹を抱えてうずくまるミアにハザンが背中をさする。
ただ事ではない様子に衛兵は慌てた。
毒を仕込んだとされる犯罪者であってもミアはクラウの婚約者である。
何かあっては困るのだ。
衛兵は牢屋の門を開け、中に入ってきた。
「どこだ? どこが苦しい……」
それは一瞬だった。
衛兵が身をかがめた瞬間、ハザンが素早く動いて衛兵を気絶させる。
一瞬過ぎて何が起きたのかと思うくらいだった。
「ハザンさん……、凄いわ……」
「ありがとうございます」
さすが王族警備に任命されるだけある。
「こんなにあっさり行くならもっと早く行動に移せばよかったわ」
「正直、私はずっとこの方法を思っていましたがミア様にリスクが大きいので……」
「わかっています。でもクラウ様か国王陛下にあって潔白を証明しないと……!」
ミアはハザンを促し、牢屋から出た。
ハザンの手には衛兵の剣が握られている。
途中で衛兵と遭遇するが、ハザンの剣さばきは見事だった。
ハザンは女性だがそのしなやかな身のこなしであっという間に相手を倒す。
切るのではなく当て身で眠らせるのだからなおのこと凄かった。
「相手の人数が少ないので何とかなります」
そう言いつつも、地下牢から出て走っていると騒ぎを聞きつけた衛兵が大勢集まってきていた。
「ミア様、こちらへ」
近くの部屋に隠し、衛兵が通り過ぎるのを待つ。
王宮内は広く、王族の間へはなかなか近づけないでいた。
「ミア様、ここの塔を出て左へ行くと階段がある細い通路があります。その階段の五段目に王族だけ知る隠し通路があるはずです」
「隠し通路?」
(そんなものがあるなんて……。どうしてハザンがそのことを?)
ミアの疑問が顔に出ていたのだろう。
ハザンが苦笑した。
「この職に就いたころ、幼いクラウ様の護衛についたことがあります。その時、こっそり教えてられたんです」
「そうでしたか」
「私が皆を引き付けている間に行ってください」
「ハザンさん……」
「大丈夫。私こう見えてとても強いんです」
そう言って笑ったハザンは部屋を飛び出していった。
遠くで「いたぞ!」「あっちだ!」と声が上がる。
当たりが静かになってからミアは部屋から出て行った。
(息が切れる……。でも急がなきゃ)
教えられた通路まで行くと……。
「おい、お前……!」
と遠くで声がした。
ビクッと肩を震わせた瞬間、ミアの腕を強く引っ張る者がいた。
「え……」
通路に押し込められ、相手から見えないように背中に隠される。
その背中に見覚えがあった。
「どうした?」
近寄ってきた衛兵に声をかける。
「も、申し訳ありません。人違いでした」
「そうか。それなら行け」
「ハッ」
衛兵は小走りでその場を立ち去って行った。
ミアは目の前の人物の背中にそっと触れる。
その手を温かな大きな手が包み込んでくれた。
「遅くなって済まない。怪我はないか?」
振り向いたクラウはミアの姿に心配そうに眉を寄せる。
ミアはクラウの姿を見て心からホッとして涙が溢れた。
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